第10話 宇宙への誘い。
翌日からは、普通に学校に行って、部活をやって、日常が戻ってきた。
ときどき、お兄ちゃんは、事件に出動することもあったけど、それはいつものことだ。
でも、一つだけ変わったことがあった。それは、京子先輩が、お兄ちゃんの活躍を助けたいと言い出した事だった。
「あたしも諸星くんのお手伝いがしたいの。邪魔はしないわ。でも、あたしも、何かしたいの。だから、お願い。あたしも仲間に入れて。美月ちゃん、諸星くん、お願い」
両手を合わせて、拝むように言われても、私は、京子先輩を仲間に入れる気はなかった。
「ダメダメ、京子ちゃんを危険な目に合わせたくないから、ダメだよ」
「自分の身は、自分で守るから。諸星くんには、絶対に迷惑はかけない。あたしも、諸星くんの活躍を見てみたいの。
だって、あたしの大好きな彼が、実は、仮面のヒーローだなんて、彼女としたら、自慢ですもの」
そんなことを言われたら、鼻の下を伸ばして、あっさり、許可してしまうお兄ちゃんもお兄ちゃんだ。
私は、頭を抱えるしかない。私としては、秘密を共有して、それを守ってくれるだけでよかった。
なのに、お兄ちゃんは、彼氏だとか、大好きだとか言われると、思考回路がヒートしてしまうらしい。
将来が心配だ。こんな調子で、宇宙警察でお父さんの後を継げるのだろうか・・・
「それじゃ、ちょっとだけだよ。美月の手伝いくらいでもいい?」
「ありがとう、諸星くん。あたし、がんばるわ」
そう言って、お兄ちゃんのほっぺたにキスをした。お兄ちゃんが茹でダコのように真っ赤になって、今にも倒れそうだった。鼻血を吹き出さなかったのは、奇跡みたいなもんだ。
てゆーか、妹の前で、そんなことができる京子先輩が、将来のお母さんに見えた。
お父さんも、きっと、こんな調子で結婚してからも、尻に敷かれているのだろう。
お兄ちゃんの将来は、決まったも同然だ。
私は、呆れて横にいたブレンダーを撫でながら言った。
「ブレンダー、これから大変よ」
「ワンワン」
ブレンダーが、鳴くと私の顔をペロッと舐めた。
「そうそう、ブレンダーさん、あたしのこともよろしくね」
そう言って、京子先輩がブレンダーの頭を撫でる。
「クウゥ~ン」
ブレンダーは、私から離れて、京子先輩にすり寄って、大きなシッポをパタパタ振っている。
ブレンダーまで、手名付けるとは・・・ ブレンダーに裏切られた感じになって、私は、ガックリと肩を落とした。
「それで、あたしは、何をすればいい?」
京子先輩が、興味津々というか、やる気満々の顔で私に詰め寄ってきた。
悪いけど、出来ることはありません。とは、言えず、とりあえず、タブレットで事件の情報を集めてお兄ちゃんに知らせることくらいですと、言うのが精一杯でした。
ある意味、私の仕事が減るので、気は楽になるけど、京子先輩にできるのかは、限りなく不安しかない。
私は、お兄ちゃんと京子先輩と、二人も面倒を見ないといけないのかと思うと、肩の荷がものすごく重くなった。
幸い、その後、一週間は、何事もなく、平凡な毎日でした。
私は、陸上部に毎日顔を出して練習できたし、お兄ちゃんは、サッカー部の練習と京子先輩とデート出来てお互いに平和な毎日を過ごしていた。
そんなある日のことでした。いつものように、練習を終えて、帰ろうとすると、校門の前で何やら人だかりが出来ていました。何事かと思ってみると、校門の前に、ある人たちが目に入りました。
下校する生徒たちは、学校には、限りなく不釣り合いな二人を見ながら、避けて通るように横を通っていました。
私は、それをチラッと見て、裏口から帰ろうと振りむきました。
「ヘェ~イ、彼女ぉ」
後ろから声をかけられて、足が無意識に止まりました。
校門の前にいたのは、一番会いたくない二人でした。
実は宇宙人の、イケイケギャルとチャラ男でした。
今日も派手な服装で、ピンクの長い髪をなびかせ、タバコを吸いながら私に近寄ってくるイケイケギャル。
「ちょっと、待ちなよ。アンタを待ってたんだから」
そして、いきなり、馴れ馴れしく肩に手を置いて、いかにも軽そうな雰囲気のチャラ男が言いました。
「そうだぜ、ベィビー。逃げんなよ」
私は、思いっきりその手を引っ叩きました。
「何の用ですか?」
「ちょっと、ツラ貸しな」
「別に、取って食おうっていうんじゃないんだから、安心してくれよ」
全然、安心できない。こんな二人と知り合いなんて友だちに知られたら、明日からの私のイメージが崩れる。
無視して帰ろうとしても、相手は、宇宙人だから、逃げられないだろう。
「わかったから、タバコはやめてください。ここをどこだと思ってるんですか? 学校ですよ」
「さすが、宇宙刑事の娘は、優等生だねぇ」
イケイケギャルは、私を鼻で笑って、からかうように言うと、先に立って歩いて行きました。
「ほらほら、彼女、行くよ」
後からチャラ男が私の腕を取って歩きます。私は、その手を振りほどいて後について行きました。
二人の後ろを数歩離れて歩く私は、どこかに拉致されて、監禁されるのではないかと、そんな恐ろしい想像をしていました。
逃げようとしても、宇宙人の二人には構いません。お兄ちゃんに助けを呼ぼうとしたけど、きっと、手遅れでしょう。
お兄ちゃんが、助けに来た頃は、私は、きっとこの二人に食べられている。そんなことを思うと、体が震えてきました。
すると、二人は、人気のない小さな公園に入っていきました。
そして、寂れたベンチに座りました。
「立ってないで、座れよ」
二人は、一人分の席を開けて、左右に座っています。私は、その間に座りました。
もう、観念するしかない。二人に挟まれて座ったら、覚悟を決めるしかないと思いました。
「それで、話って何ですか?」
私は、下を向いたまま言いました。その声が自分でもわかるくらい、震えていました。
「アンタさ、宇宙に行く気ない?」
イケイケギャルがタバコの煙を拭いて、前を見たまま言いました。
「ハァ?」
私は、間抜けな声を上げて彼女の横顔を見ました。すると、イケイケギャルは、私の顔に煙を吹き付けて
もう一度言いました。
「宇宙に行ってみる気はないかって、聞いてんだよ」
私の聞き間違いでなかったら、彼女は、私に宇宙に行かないかと誘っている。
それがどういう意味なのか、突然のことに頭が回らず、固まってしまいました。
「あのさ、彼女。宇宙に行かないかって、聞いてんだよ。意味は、わかるでしょ」
チャラ男が翻訳しました。そんなことしなくても、意味はわかる。
でも、なんで、そんなことを私に言うのか、わからない。
「行く気があるのか、ないのか、ハッキリしろよ」
イケイケギャルがイライラしながら言いました。
そう言われても、私には、答えようがない。
「あの、でも、そう言われても、私は、宇宙なんて、行けるわけないじゃない」
「行けるよ」
イケイケギャルは、あっさり言いました。
「なにを言ってるのよ。あたしは、お兄ちゃんみたいに、空を飛んだり、悪者をやっつけたり、そんなことできないのよ」
「ヘェ~、そうなんだ。アンタ、自覚が足りないね。あの親父さんが言ってたことは、ホントだったんだ」
彼女は、呆れたような口調で言いながら、タバコを足で踏みつけます。公園では禁煙なんだけど・・・
もちろん、そんなことは、言えません。緊張と、突然のことに、口が動きませんでした。
「ちょっと、話が長くなるけど、あたいらの話を聞いてくれ」
イケイケギャルは、二本目のタバコに火をつけると、いきなり話を始めました。
「あたいは、宇宙の渡り鳥なのは、知ってるよな」
私は、彼女のことを思い出して頷きました。
「あたいにも、親父とお袋がいて、渡り鳥は群れで宇宙を飛んで、星から星に旅をするんだ」
なんで身の上話なんてするのか、私にはわかりません。それに、宇宙人の身の上話なんて興味ない。
「あたいは、生まれて間もなく、親と群れのみんなに守られながら宇宙を旅していた。そんな時、あのメビュラスと宇宙連合の奴らに襲われたんだ。両親は、やつらに殺された。群れは全滅。小さかったあたいだけが何とか助かった。でも、生まれたばかりのあたいは、傷だらけで死んでも不思議はなかった。そんなあたいを助けたのが、アンタの親父なんだ」
「えっ!」
思わず、大きな声が出て、彼女を見ました。目が飛び出しそうになるほど驚いたのです。
「お父さんが・・・ あなたを、助けた・・・」
「それだけじゃない。まだ、赤ん坊だったあたいを大きくなるまで、育ててくれたのさ」
「まさか・・・」
「宇宙人は、嘘はつかないって、言っただろ」
そんなこと、今まで一度も聞いたことがありません。ホントなのだろうか?
ウソに決まってる。でも、宇宙人は、ウソはつかない。それじゃ、この話は、ホントなんだ。
「今日まで大きくなったのは、アンタの親父のおかげなんだ。空の飛び方も教えてもらった。敵と遭遇した時の戦い方も教えてくれた。宇宙の星のことも教えてもらった。アンタの親父には、返しきれない恩があるんだ。そこの男も同じなんだ」
今度は、隣のチャラ男を見ました。すると、彼は、見たこともない真面目な顔をしていました。
「俺は、こう見えて、宇宙昆虫なんだ」
「宇宙昆虫?」
「キミは、カブトムシって知ってる?」
私は、黙って何度も首を縦に振りました。
「俺は、宇宙昆虫のビートルっていうのが、ホントの名前で、地球では、カブトムシにそっくりなんだよ」
私は、頭の中で、カブトムシを想像しました。あの、黒くて角がある、虫の中で一番強いと言われる夏になると子供たちが大好きな虫だ。ちなみに、私は、虫は苦手だった。
「俺は、幼虫からさなぎになって、やっとカブトムシになって、これから宇宙を飛び回ろうとする時期だった。そんな時、俺は、メビュラスに襲われたんだ」
「えっ! あなたもですか」
「あいつは、俺たちの角が欲しくて、ビートルを狩り捲っていたんだ。そんな時、俺を助けてくれたのがキミの親父さんなんだよ。あのときのことは、今も覚えている。あのとき、キミの親父さんが来てくれなかったら俺なんか、死んでたんだ」
私は、二人の話を聞いて、頭が混乱しました。宇宙刑事だから、宇宙の平和を守っているのは知っている。
悪い奴らに襲われている宇宙人を助けるのも仕事の一つなんだろう。
「あたいらだけじゃないぜ。アンタが知ってるあの宇宙人たちは、みんな、一度は、親父さんの世話になってるやつらだ」
「ホントなの?」
「お前、バカだろ。宇宙人は、ウソをつかないって、何度言ったら気が済むんだ」
「ごめん」
私は、思わず素直に謝ってしまいました。
「あたいもこいつも、アンタの親父にいつも言われていたことがある。地球に一度、行ってみろって」
「地球に?」
「地球は、平和な星だ。青くてきれいな星だって、いつも言ってた」
「それに、地球には、自分の娘がいるって、いつも自慢してたな」
チャラ男が言うと、イケイケギャルも黙って頷いていた。
「それって、私のこと?」
「当り前だろ。他に、娘がいるかよ」
そう言って、彼女が私の頭をクシャッと撫でました。
「地球には、自慢の可愛い娘がいる。地球に行ったら、会いに行ってやってくれって言ってた」
「私に?」
「自慢の娘だから、物心がつく前に、能力を封印して、地球人として、普通の人間として、結婚して、子供を産んで、家族を作って、平凡に暮らしてほしいって、言ってたな」
チャラ男が言うと、ホントに聞こえないけど、イケイケギャルは、タバコの煙を吹き出しながら昔のことを思い出すように頷いていました。
「あたいは、アンタの親父のおかげて、ここまででかくなって、一人前にしてもらって、宇宙を飛べるようになった。だから、今度、あたいが恩を返す番だと思った。それは、アンタを宇宙に連れて行くことさ」
「私を、宇宙に・・・」
「宇宙は、広い。果てしなく広い。そりゃ、メビュラスみたいなやな奴もいるけど、いい奴だってたくさんいる。あの宇宙人たちみたいに、楽しい奴らもいる。いろんな星があるんだぞ。見てみたいと思わないか?」
「でも、宇宙ですよ。いくらなんでも、遠すぎるわ」
いくらなんでも宇宙なんて行けるわけがない。宇宙飛行士にでもならないと無理だ。
「地球には、留学ってのがあるんだろ」
「うん」
「だからさ、一年か二年くらい、留学するつもりで、宇宙に行くんだよ。俺たちといっしょにさ」
「留学・・・ 宇宙に留学」
「心配すんな。あたいらは、こう見えて、頼りになるんだぜ」
「そのためにさ、親父さんに封印を解いてもらって、空を飛べるようになりなよ。そうしたら、俺たちと宇宙に行けるよ」
封印なんて、そんな話は、初めて知りました。私は、宇宙人であるお父さんの血を継いでいるとはいえ、お母さんは普通の地球人だし、特殊能力なんてあるわけがないと思っていました。
確かに、普通の人たちより、力もあるし、足が早いとか、勉強ができるとか、そんなことは自覚してます。
でも、超能力とか、空を飛ぶとか、それは、お父さんの後を継ぐ、お兄ちゃんしかできないことだと思っていました。でも、私も、同じ子供なのです。私にもできるはず。出来ないことはない。
だけど、今まで、そんなことは、一度も考えたことはありません。
「どうよ、あたいらと、宇宙に行ってみないか? 夢が広がるぞ。もちろん、アンタが、自分で空を飛べるようになってからの話だけどな」
「そうそう、空が飛べなかったら、この話は、無しだからね。行きたかったら、空を飛べるようになること。それまで、俺たちは、いつまでも待ってるから。今度、親父さんに会ったら、聞いてみなよ」
私は、急な話で、頭の整理が付きませんでした。何から何まで、すごい話で、返事のしようがありません。
「それじゃな。後は、自分で考えな。行きたくなったら、いつでも付き合うからよ」
「またね。元気で」
そう言うと、両隣に座っていた二人は、立ち上がると公園から出て行きました。
私は、呆然とその二人の背中を見送りながら、この二人は、付き合っているのかしら? と、思いながら見ていました。
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