6,威神招来
混沌を吐きながら嗤う影。
そんな彼を前に、委員長はゆっくりと、静かに目を閉じ、大きく息を吐く。
と同時に、左手の人差し指と中指を伸ばして揃え、残りの指を握り印を結ぶ。
空気が変わる。
空を覆う暗黒に光が差し。
死を謳う恐怖は安寧を称え。
足元の狂気は明日を照らす光となって。
この場の支配者が移り変わる――。
「――
閃光が煌めいたと同時に、魔使君の腹部は大きく抉れていた。
皮を、肉を、骨を、臓物をも引き裂かれ、捻った蛇口の様に際限なく傷口から血が溢れ出る。
みるみるうちに足下に血溜まりが広がっていく。
「……そうか、君は
口からも血が溢れ出る。
蒸気を発しながら、彼の傷口は少しずつ塞がっていくが、それでも彼の出血は収まらない。
誰の目から見ても、致命傷である事は明らかだ。
それでも彼はニタリと嗤う。
魔使君が放つ余裕。そこからは死が感じ取れない。
明らかな致命傷。確実に死へと近づいている出血量であるにも関わらず、彼からは『死』が感じられない。
そんな彼を睨み、怒り、重く低く唸り威嚇する獣。
雷を纏った純白の毛、横断するように引かれた黒の縞模様。
あらゆるものを噛み砕く強靱な顎と、血が滴る鋭い爪。
閃光と共に現れた巨躯の獣。白い虎が、委員長を護るように立っている。
「え、嘘だろ、え、は、まじで?」
振り返ると、バルバトスが頭を抱えて蹲っていた。
「なんで神が出てくんだよ……。やりたくないよ仕事増えるの嫌すぎるよ……」
光を失い絶望した目で、ブツブツと文句を垂れる。
神? 神だって?
委員長が喚んだあの白い虎が神だ、とバルバトスは言った。
と言うことは委員長は神を喚べる――……いや、今それはいい。
白い虎。そして神……。考えられるのは――。
「――白虎……?」
「そう正解。あれ白虎、神様」
僕の呟きに、バルバトスが反応する。
委員長が喚んだのは、今目の前にいる虎の正体は『白虎』。
中国の伝説上の神獣で、京の西を守護した聖獣、四神の一匹だ。
それならば確かに強敵だろう。
委員長が生み出した植物の攻撃なんて比にならない程強いだろう。
しかしそうだとしても、ここまで絶望することだろうか。
隣のバルバトスは、文句を呟きながら明後日の方を向いている。
でも魔使君には魔術がある。
怪異だって一瞬で倒せる力があるんだ。
神様だろうと、対抗できる――……。
その時僕は、あることを思いだした。
『遥か昔、
魔術とは御業の模倣である、と。
御業とは、神のなせる
と言うことは、神の行いの模倣、神が起こした
白虎も神であるならば、白虎も
「バルバトスさん……。魔法を扱う者に、魔術って――」
「……察しがいいね。冷静だし、思慮深い。あの人が気に入るわけだ」
深く大きなため息で気持ちを整えたバルバトスが、僕を真っ直ぐ見据える。
「魔術はね、神には効かないよ。如何に強力なものだとしても、所詮は模倣品だからね。本物を扱う相手に効くわけない」
「――――!」
「……正確に言えばダメージになり得ないんだけどね」
なら魔使君は、神と肉体一つで戦わなくちゃいけないの……?
「貴方の使い魔は慌ててるのに、随分と余裕そうね」
呼吸も整ってきた委員長が、魔使君を睨む。
「まさか。余裕なものか。想定以上に負傷してしまったからね、焦っているとも。あぁ……随分と死が近くに感じるよ」
ニタニタと嗤う彼からは、とても死が近づいているとは思えない。
しかし、彼の吐血は治まるどころか悪化している。
咳き込み、口から溢れ出る血は、どんどん増えていく。
そんな彼に対して白虎は臨戦態勢を取る。
彼の一挙手一投足に最大限警戒しているようだ。
「……ふふふ、やはり『神』に警戒されるのは恐ろしいなぁ」
大きな血溜まりを作りながらも笑みを浮かべるその姿は、純粋な狂気が滲み出ていた。
空気が張り詰める。
静寂の中、荒い呼吸のみが響く。
帯電する雷が煌めいて、白虎が駆けた。
『魔使恵』という害敵を殺すために。
その速度は人の目が追える限界を軽々と凌駕する。
一瞬にも満たない時間で、魔使君を射程内に入れた。
腹を抉ったのと同じように、血が染みた腕を振るう。
しかし魔使君は白虎の動きを目で追えていた。
振るわれる攻撃を受け流そうと、魔使君が左手を伸ばす。
――だが。
雷鳴が轟き、白虎の腕が加速する。
防御の間をすり抜け、魔使君の顔を切り裂いた。
左目は弾け、鼻は抉れ、口は引き裂かれた。
しかし彼は動じない。腰を捻り、残った右手を白虎の体に押し当てる。
その手にあるのは空気の塊。
圧縮され球体に纏められた空気の塊を、白虎の無防備な胴体へ叩きつけた。
空気は
壁を、窓ガラスをぶち破って、音すらも置き去りにして、一瞬のうちに遙か遠くに吹き飛んでいった。
「なっ――⁉」
「わお」
委員長は言葉を失い、バルバトスは小さく感嘆を漏らす。
僕だけが、彼から目を逸らさなかった。
だからこそ次の動きに、誰よりも早く気づくことが出来た。
魔使君は白虎に押し当てた右手を開き、それを今度は委員長へ向ける。
その指先には黒い粒子が収束し、小さな球を形作っていく――。
委員長が視線を魔使君へ戻した時には既に、指先の球体は渦巻き蠢く黒へと成っていた。
「――白虎!」
委員長が叫ぶが、止まることはない。
全てを呑みこまんほど昏く冥い球が、今――。
「――『
指先から放たれる――……その時だった。
彼方から流星のような閃光が飛来する。
赫を撒き散らしながら、彼の腕が弧を描いた。
術を放つ直前、遠くに飛ばされた白虎が委員長を護るために空を駆けてきた。
如何に強力な技と言えど、放てなければ意味がない。
そのために右腕を、攻撃を放とうとする腕を切り落としたのだ。
白虎は即座に残った左腕を雷で焼き払い、魔使君を喉笛めがけて飛びかかる。
――……しかし。それでも魔使君は、怪しげに口角を上げる。
「判断は速いし、躊躇がない。そこは評価しよう。……だが、一手遅れたな」
「――⁉」
切り飛ばされ、不発に終わると思われた
委員長は咄嗟に腕での防御を試みる。
白虎も気づき駆け出そうと脚に力を込める。
しかし、何もかもが遅すぎる。
――発散。
腕での防御すら間に合わない。
解き放たれた闇が、纏わり付くように流れるように委員長の頭の中へ吸い込まれていく。
僅かながらの抵抗も、体をすり抜けていく闇に効果は無い。
阻もうと体をねじ込んだ白虎だったが、同じようにすり抜ける闇の前では意味はない。
「――……いゃ」
消え入りそうな声を最後に、委員長の腕はだらんと力なく垂れた。
と同時に、白虎は光を放ちながら消えていく。
「……
まるで電源が切れたかのように倒れ込む委員長を、間一髪の所で受け止める。
全身からは力が抜け、開きっぱの瞳は一切の光を映さない。
まるで人形のようで、彼女からは生気を感じられない。
夕日が照らす校舎内で突如として行なわれた戦闘は、こうしてその幕を下ろしたのだった。
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