彩とりどりの柘榴ねこ / feat.彩莉ざくろ

 こんな話を聞いたことがありますか?


 ネコをまつるある神社。

 八十八にもなる階段を上ったその神社に、猫又ねこまたと呼ばれるアヤカシが住んでいるという不思議なお話を──


「にゃぁーん」


 ヒグラシは鳴き、沈んでいく太陽の色が移った空。

 風はそよそよと心地よく、夏の暑さをどこかへと運んでいく。


 そんな夕暮れの時期に、一匹のネコの声がこだました。


 ネコの見た目はよくいる黒いネコ……のはずが、空の色のせいか赤みもほんのり混ざっている。

 さらには尻尾しっぽの影が二つに分かれているように見えるそのネコは、階段を上りきった場所にある鳥居とりいの前で、一匹ポツリと座り込んでいた。


「にゃん」


 ふと、階段に目を向けたネコは一声上げると、気分良く尻尾しっぽを立てて鳥居とりいに向かって歩き出した。

 鳥居とりいの真ん中をトコトコと。まるでついてこいと言わんばかりに背中を見せて。


 そんな後ろ姿はついて行きたくなるほど綺麗きれいで。

 一輪いちりん可憐かれんな花と言えるぐらい、愛らしさがあって。


 待ってと思わせる姿が鳥居とりいをくぐり抜けたら……

 声をさえぎるような風の音が気持ちの足をすくい、鳥居とりいも空も、歩いていくネコすら遠のかせる。


「あの……大丈夫ですか?」


 たそがれに吹いた風はネコの声すら捕まえて、どこかへ隠して、手の届かない場所へと連れて行った。

 そう思ったところにポツリと、女性の声が割って入った。


 空の色と同じ、うすいザクロ色の瞳と目が合う。

 ひざを折り、少し首をかしげて目線を下げている女性は、衣装からすると神社の人なのだろう。


 紅白こうはく巫女服みこふくを着ていて、腰に巻く帯には大きな鈴。そしてスカートや帯には猫の足跡柄。

 明るめの茶髪には、狐の白面ならぬ猫の白面の髪飾り。


 髪も顔立ちも雰囲気も、ふわふわとした印象がある彼女は、いろどり豊かな茉莉花ジャスミンを思わせる。


「立てますか?」


 そうはにかみながら言う彼女は、そっとやわい手を差し伸べた。


 コロンと女性の足元にザクロの実が転がる音がするも、彼女には聞こえなかったんだろう。

 笑ったまま立ち上がる姿は八重咲やえざきのシャクヤクで。

 ひかえ目に歩き出した背中は、近寄りがたい百合ゆりの一輪。


 それなら音もなくかがんだ彼女は、きっとボタンの花だ。


「ここに人が来るなんて珍しい」


 境内けいだいを進みながら言葉を口ずさむ女性は、日の光が当たると不思議な見え方がする人だった。


 影にはネコの耳と尻尾しっぽのようなものがときおり映り、その内尻尾は二手に分かれた道のよう。

 人なのか、ネコなのか。

 そう考えさせる赤と黒の階調グラデーションがかった影は、気になって足元を見るたびに彼女の笑みが光となって誤魔化ごまかされてしまう。


「そうだ」


 ポンと何かを思いついた女性は、くるりと振り向いた。


「ぼくはざくろだよ。彩莉いろりざくろ。よろしくね」


 ザクロ色の似あう女性──彩莉ざくろは、じゅくしたザクロの実で染めた空の下で、ニコニコと口元をゆるませた。

 そんな彼女にこたえが返ってくる間もなく、ざくろは階段の方へ手を振る。


「じゃあね。また会おう」


 リンとなった鈴の音。そしてざくろのその一言で、空のザクロ色が神社を染めた。

 次の瞬間にはざくろも、いたはずの黒いネコの姿もなく。


 残ったのは優しく吹く、彼女に似た赤色の風だけ。


 ──そう。こんな話を聞いたことがありますか?


「あるかもね。もしかしてぼくのこと?」


 耳にした話に対して、ざくろはネコのようにクスリと笑った。


 大人しい巫女姿みこすがたは今はなく、変えた衣装は赤を強調した黒猫のスカート姿。

 片結びの髪を止めるのは鈴のついたリボンで、彼女が動きを見せるたびにリンリンとなる。


 まるで神社での彼女とは別人に近い印象の姿だが、ネコとはそういうものだろう。


 ときには静かで、ときにはにぎやかで。

 気まぐれで、柔らかくて、人を振り回す愛らしい存在。


 それがネコ。そして、それが彩莉いろりざくろという猫又ねこまただ。


「なら、ぼくの話をしようよ」


 百年以上生きた猫又ねこまたの……ぼくの話をね。

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