4,魔術

「な、なんで吉岡くんがここにいるの?」

「え、っと、まぁ……色々ありまして」


 教室から漏れ出る爆煙。その中から姿を現したのは、僕のクラスの学級委員長、加茂茜かもあかねだった。

 切れ長の目に、爆煙を受けてなびいている、腰ほどまである黒髪。誰もが振り返るほどの美貌と、スレンダーなモデル体型から、入学当初から学校中の話題となっている。


「おや、これはこれはクラス委員長、一体なんの御用でこんな所に?」


 魔使君が僕と委員長の間に割って入る。

 その顔はニコニコと、思惑を孕んだ笑みを浮かべている。


「要件は分かっているでしょう? ……それにしても、貴方。もう脳内会話テレパシーは使わないのね」


 委員長も、敵意を持った笑顔で返す。


 ……委員長もあの変な話し方に気づいていた。

 魔力を扱う者、魔力に耐性を持つ者は違和感を覚える、と魔使君は言っていた。

 僕の場合は前者だったが、委員長はおそらく――。


「あぁ、もう助手は見つかったからね」


 そう言って魔使君は僕の肩に手を回す。


「――彼をどうする気……いや、いいわ」


 対話は不要。

 そう言うかのように、委員長は首を横に振る。


「吉岡くん。どういう事情かは知らないけれど、今日はもう帰ってくれないかしら」


 彼女から敵意が溢れ出て、周囲の空気が一変する。

 凶器を首元に押し当てられている。そう幻視する程に、委員長が放つ圧が濃く重いモノへと変わっていく。

 怪異に襲われた僕でも、この場所から離れたい。

 そう感じる程に息苦しい圧。それをたった一人の少女が放っているのだ。


「いや、君はそこで視ていろ。君は私のとなったのだから」


 こちらを振り返ること無く、魔使君が言う。


「……僕に何か出来ることって――」

「残念だけどないよ、何も」


 僕の言葉を遮ったのは彼では無く、僕を脇に抱えながら二人から数歩距離を取っているバルバトスだった。


「何も知らない、何も出来ない君に、一体何が出来ると言うんだ」


 ゆっくりと優しく僕を降ろしながら、バルバトスは続ける。


「だからこそ、今から起こること全てが経験になる。悉くを糧にするために、多くを感じ多くを得るために、君はただ、視るんだ」


 ……僕は何も出来ない。

 怪異に対抗する力は疎か、委員長が放つ圧を打ち破る力すらも持ち合わせていない。

 僕は力をつけなければいけない。この世界で居続けるためには、この心を満たすためには、それが必須条件だ。

 だからこそ、今僕がすべきは視る事。

 これから起こる全てを、僕の糧とする事だ。





「さて、では落ち着いて話でも――」「御託は良い」


 魔使君の言葉を遮り、委員長は指をパチンと鳴らす。

 その瞬間、魔使君の背中を喰い破り、三本の花が咲き乱れる。

 それらは体内に根を下ろし、ドクン、ドクンと大きく脈動する。

 その度に巨大な花弁はさらに大きく、より赫く鮮やかになっていく。


血染めの寄生華ナンバンギセル。貴方の血と魔力を吸って成長していく華よ。動けばその分、より多くの血と魔力を吸うわ。大人しくしてる事ね」


 真っ直ぐと魔使君を見据えて委員長は言う。


 彼の背に咲いている花はナンバンギセル。

 主にススキに寄生する植物で、喫煙具のパイプに似た形と、赤紫色の花が特徴的だ。

 だが彼の背に咲いたナンバンギセルは、通常よりも何倍も大きく、より赫が強調されている。


 ――しかしそんな事、今はどうでもいい。


「……バルバトスさん。は何ですか?」


 自らの体から生えたナンバンギセルを愛でるように弄る彼を眺めながら、僕はバルバトスに問う。

 魔使君と同じように、委員長も力を持っている。

 その力が一体何なのか、それを知ることが今この瞬間において、何よりも優先すべき事だと直感が告げる。


は、一体何なんですか?」


 僕の顔を見て、何故かギョッと驚いたバルバトスだったが、一呼吸を置いて説明してくれた。


「……あの力の名は『魔術』。遥か昔、魔法キセキを目の当たりにした人類が憧れ、切望し、模索し、手を伸ばした末に生み出した御業の模倣。人類史における究極であり、最上の技術だよ」


 魔術とは、人の内に眠る願いを、想いを、魔力を介して具現化させる技術である、とバルバトスは言った。


 ……僕が、この力を扱えるようになれば――。






「貴方の目的は知らないけれど、が野に放たれれば、被害は街一つでは済まされない」


 委員長の話を、魔使君は何も言わずにただ聞いている。

 背中から生えたナンバンギセルは、既に当初の五倍ほどに膨れ上がっていた。


「……だからこれ以上関わらないで」

「断る」


 彼女の言葉を鼻で笑い、否定する。


 ――次の瞬間、ナンバンギセルは破裂した。

 内側から溢れ出る力の奔流に耐えきれず、はじけ飛んでしまった。


「良い機会だ。若くしてとなったその力、見せてもらうとしよう」


 殺す気で来い、と笑みを浮かべる。

 含まれるのは期待と余裕。

 と同時に委員長から動揺、混乱、困惑は溢れ出す。


「――っ! 『亜音速の狙撃樹スナバコノキ』!」



 委員長の背後に展開された魔法陣から、カボチャに似た実が一つその姿を現した。

 その実は突如爆発し、目にも留まらぬ早さでを放つ。



 委員長が生み出したあの実は、スノバコノキという植物の実。

 スナバコノキの実は、ホウセンカのように実がするのだが、特徴的なのはその速度。

 熟したスナバコノキの実は、種子を時速約二百四十kmのスピードで飛ばすのだ。


 ――しかし。


「おっと」


 放たれた棘を、彼は掴んだ。

 時速約二百四十kmもの速度で飛来するものを素手で掴んだのだ。


「毒か……。残念だが、私には効かない」


 さらにはせっかく無傷で済んだのに、技の効力を確認するため、自ら手に傷をつけ始めた。


 スナバコノキの果実には、かつて毒矢にも使われた程の強力な毒が含まれている。

 ひとたび体内に入れば、吐き気や下痢、痙攣を引き起こすはず……なのだが。

 平気そうな彼を見るに、魔使君には一切効果が無いようだ。



 一体彼は何者なのか。

 離れて見ているだけで彼の異常さ、異質さに恐怖を覚えるのに、対峙している委員長には、彼の姿がどう映っているのか。


 委員長へと視線を向ける。

 動揺、不可解、恐怖、混乱。そして焦り。

 同時に一歩、また一歩と後ずさる彼女からは、これらの感情を感じ取ることが出来た。



 ◇ ◇ ◇



 吉岡悠馬が感じたモノは正しかった。

 加茂茜の脳内は、あらゆる感情が入り交じり混ざり合っていた。


 血染めの寄生華ナンバンギセルは脈動し、体内の血液と魔力を吸収する。

 ソレが三本。少なくとも、破裂するまでに約三〇〇ml程度の血を吸収していたはずだ。


 そこに追い打ちをかけるように、亜音速の狙撃樹スナバコノキの毒。

 かすり傷でも痙攣を起こし、立つことすら困難になる強力な毒だ。

 自ら傷をつけた事で、この毒は体内に確実に侵入している。

 それなのに、痙攣どころかふらつきもしない。

 全く効いていないのだ。


 加茂茜は、物之木高校に入学する前から、結界の中にいる怪異を悪用しようとこの学校を訪れる魔術師クズ達と戦ってきた。

 そのたびに『敗北』を植え付け、二度と近づかぬよう追い払ってきた。

 今回も、そうなるはずだった。


 しかし。


 攻撃が一切効かず、常識の範疇を超えた耐性を見せつけられた。

 何者なのか理解が追いつかない。

 自分は一体、何と対峙してるのか。


 動揺、恐怖、混乱、不可解。


 そして結界を守護、維持しなければならないとして、なんとかしなければならないという焦りが渦巻いていた。


 それでも尚思考し、確信できたモノがあった。


 使、と。




 ◇ ◇ ◇



「――『左巻きの捕縛蔓アサガオ』!」


 委員長の背後に現れた魔法陣から、幾千もの蔓が現れた。

 それらは蜘蛛のように天井を伝い、蛇のように床を這い、逃げ場を無くすようにあらゆる方向から魔使君に纏わり付き締め上げていく。


「……今度は拘束か。芸達者なのは結構だが、些か興が削がれてきたぞ」

「魔使恵」


 魔使君は全身を縛られ身動きが取れない状態なのに、全く焦りを見せることはない。

 溢れ出る余裕。絶対的格上であると言う自信。彼は死を感じていない。

 そんな彼の名を委員長は呼んだ。

 しかし彼女の目は酷く冷ややかで冷酷で、およそ人に向けるモノではなかった。



「――灼かれて消えて」



 その瞬間、視界が白く、光に包まれた――――。

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