迫る現実と淡い幻影
国連本部ビル 大講堂
世界中から集まった報道陣のフラッシュがたかれ、緊張感が張り詰める中、議長が次の議題を告げる。
「続いての議題は、永夜による気候への影響についてです」
議長の言葉に、会場は静まり返る。
「それでは、この問題について、専門家であるエドワード博士にお話を伺いたいと思います」
スポットライトが壇上の脇を照らし、一人の男が姿を現す。
エドワード博士。世界的な気象学者であり、ノーベル賞受賞者でもある彼は、今回の異常事態に関する国際調査チームのリーダーを務めている。
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
博士は、穏やかな口調で語り始める。しかし、その表情は、深い憂いに満ちていた。
「我々は、この未曾有の危機、国連で仮称するところの永夜現象について、あらゆる角度から調査・研究を行ってきました。そして、残念ながら、非常に厳しい結論に至りました」
博士の言葉に、会場は水を打ったように静まり返る。
「我々の調査により、永夜が地球の気候システムに深刻な影響を及ぼしていることが判明しました」
博士は、スクリーンに地球の気候モデルを表示しながら、説明を始める。
「太陽光が遮られることで、地球全体の気温が徐々に低下しています。これは、地球の熱容量によって、数週間から数ヶ月は緩やかに変化しますが、その後、地球全体の気候システムを不安定にさせていくでしょう。これは、単なる寒冷化にとどまらず、地球全体の気候システムを不安定にさせていきます」
博士は、地球の温度分布を示すシミュレーション映像を映し出す。赤道付近と極地との温度差が縮まり、大気の流れが乱れている様子が見て取れる。
「この温度差の減少は、風を弱める原因となります。すでに、世界各地で風の弱まりが観測されており、今後、さらに風が弱まることが予想されます」
博士は、次に、海流のシミュレーション映像を映し出す。暖流と寒流の循環が弱まり、海流が停滞している様子がわかる。
「風は、海流を駆動する重要な要素です。風が弱まることで、海流もまた弱まり、熱の循環が滞ります。これは、異常気象の発生を促進し、地球全体の気候をさらに不安定にさせるでしょう」
博士は、最後に、雲の発生に関するシミュレーション映像を映し出す。雲の発生量が減少し、地球全体が乾燥している様子がわかる。
「太陽光は、水の蒸発を促し、雲を形成するエネルギー源です。太陽光が遮られることで、雲の発生が抑制され、降水量が減少します。すでに、世界各地で干ばつが発生しておりますが、今後、世界的に水不足が深刻化する恐れがあります。これは、いままで水資源が潤沢であった国も例外ではありません」
博士は、深刻な表情で報道陣を見つめる。
「これらの気候変動は、地球全体の生態系に深刻な影響を及ぼします。日照不足に留まらない農作物の不作、水不足、異常気象による災害など、人類の生存を脅かす事態が次々と起こるでしょう」
博士の言葉は、重く、そして冷酷だった。会場は、再び静まり返り、深い絶望感が漂っていた。
*
同刻 日本 薄暗い薄暗い路地裏にひっそりと佇む、隠れ家のようなレストラン「ル・ソレイユ」
店内は、ろうそくの灯りが揺らめき、どこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。テーブルには、色とりどりの料理が並び、食欲をそそる香りが漂っている。
「遠慮せずどんどん食え! この太陽が昇らねえ状態のせいで、食材の価格がどんどん上がってるんだ! 今のうちにうまいもん食い尽くすぞ!」
タロウは、豪快に笑いながら、フォークで肉を突き刺し、口に運んだ。
「んー! この熟成肉、最高だぜ!」
彼の言葉に、他のメンバーたちも笑顔で頷く。
「タロウさん! 次、オムライス!」
ハナコが、子供のように目を輝かせてタロウにねだる。
「あいよ!」
タロウは、テーブルから厨房に戻ると、慣れた手つきでフライパンを振るい、あっという間にふわふわのオムライスを作り上げる。
「ほらよ、ハナコ。特製デミグラスソースのオムライスだ!」
タロウは、オムライスをハナコの前に置く。
「わーい! ありがとう、タロウさん!」
ハナコは、フォークを手に取り、嬉しそうにオムライスを口に運ぶ。
「んー、 美味しい! タロウさんのオムライス、世界一!」
ハナコの言葉に、タロウは満足そうに笑う。
「ジロウ、サブロー、お前たちも遠慮するなよ! 食いもんは、残さず食うのが礼儀ってもんだ!」
タロウは、他のメンバーたちにも声をかけ、全員で豪勢な食事を楽しむ。
「それにしても、この状況、いつまで続くんだろうな……」
サブローが、心配そうに呟く。
「さあな。でも、俺たちは、こんな時でも美味いもんを食って、楽しんでやるぜ!」
タロウは、力強く宣言する。
「そうだね! 食こそが、生きる希望だもんね!」
ハナコも、笑顔で同意する。
グルメレンジャーは、異常事態の中でも、食への情熱を失わず、ただ我が道を邁進していた。
*
同日 夜 マイの自宅
マイは、昨日ヒロに取ってもらったぬいぐるみをしっかりと抱きしめながら、自分のベッドに座っていた。ぬいぐるみのふわふわした感触が、彼女に安らぎを与えている。
「もしもし、アヤカ?」
マイは、スマホを耳に当て、親友のアヤカに通話をかけていた。
「マイちゃん? どうしたの?」
アヤカの声が、スマホの向こうから聞こえる。
「昨日ね、相棒と使い魔と邪神討伐に行ったのよ!」 マイは、興奮気味に報告する。
「邪神討伐? またまたぁ、マイちゃんったら」
アヤカは、笑い声を返す。
「本当よ! 闇の眷属が電子遊技場に現れて、私たちを襲ってきたの! でも、相棒が華麗に撃退してくれたのよ!」 マイは、目を輝かせて語る。
「電子遊技場?」
アヤカは、少し戸惑った様子で尋ねる。
「まあ、ゲームセンターよ! そこで、闇の眷属の化身である邪悪なぬいぐるみが私を誘惑してきたの! でも、相棒が華麗な日輪霊力…もとい、UFOキャッチャーの腕前で、私を救ってくれたのよ!」
マイは、興奮冷めやらぬ様子でまくし立てる。
「ふーん、そうなんだ。よかったね、マイちゃん」
アヤカは、少し呆れながらも、優しい声で答える。
「それでね、そのぬいぐるみ、今私の隣にいるの! ほら、この子!」
マイは、カメラをオンにするとぬいぐるみをカメラに向ける。
「わあ、可愛いね。でも、ちょっと怖い顔してるかも…」
アヤカが、恐る恐る言う。
「そうなのよ! これが闇の眷属の化身…じゃなくて、邪神クトゥルフ、いやクトゥルーちゃんなの!」
マイは、得意げに説明する。
「クトゥルーちゃん…?」
アヤカは、首をかしげる。
「まあ、いいわ。とにかく、このぬいぐるみのおかげで、私は闇の眷属の秘密を解き明かすことができるはずなの!」
マイは、再び興奮気味に語る。
「そうなんだ。頑張ってね、マイちゃん」
アヤカは、優しく励ます。
「うん! ありがとう、アヤカ! 私、絶対にこの世界を救ってみせる!」
マイは、力強く宣言する。
「ふふふ、マイちゃんらしいね。応援してるよ」
アヤカは、微笑みながら電話を切った。
マイは、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫、クトゥルーちゃん。私たちなら、きっとできるよ」
彼女は、心の中で呟く。
マイは、このぬいぐるみが、自分にとって特別な存在になることを、まだ知らない。
*
同刻 ???
少女の前にあるモニターには、かわいらしい待機画面が写されている。しばらくすると、待機画面から切り替わり、一人の美少女の姿が映し出される。
「新しいリスナーもよろしく!」
『初見です』
『最近話題だから来ました』
少女は、そんなコメント達に画面越しに手を振り、いつものように愛らしい笑顔を見せた。
彼女の配信は、太陽消失という異常事態の中で、人々の心を捉えていた。不安と混乱が広がる中、少女の言葉は、まるで暗闇に差し込む一筋の光のように、人々に安らぎと希望を与えていた。
「今日も、たくさんの人が来てくれて嬉しいな」
少女は、画面の向こう側にいる視聴者たちを見つめながら、穏やかに語りかける。
「何度も言うけど、私は私を好きなみんなが大好きなの」
『俺もー!』
『うれしいな』
彼女の言葉は、まるで呪文のように、視聴者たちの心を魅了する。
「だから、絶対にみんなを救うからね」
『最近それ好きだよねw』
『はい、――様!』
少女は、力強い口調でそう宣言すると、カメラに向かって微笑んだ。
「じゃあ、今日のお歌の時間だよ!」
少女は、明るい音楽に合わせて歌い始める。彼女の歌声が、リスナーたちの心に届けられる。
その旋律は、リスナーの心を掴んで離さない。
彼女の歌声は、まるで恩寵のように、リスナーたちの心を癒していく。
「みんな、ありがとう」
少女は、歌い終えると、視聴者たちに感謝の気持ちを伝える。
「今日も、みんなを救えているかな?」
少女は、画面の向こう側にいる人々に問いかける。
『うん、救えているよ!』
視聴者の一人が、答えた。そのアイコンは見覚えがあり、かなり古参のファンであると彼女は記憶している。
「ありがとう」
少女は、心からの笑顔を見せた。
「みんな、ありがとう」
少女は、もう一度感謝の気持ちを伝えた。
「それじゃ、また明日ね。おやすみなさい」
少女は、カメラに向かって手を振ると、配信を終了した。
*
「そう、私は救世主。みんなを救うわ」
彼女は、真っ暗な画面に向けてひとり呟いた。
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