12,絢爛

「わぁ……――!」


 球体に呑み込まれた僕達は、気がつくと道の真ん中に立っていて、周囲を建物に囲まれていた。

 その建物はレンガで造られていて、そんな建物が隙間無く並んでいる。

 さらには等間隔に並んだ街灯が、星のない塗りつぶしたかのような夜空に揺らめいている。


 明らかに音楽室の景色じゃない。

 あの球体に呑まれたからだ。

 呑まれたから、僕達は転移した。

 七不思議が封じられていると言う、結界の中に――!


 思わぬ形で体験した非日常と、目の前に広がる煌びやかな景色に、僕は言葉を失ってしまった。


「後ろは……行き止まりか」


 興奮に震える僕をよそに、魔使君は周囲の状況を分析していた。


「それじゃあ、この道の通りに進むしか無いわね」


 建物に囲まれた一本道。

 後ろに道は無く、左右に脇道もない。

 道の先、光に包まれた場所に、僕達は向かう他ないようだ。


 この先に何が待ち受けているか分からない。

 僕と委員長は慎重に進もうとする中、警戒のけの字も感じない魔使君はズンズン進んでいく。


「――……すご」


 先に進んだ彼を追いかけた道の先は、広場になっていた。

 視界を埋め尽くすほど大きな月が夜空に浮かび、まるで昼のように明るい。

 中央にそびえ立つ王宮のような建物は、他の縦長なだけの建物とは一線を画すほど豪華な装飾が成されていた。

 月の明かりを受け、幻想的なまでに輝く王宮を思わせる建物を中心に、祭りの屋台のような出店が建ち並ぶ。


 その光景に呆気にとられた僕だったが、あることに気がついた。


「――……人?」


 繁華街かのような盛り上がりを見せる広場には、沢山の人が居たのだ。

 ここは怪異が創りだした支配領域の中。僕達以外の人が居る訳がない。


「……怪異を閉じ込めてるこの結界、封印するために内からの衝撃に強くなるのは理解出来るかしら」


 僕の呟きに口を開いたのは委員長だった。


「うん……それはなんとなく分かるけど?」

「つまりはの」


 それが、一体どうしたのか。

 脳裏にある推測が浮かぶが、僕は見て見ぬふりをする。


「彼らは。ここの怪異に襲われ殺され、でも天に昇ることすら敵わない、この世界を彷徨うことしか出来ない被害者達よ」

「――……」


 やっぱりそうだったか。

 僕の予感は見事に的中した。

 考えたくなかった、そうであって欲しくなかった。

 だって、それはあまりにも可哀想だ。

 無残に殺されて、それなのにずっと閉じ込められているなんて――……。


「ここからは敵意を感じない。一度ココで周囲の状況を見て回ろう」


 魔使君の提案に乗り、僕と委員長はこの広場を、魔使君はその周囲を手分けして散策することにした。



 ◇ ◇ ◇


 この広場は、王宮のような建物を中心に円形となっていた。

 そして王宮を取り囲むように八個出店が展開されていた。

 食べ物を売っていたり、服、装飾品など、店ごとに品物が異なっている。

 客として訪れたのも、店員として商売していたのも死者の魂。

 どちらも笑顔でで話していた。


 委員長が言うには、彼らが使っているのは『死者の言葉』なのだとか。

 死んでしまった彼らは、もう日本語などの生者の言語は扱えない。

 彼ら自身は何ら変わらず会話しているつもりだが、その言葉は生者には届かず、聞いたとしても理解など到底出来はしない。

 逆も然りで、生者の言語は死者には届かないし、理解されない。

 つまり、僕がどれだけ彼らを助けようと呼びかけたとしても、彼らには届く事は無い。


 さっきまで突然の非日常に躍っていた心に影が差し込みはじめた頃、魔使君と合流した。


 魔使君が言うには、広場から八方向に道が延びていて、その先は僕達がいたような一本道が続いていたらしい。

 どうやらこの結界に脚を踏み入れた者は、これらの一本道のいずれかで目覚め、中央の広場へ向かうようになっているようだ、と彼は考察していた。

 支配領域を見て回ったが、このには特段おかしな所は見つからなかった。

 ただ――。


「不可解なのは、このだ」

「……それどういう意味?」

「私が読んだ過去の記録は、どれも『結界内には平安の京を模した都が広がっている』とあった。だが実際にはアムステルダムを模した建造物ばかりだ」

「アムステルダムってオランダ……だっけ?」

「あぁ、オランダの首都だ」


 アムステルダム。オランダの首都。

 魔使君が言うには、縦長のレンガ造りの家はオランダの赤レンガの家々と、中央にそびえ立つ王宮のような建物は、アムステルダム王宮そのものだと言う。


「アムステルダムと京の街並みを見間違えたとは考えにくい。記録が無かった空白の期間に何かあったのは明白だ」

「でもなんでオランダ?」

「それは分からない。いずれにせよ、答えは彼処にしかないだろう」


 そう言って彼は王宮を指さした。

 どうやら誰でも入れる建物らしい。賑わう人々が何人もあの建物へ入っていく。


 とその時。


「ん?」


 くいくいっと袖を引かれた。

 目を落とすと、五歳くらいの少年が、僕をじっと見つめながら袖を掴んでいる。


「縺雁?縺輔s驕斐?√□縺√l?」


 首を傾げながら、少年は言った。

 およそ言語の形を成していない。

 複数の言葉が重なって聞こえないのとは違う、この子が発した言葉を脳が拒絶するような感覚。

 ノイズが直接覆い被さっているような。

 何か言っているのは分かるが、それが言語として認識出来ない。

 これが



 この子も死者の言葉を話す。

 ……いや、この結界内にいる時点で答えは出ている。


 ――……この子はもう、殺されている。


 結界から出ることが出来ず、彷徨っている魂の一人だ。


 僕はその場にしゃがみ込み、少年の目を真っ直ぐと見据える。


「縺ェ縺√↓?溘←縺?@縺溘??」

「絶対、絶対この結界から出してあげるからね」


 死者の言葉が生者に分からないように、僕の言葉もこの子には届かない。

 それでも僕は、この子に伝えたかったのだ。


 今の僕に出来ることは少ないだろう。

 それでも、僕に出来ることを全力で。


「――行こう」


 僕達は王宮へ向かった。

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