第9話 お父さんがやってきた。

「アレは、なに?」

 私もお兄ちゃんも、京子先輩も初めて見る、目の前の出来事に思考回路がついて行かない。

光の川を流れるように降りてきたのは、見たこともない、近未来的な乗り物でした。

それが、静かに私たちの前に到着しました。

 お父さんは、ゆっくりメビュラスに近づくと、大きな声で言った。

「メビュラス、お前を地球侵入罪、地球人への暴行、殺人未遂、それと、私の息子に対する暴力行為で逮捕する」

 そう言って、メビュラスの両手に手錠のようなものを嵌めました。

「クソっ・・・」

「思い知ったか。勝手に星を侵略してきたお前は、宇宙の闇の中、またその闇の、宇宙ホールに送り込んでやるからそう思え」

 そう言うと、メビュラスもおとなしくなってしまった。

「さぁ、乗れ」

 お父さんは、メビュラスを立たせると、その不思議な乗り物の中に押し込んだ。

「心配しなくてもいい。これは、宇宙警察のスペースパトカーだから、このままブラックホールまでこの大バカ者を運ぶんだ。乗ってみたいか?」

 そういうお父さんに、私たちは、全員揃って、首を横に振った。

そして、メビュラスを乗せたパトカーは、再び流れ星のような星の川を上っていきました。

それは、あっという間の出来事でした。メビュラスを乗せた宇宙のパトカーが見えなくなると空は、元の暗闇に包まれました。

 夜の静けさが戻ってくると、今までの出来事がウソのように感じました。

お父さんは、振り向くと、ゆっくり私たちの方に歩いてきました。

一歩一歩、歩いていると、お父さんが、元の人間の姿に戻っていきました。

そして、お兄ちゃんを助け起こすと、思いきり抱き締めました。

「わたる、がんばったな。よくやった」

「父さん・・・」

 お兄ちゃんもしっかりとお父さんと熱い抱擁をします。

「美月、ケガはないか?」

「大丈夫よ」

「久しぶりだな。美月も、大きくなったな」

「お父さん」

 私も久しぶりに会ったお父さんに抱き付くと、自然に涙が零れました。

「ところで、そちらのお嬢さんは?」

 お父さんは、京子先輩を見て言いました。会うのは、初めてなのです。

「あの、初めまして、一ノ瀬京子と言います。諸星くんと仲良くさせてもらっている、お友だちです」

「そうですか。わたるのこと、よろしくお願いします」

「あっ、イヤ、そんな、あの、その・・・」

 お父さんに言われて、京子先輩も真っ赤な顔をして、何度も頭を下げている。

「それと、河童の諸君。わたるを助けてくれて、ありがとう。父として、礼を申し上げる」

 そう言って、川から顔を出している河童たちに言った。

「お礼なんてそんな・・・ おいらたちは、そこのヒーローに助けてもらったから、当たり前のことをしただけだ」

 そう言いながらも河童くんは、かなりうれしそうな顔をしている。

「それから、お前たち。わたるのこと、世話になったな。礼を言うぞ。ありがとう」

 今度は、宇宙人たちにお父さんが優しそうな声で言った。

「当然のことをしただけじゃ。わしらだって、メビュラスなんぞの言うことなんて、聞きたくなかっただけじゃ」

「その勇気が、大事なんだ。お前たちのこと、宇宙警察にちゃんと報告しておくから、安心して、地球にいるがいい」

 怒られるかと思ったらしい宇宙人たちは、みんなうれしそうだった。

これで、一段落だ。私は、ホッとして、お兄ちゃんを見た。

「しかし、それはそれ、これはこれだ。わたる、お父さんの言ったことを覚えているか?」

 お父さんは、きつい口調でお兄ちゃんに言った。もしかして、怒ってるの?

「覚えているよ」

「それなら、いい。お前を、ヒーローとしての資格をはく奪する」

 そう言うと、胸のバッヂを取り上げた。すると、お兄ちゃんは、元の人間の姿になった。

私も思い出した。ヒーローは、正体を地球人に知られたら、ヒーローの資格をはく奪される。

だから、私も、京子先輩にお兄ちゃんの正体を知られないように気を付けていた。

私は、下を向くお兄ちゃんの気持ちが痛いほどわかった。私自身も胸を締め付けられるほどだった。

「残念だよ、わたる。だが、決まりは決まりだからな」

 お兄ちゃんが静かに頷く。

「ちょっと待ちなさい」

 その時、草むらをかき分けて、お母さんの声が聞こえた。

「お、お母さん・・・」

 私が驚いて声を上げると、お母さんは、大股で歩いて、お父さんに近寄った。

しかも、私たちのいる横をスルーして、私の顔も見ない。お母さんが怒ってる。間違いない。

お母さんは、怒ると我が家で一番怖い。何しろ、天下の警視庁の捜査一課長だ。

 お兄ちゃんもそんなお母さんを見ていることしかできない。

「会いたかっ・・・」

「パシン!」

「えっ?」

 お母さんは、お父さんが何か言おうとするのも聞かず、いきなりお父さんの横っ面を平手打ちした。

「お母さんっ!」

 思わず私は、そう言って口を両手で覆った。突然のことで、お兄ちゃんも周りにいる河童や宇宙人たちもビックリして固まっている。

「久しぶりにウチに帰ってもだれもいない。探してみたら、こんなところで何をしているの。こんな騒ぎを起こして。あなた、わたるが何をしたのか、あなたが一番わかってるでしょ」

「もちろん、わかってるよ」

「だったら、バッヂを返してあげなさい」

「イヤ、でも、それは・・・」

「決まりは決まり、そんなことはわかってます。だけど、わたるがいなかったら、地球がどうなっていたかあなただってそれくらいわかるでしょ」

「・・・・・・」

「わたるは、いいことをしたんです。褒めてあげるのが、父親の役目じゃないの? あなたは、それでも、宇宙刑事なの」

 お母さんがお兄ちゃんを庇ってくれている。私は、そんなお母さんが誇らしく見えました。

「あの、私、諸星くんのこと、誰にも言いません。ないしょにします。だから、諸星くんを許してあげてください」

 京子先輩がお父さんの前で、深々と頭を下げた。

「お願いします。諸星くんを許してあげてください」

「しかし・・・」

 お父さんは、頭を下げ続けている京子先輩を見て、困っている顔をしている。

「おいらたちからも頼む。許してやってくれ。アンタの息子のおかげで、おいらたちは、死なずに済んだんだ。おいらたちがこうして生きているのも、みんな、アンタの息子のおかげなんだ。だから、許してやってくれ」

 今度は河童たちが川から上がってくると、一斉に頭のお皿を見せて頭を下げた。

「わしらからもお願いする。どうか、許してやってくれ。わしらは、弱かった。でも、アンタの倅の活躍を見てここにいる全員が、メビュラスに立ち向かう勇気をもらった。だから、許してやってくれ」

 宇宙人たちも揃って頭を下げてくれた。お父さんは、そんな人たちを見て、目が点になっている。

「お父さん、お願い。お兄ちゃんを許してあげて。私も悪かったの。お兄ちゃんだけじゃないわ。だから、お兄ちゃんを許してあげて」

 私もお父さんに体をくの字に曲げて頭を下げた。

「あなた、この人たちを見て、何も思わないの?」

「・・・・・・」

「みんな、わたるのために頭を下げているのよ。何とも思わないの?」

「だけど、その、決まりは決まりだから・・・」

「そう。あなたを見損なったわ。そんな融通が利かない人とは、思わなかったわ。別れましょう」

「えっ!」

 いきなり夫婦喧嘩になりそうな雰囲気で、私は、目を白黒させた。

しかも、離婚とか別れ話って、私たちは、どうなるの?

「わたると美月は、私が引き取って、立派に育てます。だから、あなたは、宇宙でもどこでも、好きなとこに行っていいわよ」

「えっ・・・ イヤ、それは、困る」

「だったら、わたるを許してあげなさい」

「しかし・・・」

「あなたは、昔から、優柔不断で融通が利かないわね。わたる、美月、もう、こんなお父さんは、お父さんと呼ばなくていいわよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。わかった、わかったから、別れるなんて言わないでくれ」

「それじゃ、わたるを許しますか?」

「許す。許すから」

 そう言うと、お父さんは、取り上げたバッヂをお兄ちゃんに返してくれました。

「いいの、父さん」

「今回だけだぞ。その代わり、お前は、まだ見習いのままだから、もっと修業を積むこと」

「ありがとう、父さん」

 お兄ちゃんは、うれしそうにバッヂを胸に抱えました。私もうれしくなって笑いました。

「よかったね、お兄ちゃん」

「諸星くん、ホントによかったわね」

「京子ちゃん、美月、ありがとう。それと、河童、宇宙人のみんなも、ありがとう」

 お兄ちゃんは、そう言って、一人一人と握手をしながら喜んでいました。

よかった。これで、何もかも、丸く収まった。と思ったら、その続きがあった。

「やっぱり、あなたは、私が思った通りの人ね」

「久しぶりだな。会いたかったぞ」

「あたしもよ、あなた」

 私たちの横で、それも、みんなの見ている前で、毎度お馴染みのラブラブモードが始まった。

「あなた」

「お前」

 お父さんとお母さんが、しっかりと抱きしめ合うと、熱いキスが始まった。

「愛してるよ」

「あたしも愛してるわ。ぶったりしてごめんなさい」

「なにを言ってるんだ。昔を思い出したよ」

 二人は、会うたびにこうしてラブラブモードを全開させる。

子供の前で、そんなことができるなと、感心するより、呆れてしまうが、初めて見る、河童たちや宇宙人たちはどうしていいかわからず、呆然としていた。

 あのメビュラスを簡単にやっつけた最強の宇宙刑事が、普通の人間の、地球人の女性にビンタされただけでなく好きだとか、愛してるだとか、人前で堂々と言っているのを見て、そのギャップに彼らも頭が追い付いていない。

見慣れている私も恥ずかしくなる。宇宙最強と言われるお父さんのイメージが崩れていくのに、こんなところを見せていいのだろうか・・・

「ちょっとちょっと、お母さん、お父さん、みんな見てるから、そのへんにしてくれない」

 こうなったら、私が止めるしかない。

「こりゃ、みっともないところを見せたな」

 今更、取り直しても、もう遅い。河童や宇宙人たちも呆れている。

「とにかくだ、メビュラスも逮捕したから、もう安心してくれ。みんなも、遅いから、帰りなさい」

「そうそう、みんな、もう大丈夫だから、帰りなさいね」 

お母さんがそう言って、なんとかその場を取り繕うとしたけど、もはや、手遅れな雰囲気だった。

「それじゃ、わたる、美月、お母さんも、元気でな」

「えっ、お父さん、どこ行くの?」

 思わず、私が聞き返すと、お父さんは、あっさり言いました。

「もちろん、宇宙だ。まだ仕事が残っているからな。仕事の途中なんだ」

「あなた、もう、行くの?」

「すまない、いつも、キミには寂しい思いをさせて・・・」

「あたしは大丈夫よ。どこにいても、あたしは、あなたといっしょよ」

「どこにいても、忘れてないからな。愛してるよ」

「あなた・・・」

 またしても二人で盛り上がって、抱き合っている。さらに、これでもかというほどの熱烈なキス。見ていられないのは、私だけでなく、宇宙人や河童たちも同じ気持ちだった。

「今度は、どこにいくの?」

「冥王星だ」

「遠いの?」

「どうってことはないさ。キミが呼べば、ぼくは、いつでもすぐにやってくるよ」

「あなた、愛してるわ」

「ぼくも、愛してるよ」

 なんなんだ、この本末転倒なラブシーンは。よく、恥ずかしげもなく、人前でこんなことができるなと、むしろ感心してしまう。

「パチパチパチ・・・」

 なぜか、宇宙人や河童たちから拍手が起きた。なんだ、この感じは・・・

「さすが、宇宙最強のヒーローですな。感動しました」

「なんだか、泣けてくるわね」

 もう、なにがなんだか私にはわからない。これを茶番劇と言わずに、なんて言うんだ。唖然とするやら、頭の中がパンク寸前だった。

 そこに、パトカーのサイレンが聞こえてきた。

「あら、いけない。騒ぎで警察が来たわ」

「それじゃ、見つかる前に、お父さんは行くからな。お前たちも、見つからないように、帰りなさい」

「あなた、体に気を付けて」

「キミもな。子供たちのことを頼むぞ」

「ハイ」

 そう言うと、お父さんは、青い球体に体を包んで、あっという間に夜空の彼方に消えて行った。

いつの間にか、宇宙人や河童たちの姿も消えていた。残ったのは、私たち家族三人と京子先輩でした。

「そうだ、京子ちゃん、送って行くよ」

「ありがとう」

 今度は、お兄ちゃんと京子先輩の番らしい。バカップルがラブラブモード全開である。万年ラブラブ夫婦の後は、お兄ちゃんのバカップルを見せつけられる妹の身になってほしい。

「ダメよ。ワタルが送ったら、変な誤解をされるから、もうすぐ警官が来るから、パトカーで送らせるから」

 お母さんにガツンと言われて、お兄ちゃんは渋々納得した。

川岸に降りてきた警官にお母さんが説明して、京子先輩は、パトカーで家まで送られていった。

 やっと、終わった。長い一日だったなと、思った夜だった。

私たちは、三人でもうすぐ夜明け間近の中を歩いて帰った。

こうして、私の長い一日が終わった。明日から、平穏な日々が始まることを祈らずにはいられなかった。

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