幕間.一歩、踏み出して
小鳥が奏でる柔らかな音色が、程よい快感を乗せて僕の耳に届く。
朝日に照らされた木々はいつもよりも青々としていて、目一杯息を吸えば、爽やかな空気が肺一杯に流れ込んでくる。
頬を撫でるやや冷涼な風も、道路を横切る車のエンジン音も、交差点で溢れる靴音も、感じる全てが心地いい。
河川敷で委員長と戦った昨夜の興奮は、未だに僕の体を巡っている。
胸は高鳴り、手は微かに震えている。
そう、昨日僕は魔術を使ったのだ。
あの時の感覚を、感じた全能感を、僕は忘れることが出来ない。
その所為か、今は眼に映るもの全てが鮮明に見える。
ただ代わり映えのしない退屈なだけだと思っていた世界が、今では美しく、愛おしく感じる。
学校へ向かう脚はいつしか弾み、笑みが溢れてしまう。
学校に着いてからも、この浮ついた気持ちは収まることは無く、弾む気持ちのまま教室の扉を開けた。
「おっはよ吉岡……?」
いつも僕が教室に入る時、決まって軽快な声で挨拶してくれる
何やら首をかしげ、キョトンと僕を見つめている。
「……どうしたの、僕の顔をジッと見て」
「あぁいや、何でもない。……ただ」
本人も不思議そうに、頭を掻く。
「ただ何故か、吉岡が別人に見えたんだ。昨日も会ってるはずなのに、今日初めて会ったような感覚がして……」
阿形君は意味が分からないと言いたげに首をかしげているが、僕には何故か分かった気がする。
今までの僕は、閉ざされていて、一歩だって進むことが出来なかった。
けれど今は違う。
魔使君と出会って、魔術の世界に脚を踏み入れた事で、虚無感で埋め尽くされていたこの心は、充足感で満たされた。
僕の前に光が差し、道が生まれた事で前へと進むことが出来た。
吉岡悠馬の人生を、踏み出すことが出来た。
だからこそ、阿形君は僕と初めて会うように感じたのだろう。
今日の僕は、昨日までの僕とは違うから。
いつまでも、何も変わらない日常を生きてきた僕とは、違うから。
「……そっか」
「いやほんと、何でかは分からないんだけど……あれ? 何でだろ……ごめん、変な事言ってるのは分かってるんだけど」
「あぁいや、怒ってるわけじゃないから」
むしろ自覚出来て感謝しているぐらいだ。
……そうだ、僕は僕の人生を歩いて行ける。
道の先に待っているのは、果てがどうなっているかすら見えないほど眩しくて、輝いている光――。
「――おはよう、阿形君!」
僕が出来る最大の笑顔を。最上の幸せを噛みしめて。
僕は教室へ踏み入った。
――その道を、一歩前に踏み出すように。
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