虎と
吾輩は虎である。名前はホワイトタイガーの"すのう"。
最近わかってきたことだが、どうやら吾輩の言葉は人間達には伝わらないらしい。意味のない鳴き声や、脅しみたく聞こえている様にこちらからは見える。
のだが、こちらの言葉が分かる人間がいた。今、吾輩の目の前にいる子供だ。名前はしょーちゃん。同じ周期で親と二人、同じ時間に来て、吾輩に話しかけてくるのだ。
「すのう、今日は毛並み最悪だね。飼育員さんにブラシしてもらいなよ」
「もうじきくるだろう。焦るなしょーちゃんよ。」
しょーちゃんは親の方を振り向く
「僕はしょうた!ほら、お母さんがしょーちゃんって呼ぶからしょーちゃんって覚えられてる!次からはしょうたって言って!」
「はいはいしょうたさんね。そろそろお昼にしよか?」
「すのう、またあとで来るから!起きといてよ!」
無茶なことを言う。吾輩ももう歳だ。狩りも出来ず、力もなく、餌を与えられそれを食べるのみ。昼間に起きている事が日に日に難しくなっている。死期の近さは自分が一番よくわかって居た。しかし吾輩は、それを隠すつもりであった。しょーちゃんは来る度に一日中吾輩と話している。他の動物には目もくれず、寂しくないようにと言って話しかけてくる。
弱い部分は見せたくなかった。意地でも立ってやる。
ある日、目が覚めると吾輩はいつもと違う場所にいた。太陽は無く、白い部屋だ。手足の動きが鈍く、鼻もよく効かない。
ただ、向こう側で人の気配がする。吾輩の世話を甲斐甲斐しくしていた奴と他何人か。
吾輩は全てを悟った。
せめてもの、せめてもの抵抗に咆える。しょーちゃんに咆哮を。世話したあいつに咆哮を。どうせ伝わらないのならば、なるべく大きな咆哮を。
力の限り吠えた。足から力が抜け、倒れる。
吾輩が最期に見たのは白い壁であった。
暫くして、しょうたの母はホワイトタイガーのすのう君が死んだ事を知った。
母は迷う。しょうたはすのう君が大好きで、毎週日曜日はすのうの日だと言って話しかけに行っていた。最近元気が無く檻からいなくなったので薄々勘付いてたけれど……
しょうたは強がって「帰って来るから大丈夫」と言っていた。泣いてしまうかもしれないけれど、絶対に伝えなくてはならない。生き物が死ぬ事を教える機会でもある。慎重な言葉選びをしなくては。
日曜日
「しょうた。ちょっと来て。」
「すのう、死んだんでしょ」
「え、知っていたの?誰かに聞いた?」
「死んじゃったならもう良いや」
「次は誰と話そうかな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます