13,公演
僕達は王宮へと入っていった。
入り口には門も受付もなく、誰でも入れるよう一般開放されていたため、僕達はあっさりと内部へ入ることが出来た。
豪華絢爛の四文字を体現したかのような外観と打って変わり、大理石で出来た壁や床に、控えめながらも随所に金の装飾が施されていて、優美な印象を受ける。
その代わり、王宮内には風景画や油絵、彫刻や壺といった芸術品が飾られ、美術館のような装いとなっていた。
「これはモネ?」
「『散歩、日傘をさす女』だな」
委員長と魔使君は展示されている絵画を見て、この作品は何だ作者は誰だと話している。
それを僕は黙って聞いている訳だが――。
僕は彼らの話をぜんっっっぜん理解出来ない。
モネは知ってる。有名だから。
だからって見ただけでこれがモネだの、何て作品だの一切分からない。
僕は審美眼だとか、芸術のことがわからない。
展示されている絵を見ても「わぁ綺麗な絵だな」としか思えない。
繊細な筆使いや細かな彫刻の凄さは分かるが、そこから何かを読み取ることは出来ない。
「もしかしてだけどさ、この展示品のどれかが『核』って事ある?」
見渡すだけで数百はあるだろう展示品。
この中のどれかが核だったのなら、探すのはかなり骨が折れそうだ。
「多分それは無いと思うわ。これらから魔力を感じないし」
委員長の返答に胸をなで下ろす。
その時、案内板を見つけた。
魔使君と委員長を呼び、この王宮の地図を確認する。
「この建物、三階までしかないんだね」
「どうやら、この建物のほとんどを展示スペースとしてるみたいね」
王宮は大きく分けて二つのスペースに分けられていた。
一つは今僕達がいる展示スペース。
ほとんどの場所がこの展示スペースに割り当てられていて、芸術品だけでなく、刀や甲冑などの武具や、宝石なども展示してあるようだ。
「核があるとすればここでしょうね」
委員長が指さしたのはもう一つのスペース。
展示スペースから上へ上った先にある謎の場所。
「関係者以外立ち入り禁止」とだけしか書かれておらず、案内図だけではどういった場所で、何があるかは分からない。
それでも、壊されて困るものは人目に付かない所に保管してあるだろう、という予測からくる考察だった。
「――ん?」
そんな時、僕はあることに気がついた。
「この案内図、日本語で書いてある」
この案内図は日本語で書かれている、何と書いてあるかが読めるのだ。
外の出店で使われていた値段表は、死者の言葉が使われていた。
この領域内にいるのは死者しかいないのだから、死者の言葉が使われるのが普通だ。
だがこの案内図は日本語で、生者の言葉が使用されているのだ。
上に吊されている案内板も、同じく日本語で書かれている。
「……何、で」
「
魔使君が答えた。
「……
「つまりこの案内図は、私達のような生者が来る前提で作られたと言うことだ」
「⁉」
その時だった。
『まもなく、当館館長によるピアノの公演が、地下ホールにて始まります。ご来場の皆様は奮ってご参加下さい。繰り返します――』
王宮内に響き渡る、公演を告げるアナウンス。
それを聞いて、死者達は一様に階段を降りて行った。
「私達も行こうか」
「え⁉ 行くの⁉」
「バッカじゃないの⁉ どう考えたって誘われてる。罠よ!」
公演へ向かおうと言い出す魔使君を、僕と委員長は糾弾する。
アナウンスは日本語が使われていた。つまりは
しかも、地下ホールで待っているのは、この支配領域内で一番大きい建物の館長。
それはつまり支配領域の支配者、七不思議の壱番である可能性が高い。
「……ふむ、なら行かないのか? せっかく壱番の姿を拝める機会だというのに」
「――!」
「『直接相手を見る』と言うのも相手を理解する一つの方法なのだが……仕方ない。では建物内を――」
「行こう」
見てみたい。ここまで多くの人を殺した怪異の姿を。
一体どんな顔を、どんな声を、ここに居る人たちは最期に眼にしたのだろうか。
魔使君の眼となったからじゃない。
ただ僕は知りたい。無差別に人を襲い殺した怪異が、一体どんな姿をしているのかを。
◇ ◇ ◇
王宮の地下は大ホールのみ。公民館ほどの広さをしたホールがあるだけのフロアだった。
僕達が入場した時には既に席は全て埋まっていて、僕達は仕方なく最後尾で立って鑑賞することにした。
程なくして照明が落ち、舞台の中央が照らされる。
観客の拍手を浴びながら、スポットライトに照らされた男が顔を上げる。
整えられたスーツを身に纏い、爽やかな好青年と印象づけさせる朗らかな笑みを浮かべる。
アイツが――。
「七不思議の、壱番――!」
「ご来場の皆様、ようこそお越し下さいました! 私のピアノで、皆様の心に感動を届けることが出来ましたら幸いでございます」
簡単な挨拶を終え、それではとピアノに向かう。
力強く、されども繊細な指使いで鍵盤を叩く。
奏でられる演奏は、綿毛のように軽やかで柔らかく、すっと僕の耳に入ってくる。
「――……綺麗な演奏だね」
「シューベルトの『アヴェ・マリア』、か。……懐かしいな」
魔使君は、聞いただけで何の曲か分かるようだ。
彼の「知を探求する」というのは、かなり多方面に伸びているようだ。
「音楽、興味あったの?」
彼の懐かしいと言う言葉に、委員長は問いかける。
「昔流行った時に少し、ね」
演奏が終わり、壱番は立ち上がり、観客へ向けて礼をする。
直後、観客は皆立ち上がり、壱番へ向け万雷の拍手を、出来る最大限の称賛を送る。
ある者は口笛を吹き、またある者は感動のあまり涙を流している。
「――……なん、で」
その光景は、あまりにも気持ち悪いものだった。
観客、死者達にとって、目の前にいる壱番は自分を殺した存在のはずだ。
そんな奴が演奏したピアノを聞いて、なぜこれほどまで感動するのか。
演奏は確かに素晴らしいものだった。
それでも、自分を殺した相手に対してする反応としては、あまりに歪だ。
「支配領域は、自身に都合のいい世界を創り出す。正確には、存在する物を意のままに操れる、自身が全てを支配する世界を創り出す、と言う事なの」
「ん? ……うん」
「領域内で死んだ魂は支配対象なの」
「⁉」
つまり、ここにいる観客達は全員、壱番の支配対象だという事。
信じたくないが、合点がいく。
なぜ殺した相手にここまで称賛を送るのか。
それは支配されていて、称賛を送らされているから。
万雷の喝采を受け、嬉しそうに目を細める壱番に吐き気がする。
この公演は僕達のような、生者をおびき寄せるだけが目的じゃない。
魂を使って、壱番の自己肯定感を満たすための茶番に過ぎない。
「それでは二曲目に参りたいと思うのですが……そうですね。ここはどなたかにリクエストを頂きましょうか」
舞台上を行ったり来たりする壱番と目が合った。
「では最後列のお三方! 私に弾いて欲しい、もしくは聴きたい曲はありますか?」
「私が答えよう」
制服を着たスタッフから渡されたマイクを、魔使君が受け取る。
「では、パッヘルベルの『カノン』を」
「良いですね! クラシック音楽の代表曲! だからこそ演者の腕が試されるというもの。分かりました、ではお聴き下さい」
壱番が奏でるカノン。
とても柔らかく、優しくて、包み込まれているような安らぎを感じる。
多くの人を殺しておきながら、奏でられる音はとても和やかで。
それがなんだか悔しくて、僕は唇を噛んでいた。
それから数曲演奏して、公演は終了した。
一曲一曲終わる度、観客は立ち上がり拍手を送っていた。
「お客様、少しよろしいですか?」
公演が終わり、ホールから退出した僕達に、壱番が話しかけてきた。
「あぁすみません。新しいお客様がみえたのは久しぶりだったもので。私、ここの館長をしております
ニコリと浮かべたその笑みの裏に、一体何を隠しているのか。
「もしよろしければですが、私がここを案内してもよろしいですか?」
何を言うか。お前なんかと一緒に行動なんか出来るわけないだろ!
そう言いかけた僕の口を、魔使君が塞ぐ。
「是非ともお願いしよう。何分、ここは広くどう回ろうか迷っていたところだ」
ニタニタと薄ら笑いを浮かべながら、魔使君は要求を呑んだ。
一体何を考えているのかは分からないが、その笑みの裏に、何か策略があるだろうと感じた。
それから壱番……飛樽を先頭にツアーが始まった。
全体を回りつつ、節々にちょっとした解説が入る。
話しが上手く、ついつい聞き入ってしまうほど。
しかもここに展示されているものは全て飛樽が作ったのだそう。
あの絵も、あの彫刻も、あの壺も。全て。
そのため、何処を一番こだわったかなど、制作者からしか聞けない話も聞くことが出来た。
とここで、魔使君が口を開いた。
「自分で作ったわけじゃないのに、随分とはしゃぐのだな」
「――……何ですって?」
空気が変わる。
振り返った飛樽は笑みを浮かべているが、苛立ちを隠しきれていない。
「この絵はピカソ、こっちの絵はダリ、あの絵は葛飾北斎、あちらの彫刻はミケランジェロ、この壺も十四代今泉今右衛門の作品だ。既にあるものをなぞったところで、そこにあるのは自分の作品じゃ無く、ただの模造品だ」
「……」
あれだけ意気揚々と解説を語っていた飛樽が押し黙る。
もはや怒気も敵意も殺意も隠してはいない。
「――……近々加茂が俺らを殺しに来るって聞いた時は聞き流したが、そうか」
真っ直ぐと、僕らの方へ向き直る。
「 お 前 ら か 」
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