登校再開
4日目、朝。
ヒロは、いつもより少し緊張しながら学校へ向かった。太陽が昇らない異常事態の中、学校が再開されたのだ。
教室に入ると、すでに多くの生徒が席についていた。ざっと見渡すと、出席率は8割ほどだろうか。
「ヒロっち、おはよう~」
隣の席に座るリナが、いつものように明るい声で挨拶してきた。リナはギャルっぽい見た目をしているが、意外と? 成績優秀で、特に模試では上位10人から下に行ったところを見たことがない。
「おはよう、リナ」
ヒロは、少し疲れたように微笑み返す。
「ねえ、ヒロっち。昨日のニュース見た? 海外の有名な学者? 教授? がやばいって言ってるやつ 」
リナは、スマホの画面をヒロに見せながら、興奮気味に話しかける。
「ああ、見たよ。本当に大丈夫なのかな…」
ヒロは、不安を隠せない。
「まあ、なんとかなるっしょ! そういえば、うち、今日からお弁当持ってきたんだ!」
リナは、リュックサックから可愛らしいお弁当箱を取り出す。
「すごいな。自分で作ったのか?」
ヒロは、感心したようにお弁当箱を見つめる。
「うん、お母さんと一緒に。すごいっしょ! ヒロっちも食べる?」
リナは、お弁当箱をヒロに差し出す。
「いや、大丈夫だ。俺も弁当持ってきたから」
ヒロは、自分のリュックサックから、質素なおにぎりを取り出す。
「えー、つまんなーい。たまには、女の子の手作り弁当も食べてみなよ」
リナは、ふくれっ面をする。
「そうだな…」
ヒロは、苦笑しながら答える。
その時、二人の後ろに人影が見えた。
「二人ともひさしぶり……ヒロくんは大丈夫? いま、家に二人なんだよね?」
ユウが、心配そうにヒロに声をかける。ユウは、傍目に見てもかわいらしい見た目をしている。そして、一応男のはずだ、とヒロは認識している。
「ああ、ユウも来てたんだな。大丈夫だよ」
「ユウっちってばやさしすぎ~! マジ見た目だけじゃなくて中身も天使じゃん!」
リナが囃し立てると、ユウは恥ずかしさそうに頬を赤らめる。
ヒロは、そんなユウに優しく微笑む。
すると、さらにユウは頬を赤くした。
「でも、この状況、いつまで続くんだろうね……」
逃げるようにユウは、話題を転換し呟く。
「さあな……でも、きっと、なんとかなるさ」
ヒロは、ユウの肩を軽く叩き、励ますように言った。
「そうだよね……うん、僕もそう思う!」
ユウは、力強く頷いた。
その時、チャイムが鳴った。
「じゃあね」
ユウは、軽く手を振って自分の席へ戻っていく。
「じゃあ、また後でな」
ヒロは、ユウに手を振り返した。
それから、教室のドアが開き、担任のホシノ先生が入ってきた。
「おはよう、みんな。今日から学校が再開されることになったけど、みんな集まってくれて嬉しいわ」
ホシノ先生の言葉に、教室内が少しざわめいた。
「あの、先生。質問いいですか?」
一人の生徒が手を挙げる。
「なにかしら?」
「授業はどうするんですか?」
「それは……」
ホシノ先生は、少し言いよどむ。
「それは、基本は通常通り。ただ、一部教室が使えない状況になっているから、そこについては自習や、振替で対応するわ」
「先生、もう一つ質問があります」
また別の生徒が手を挙げる。
「何かしら?」
「この異常事態を解決するために、政府はどのような対応をとっているのでしょうか?」
ホシノ先生は一教師には答えようのない難しい質問に困った表情をした。
「それは……私達にも何も知らされていないわ……」
ホシノ先生は、少しうつむきながら答えた。
「そうですか……」
質問した生徒は、藁にもがる思いで聞いたのか、少し落胆したように肩を落とす。
教室内に、不安げな空気が漂い始める。生徒たちは、互いに顔を見合わせ、小声で話し始めた。
「先生も知らないってことは、相当ヤバイ状況ってこと?」
「もしかして、もう太陽は戻ってこないんじゃないか?」
「どうしよう……これからどうなるんだろう……」
教室内に、不安げな空気が漂い始める。生徒たちは、互いに顔を見合わせ、小声で話し始めた。
その時、教壇に立つホシノ先生が、大きく手をたたいた。
「静かに!」
教室に、大きな音が響き渡り、生徒たちは一斉に前を向く。
「今、私達がすべきことは不安におびえることではありません。一刻も早く日常を取り戻すために、より多くを学ぶことです」
「この事態をどうするだとか、原因は何だとかは、大人たちが責任をもって解決します! あなたたちは、将来のために今はそんな難しいこと考えずに、学ぶときです。そして、私はそんなあなたたちを導く義務があります」
先生はにっこりと笑い、みんなに向き合う。
「だから、授業を始めましょう?」
そんな先生の熱意が届いたのか、生徒たちの動揺は落ち着き、授業が始まる。
しかし、ヒロは、ホシノ先生の熱意に感心しながらも、この異常事態が本当に授業を続けているだけで解決するのか、疑問を抱いていた。
*
「なあ、タクミ」
ヒロは、小声でタクミに話しかける。
「どうした?」
タクミは、教科書に隠したスマホの画面から顔を上げ、ヒロを見る。
「この状況、本当に授業してるだけでいいのか?」
ヒロの言葉に、タクミは小さく頷く。
「俺もそう思う。でも、今は先生を信じるしかない」
タクミは、ホシノ先生を見つめながら、そう言った。
授業は、いつも通りに進められた。しかし、生徒たちの集中力は明らかに欠けていた。窓の外の暗闇が、彼らの心を不安で満たしていた。
*
休み時間。
ヒロは、ユウとリナと一緒に屋上に出た。
「すごい景色……」
ユウは、薄暗い空を見上げながら、呟く。
「こんな景色、普通じゃ見れないよね。夜明け前の学校の屋上とかさ」
リナも、同意するように頷く。
「なあ、ユウ、リナ。お前たちは、この状況をどう思ってる?」
ヒロは、二人に尋ねる。
「正直、怖いよ」
ユウは、俯きながら答える。
「でも、ヒロくんがいるから、大丈夫」
彼は、ヒロを見上げ、笑顔を見せる。
「私も、怖いけど…でも、正直なんとかなりそ~って思う」
リナは、あてずっぽながらどこか根拠のありそうな発言をする。
「そうだね。俺たちも、諦めずに頑張ろう」
ヒロは、そんなリナに勇気づけられたのか、少し明るい笑顔を返す。
屋上からの景色は、いつもとは違う、どこか寂しげな風景だった。しかし、ヒロたちは、仲間がいることで、少しだけ勇気を持つことができた。
*
放課後。
ヒロは、急いで帰宅しようとしたが、シホに呼び止められた。
「ヒロくん、ちょっと手伝ってくれない?」
シホは、体育館を指差す。そこには、大量のマットが積まれていた。
「避難所として使えるように、マットを敷いておきたいの」
ヒロは、ため息をつきながらも、手伝うことにした。
体育館では、すでに数人の生徒が作業を始めていた。その中に、見慣れない顔があった。
「あ、シホ、この人たちも手伝ってくれるのか?」
ヒロが尋ねる。
「ええ、そうよ。紹介するわね。こちらは、生徒会副会長のアヤノさん」
シホは、キリッとした表情の少女を紹介する。アヤノは、ヒロをじっと見つめ、口元に笑みを浮かべた。
「ふーん? この方が生徒会長の言うヒロさんのなのね? たしかになかなか……」
アヤノは、意味深な言葉を残す。
「バ、バカなこと言ってないでさっさと作業! いつ避難所として使われるかわからないんだから」
シホは、顔を赤らめながら、アヤノを急かす。
「はいはい、わかってますよ、生徒会長」
アヤノは、楽しそうに笑いながら、マットを運び始める。
ヒロは、アヤノの態度に少し戸惑いながらも、作業を手伝うことに集中した。
マットを敷き終えた後、シホはヒロに声をかける。
「ヒロくん、ありがとう。助かったわ」
「どういたしまして」
ヒロは、照れくさそうに頭を掻く。
「ところで、アヤノさんって、いつもあんな感じなの?」
ヒロは、小声でシホに尋ねる。
「ええ、まあ……彼女は、ちょっと変わってるけど、いい子なのよ」
シホは、困ったように笑う。
ヒロは、アヤノのことが少し気になったが、今はそれよりも、ユキのことを心配していた。
「そろそろ帰らないと……」
ヒロは、シホに別れを告げ、体育館を後にした。
*
自宅のドアを開けると、ユキが玄関に飛び出してきた。
「お兄ちゃん、遅い!」
ユキは、ヒロの胸に飛び込み、顔を埋めた。
「いや、連絡は入れてただろ……」
ヒロは、ユキの頭を撫でながら、苦笑する。
「でも、遅いものは遅いの!」
ユキは、ヒロから離れ、ぷりぷりとした表情で腕を組んだ。
「悪い悪い。でも、生徒会長に捕まってさ」
ヒロは、言い訳をする。
「まさか、その生徒会長ってのも女の人?」
ユキは、目を細めてヒロを見つめる。
「いや、そうだけど……」
ヒロは、ユキの視線に耐えきれず、視線をそらす。
「……」
ユキは、何も言わずにヒロを見つめ続ける。その視線には、嫉妬と不安が入り混じっていた。
その日はユキは料理当番だったが、ヒロにだけ物凄く適当なものが出てきた理由を、彼は気がつかずにいた。
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