第二章 成すは、望月の如き太平を
10,支配領域
四月も終盤に差し掛かった頃、委員長に呼び出され、僕と魔使君は四階の空き教室に向かっていた。
一体何の用で呼び出されたのか、僕にはある程度予想はついていた。
それは魔使君も同じなようで、階段を上る彼の脚は弾んでいる。
その眼はキラキラと輝き、まるで玩具を買い与えられる子どものようで、少し微笑ましい。
「――魔使恵」
階段を上り終えたその時、魔使君を呼ぶ声があった。
振り返ると、委員長がいた。
「……約束して。七不思議を、相対した怪異は必ず確実に
彼の返答を待たずに、委員長は続ける。
「それと。……それと何の犠牲も出さない勝利を。たとえそれが、七不思議を殺す最善の選択だったとしても」
「それは私も含めてか?」
真っ直ぐに委員長の目を見ながら、魔使君も答える。
「えぇ。私が求めている平和はそんなものじゃない。貴方のような邪悪が犠牲になるとしても……もうこれ以上の犠牲の上で成り立つ平和なんて、私は望まない」
「――……わかった。そして約束しよう。犠牲の無い勝利を」
その言葉を聞いて、魔使君は押し黙る。
少しの静寂の後、彼は回答した。
「――……ありがとう。七不思議を
安堵の息を漏らし、彼女は笑う。
しかしその顔は、あの日の夜に見た憑き物が落ちたかのように晴れやかなものではなかった。
その時だった。
「えぇ~それマジ~?」
「マジマジ! やばくね?」
階下から女子達の話し声が聞こえてきた。
「足を止めさせてごめんなさい。続きは空き教室で話しましょう」
このままでは僕たちの会話も聞かれてしまうかも知れない。
そう思い、僕たちは空き教室へと急いだ。
僕たちが入ったのは、先日巨大なホウセンカによって爆発された空き教室。
ここも廊下と同じように、何事も無かったかのように元通りになっている。
きっと魔使君の使い魔が同じように直していったのだろう。
そんな時だった。
委員長がパチンと指を鳴らす。
すると、机の上に突如本の山がドサドサと積み上がる。
紐で閉じられたものや巻物まで、全部で三十冊ほどの書物が積まれていた。
「私の家にある七不思議、その壱番に関するものよ。……情報提供ってのはこんな感じで良いかしら」
「勿論!」
委員長の確認に、魔使君が食い気味に答える。
彼の眼はキラキラと輝いていて、尻尾がついていたならブンブンと勢いよく振っているだろう。それほどにテンションが上がっているようだ。
彼女が許可を出すとすぐに本を一冊掴み、ペラペラと読み始める。
僕も何か読もうか。そう思って手を伸ばしたその時、委員長が口を開いた。
「七不思議を倒すためにはまず、核を破壊しなきゃいけないの」
「……核?」
「結界に捕らわれてる怪異達は、活動を停止してるわけじゃない。少しずつ内側を侵蝕していっているの」
七不思議を外に出さないため封印している結界。
だがその内側では徐々に侵蝕されているのだそう。
「奴らは内側に、自身の理想の世界を創りだしている。そしてそれを構成している核は、七不思議に永続的な魔力提供を行なうし、怪異が受けたダメージを全て肩代わりするの。例えそれが致死的なダメージだとしても」
ただ地の利があちらにあるだけじゃない。
リソースの補給に、ダメージの肩代わりまで担っている。
更には、肩代わりしたダメージによって核は壊れないと言うとんでもない情報が補足された。
だから直接見つけて破壊しなければ、七不思議を倒すことなど出来ない。
一方的にコチラが消耗していく末路しか無い。
七不思議を討伐するためには、いち早く核を破壊しなければならないようだ。
「――支配領域、か。面倒な小細工をする」
読んでいた本を近くの机に置きながら、魔使君がため息をついた。
本を置いた机には既に、本の山が形成されていた。
まさかと思って見てみると、当初あった本の山は全て消えていた。
「……まさかだけど、もう全部読んだの?」
「あぁ、実に面白く興味深い内容だったよ」
誇るでもなく当たり前のことのように彼は感想を語った。
まだ数分しか経っていない。それなのに彼は三十冊以上あった本を読破してしまっていた。
「……ただどれも結界内部、壱番が展開した領域に関することだけしか書かれていない。壱番本体と接触しないようにしていた――……いや、接敵した人間による記述がないのか。相対して逃げ帰れた者は一人としていないと考えて良さそうだな」
情報はあった。どんな世界が広がっているかの記載はあった。ないのはそこにいる怪異はどんな存在なのか。
書かれていないのは、帰ってこれなかったから。
起こったことを、書き記せなかったから。
それはつまり、七不思議に出逢った者は皆、殺されていると言うこと。
魔使君はそう分析していた。
こんな恐ろしいことを良く淡々と言えたな?
彼の言葉を聞いて、委員長の手が微かに震えていた。
恐怖によるものか、緊張によるものか。何故震えているか、はっきりした理由は分からないが、気がつくと僕は震える彼女の手を取っていた。
「――大丈夫だよ。僕達ならきっと、七不思議を倒せるよ!」
「――……えぇ」
びっくりして目を丸くした彼女だったが、僕の言葉に小さく頷く。
真っ直ぐ僕を見据える彼女の目から恐れは消え、手の震えも止まっていた。
「――ところで吉岡くん。今晩、空いてるかしら」
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