第6話 侵略者がやってきた。

 翌朝、いつものようにブレンダーに起こしてもらった。

目覚まし時計レベルじゃ起きられない自分が情けない。

「おはよう、ブレンダー」

「ワンワン」

 私は、目を擦りながらブレンダーの頭を撫でる。

でも、いつもの朝のようにゆっくりできる場合ではないことに気が付いて、急いで一階に駆け降りた。

「おは・・・」

 私は、一階に降りて、意外な光景に、朝の挨拶も途中で止まってしまった。

「美月、おはよう」

 そこには、信じられない光景が待っていた。アレほど騒がしかった宇宙人たちが、一人もいなかった。

「お兄ちゃん、宇宙人たちは?」

「いないよ」

「いないって・・・」

「出て行ったんじゃないか。俺が起きたときには、誰もいなかった」

「いなかったって、どういうことよ?」

「そんなこと、俺に聞かれても知らんよ。それより、朝飯できてるから、さっさと食って、学校に行くぞ」

 その前に、いろいろ言いたいことがあったけど、起き抜けだから、まだ頭が動いてなくて、うまく処理できない。

「出て行くのはいいけど、普通は、ありがとうとか、お世話になったとか、言うんじゃないの?」

「相手は宇宙人だぞ。言うと思うか?」

 それはそうだ。デリカシーがない宇宙人に、そんなことを言うはずがない。

私は、深いため息をつきながら席に着いた。

「それで、朝ご飯は、今日もこれなの?」

「文句があるなら、食うな」

「食べるわよ」

 お兄ちゃんが当番の日の朝食は、決まって、焼いただけのパンと焦げた玉子焼きだ。たまには、ご飯が食べたい。

「あと、これ、弁当な」

 そう言って、きんちゃく袋に入ったお弁当箱を置いた。

「まさか、また、カレーじゃないでしょうね?」

「カレーは、昨日の夜に食べたじゃないか。もう、残ってない」

 それを聞いて、心底ホッとした。

「だから、今日の弁当は、チャーハンだから」

 やっぱり、お兄ちゃんは、ポンコツだ。カレーとチャーハンしか作れないことを忘れていた。

私は、チャーハンが詰まったお弁当を見ながら、いつもの朝ご飯を食べた。

朝も朝なら、昼もお弁当を食べるのが憂鬱になった。


 学校に行くときも、お兄ちゃんと二人で登校する。

「あのさ、ホントに、あの宇宙人たちって、何も言わなかったの?」

「言ってないよ」

「お礼くらい言うのが普通じゃないの。礼儀とか知らないのかしら?」

「宇宙人が言うわけないだろ」

 それもそうだけど、せめて一言くらい言ってほしかった。

「おはよう、諸星くん」

「おはよう、京子ちゃん」

「昨日は、大変だったね」

「そうだね。京子ちゃんもありがとうね」

「いいのよ。また、困ったときは、いつでも言ってね」

 私がいるのを完全に無視して二人の世界が始まった。

「美月ちゃん、おはよう」

「おはようございます、京子先輩」

 ラブラブモード突入した京子先輩が、やっと気が付いて私を見た。

「昨日は、ありがとうございました」

「気にしないで。あたしが好きでやったことだもん。でも、みんな喜んでくれてよかったわ」

 相変わらず天然ぶりを発揮して、朝から笑顔が可愛い京子先輩だった。

お兄ちゃんがデレデレするのもわかるけど、もう少しビシッとしたとこを見せてほしい気もする。

「そうそう、諸星くんに聞きたいことがあるんだけど」

「なに?」

「昨日会った人から聞いたんだけど、諸星くんて、宇宙人なの?」

 それを聞いた瞬間、私は、顔から血の気が引いた。

あのバカ宇宙人どもは、京子先輩に何を吹き込んだんだ・・・

お兄ちゃんを見ると、やっぱり、顔が引きつっていた。

「イ、イヤ、そんなわけないだろ」

「そうよね。諸星くんが宇宙人なんて、そんなことあるわけないものね」

 私は、ホッと胸を撫で下ろした。朝から頭がパニック寸前だ。

今度会ったら、あの宇宙人どもを、片っ端からぶっ飛ばしてやろうと思う。

「でもね、あの人たちが言うのよ。諸星くんは、地球平和を守るヒーローだから、離しちゃダメよって。あたし、おもしろくて笑っちゃったの。でもね、ホントにヒーローだったら、あたし、すごくうれしい」

「そうなの?」

「だって、あたし、そんな強い人に憧れてるし、大好きなの」

 忘れていた。京子先輩は、大の特撮ヒーローマニアなのだ。可愛い女の子なのに、特撮ヒーローが大好きで初恋の相手が、ウルトラマンというのは、学校でも有名な話だ。

「だから、ホントに諸星くんが、ヒーローだったら、あたしうれしいわ。結婚したいくらいよ」

「け、け、結婚・・・」

 お兄ちゃんが顔を真っ赤にして、しどろもどろになっている。

それを見ていると、なんだかおかしくて、私も思わず笑ってしまう。

「あら、おかしいこと言った?」

「うぅん、何でもない」

 私は、慌てて否定したけど、顔はまだ笑っている。

「お兄ちゃんと結婚なんて、やめた方がいいわよ」

「そうかしら? もし、諸星くんが、あたしの大好きな仮面のヒーローだったら、絶対、結婚したいわ。地球の平和を守っているのよ。最高じゃない。あたし、大好きよ」

 このまま言われ続けていたら、きっと、学校に着くまでに、お兄ちゃんは、溶けてなくなると思う。

京子先輩だって、まさか、隣にいるお兄ちゃんが、ホントの仮面のヒーローだとは思わないだろう。だけど、もし、このことを知ったら、どう思うだろうか?

 そんなことを思っているうちに、学校に着いた。

「お兄ちゃん、気持ちはわかるけど、秘密だからね。絶対、言っちゃダメだからね」

 私は、お兄ちゃんに、100本くらい釘を刺してから、自分の教室に向かった。

お兄ちゃんは、夢を見ているような気分でフラフラしながら教室に入って行った。

 せっかく、宇宙人が出て行って、今日から普通の日常に戻ると期待したけど、

この分では、また、厄介事ができそうな気がしてならない。

特に、京子先輩のことが心配で仕方がない。お兄ちゃんが、ポロッと口を滑らせたらと思うと授業どころではない。

 そんなことを考えながら教室に入った。

「おはよう、美月」

「おはよう」

 私は、いつもの友だちと挨拶を交わして自分の席に着いた。

「ねぇ、聞いた。今日から、新任の先生が来るらしいわよ?」

「へぇ、この時期に珍しいわね」

「どんな人かしらね?」

 クラスの女子も男子も、朝の会話は、新任の先生のことで盛り上がっていた。

そんな時だった。教室に校内放送が聞こえてきた。

『生徒の皆さん、おはようございます。今日は、これから、臨時の朝礼があるので、皆さんは、体育館に集合してください』

 校長先生からのアナウンスだった。私たちは、体育館に向かった。

朝礼は、月曜日だけだ。今日は、木曜日なので、臨時なのだろう。何の話かわからないけど、私もみんなと体育館に向かった。

 体育館に着くと、いつもの朝礼のように、クラスごとに列に並んだ。

壇上に、校長先生が来る。

「皆さん、おはようございます。今日は、皆さんにお知らせがあります。今日から、みんなといっしょに勉強することになった、新しい先生を紹介します」

 そう言うと、体育館の隅から一人の若い男性が歩いてきました。

「紹介します。今日から、この学校に赴任してきた、瓜生大介先生です。体育を受け持ってもらいます」

 そう言うと、変わって新しい先生がマイクの前に進んだ。

「初めまして、ぼくは、瓜生大介と言います。これから、みんなといっしょに、この学校で勉強します。体育を担当するので、よろしくお願いします」

 そう言うと、並んでいる女子たちから一斉に声が上がった。

何しろ、その先生は、大学を出たばかりのような若くてカッコよくて、イケメンの若い男の先生だったからだ。

ジャージ姿もよく似合う、サラッとした髪、切れ上がった眼、鼻筋が通り、笑うと可愛らしい顔。細身でスタイルもよく、まるでモデルのようでした。これじゃ、女子たちがキャーキャー言うのもわかる。

 でも、私とお兄ちゃんだけは違った。この先生は、人間じゃない。間違いなく、宇宙人だ。

もしかしたら、この先生が、メビュラスなのかもと思った。

 その証拠に、壇上の先生は、私とお兄ちゃんに気が付くと、目を離さなかった。

まるで、私たちを睨んでいるような鋭い目つきだった。

「みんな静かに。そう言うことだから、よろしく頼みますよ。この学校のことは、初めてなので、皆さんも教えてあげてくださいね」

 校長先生の話が終わると、みんな教室に戻って行った。

教室に戻っても、女子たちは、さっきの先生の話で盛り上がっている。

「すっごいイケメンだったね」

「独身かしら?」

「彼女は、いるのかな?」

「体育なんて、もしかして、すごいスポーツマンなのかもね」

 女子たちは、話で盛り上がっているけど、私は、不安しかなかった。

あの先生は、間違いなく宇宙人だ。私にはわかる。地球人として、普通の人間のニオイがしなかった。昨夜の宇宙人たちとは、違う種類の宇宙人なのがわかった。

「目を付けられたかしら?」

 私は、独り言のように呟いた。もし、そうだとしたら、まずいことになった。

昨日の宇宙人たちが言っていた。あいつに気を付けろと・・・

見つけても手出しはしてはいけない。見つからないように気を付けろと言った。

 どうしよう・・・ すぐにでも、お兄ちゃんと相談したかった。

「美月、今日、三時間目は、体育よ。あの先生、来るかな?」

 友達に言われて気が付いた。時間割を見ると、今日の三時間目は体育だった。

早くも会うことになる。どうしよう・・・ 今更、欠席するわけにはいかない。

 私は、不安を抱えながら、三時間目を迎えることになった。


不安を感じながら私は体操着に着替えて校庭に向かいました。

今日は、陸上なので、短距離走や長距離走がある。

ウチの高校は、体育も男女いっしょにやるので、私はいつも男子の目を気にしながら体育の授業を受けています。

普通にやっても、男子より体力的にも勝っているので、なるべく控えめに女子らしくしようと心がけています。

 早速、瓜生先生がジャージでやってきました。私たちは整列してそれを待ちます。

先生は、初めての授業なので、いくらか緊張しているようですが、私には、そうは見えませんでした。

少し説明をしてから、男子は長距離、女子は短距離を走ることになりました。

 まずは、五十メートル走からタイムを計ることになりました。

陸上部の私にとっては、最も得意な競技です。だからと言って、普通に走って、目を付けられたら大変です。

私は、手を抜くとかいうわけではないけど、今は、体育の授業なので、適当に走ろうと思いました。

 私は、先生の目を気にしながら注意して授業を受けました。

しかし、私の意識とは反対に、先生は、他の生徒と同じように私に接してきました。

特に気にするとか、特別なことを言ってくるようなこともなく、淡々と授業は進み、無事に終わりました。

なんだか拍子抜けした感じがしました。それでも、内心、ホッとしていました。

 次は、お昼休みなので、体育の次だし、お腹も空いているので、早くお弁当を食べたくなりました。

とは言っても、今日のお弁当は、お兄ちゃん特製のチャーハンです。なんか、微妙でした。

 着替えて教室に戻ると、いつもの仲良しの友だちと机を合わせて、微妙なチャーハン弁当を食べようとしたその時でした。教室のスピーカーから私とお兄ちゃんを呼ぶ声がしました。

『三年生の諸星わたるくん、二年生の諸星美月さんは、職員室に来てください』

 私は、それを聞いて、イヤな予感がしました。

「美月、呼んでるよ」

「アンタ、なにしたのよ?」

「さぁ・・・ そんなの知らないわ」

「とにかく、行ってきなさいよ」

 友達に言われて、私は、教室を出ました。

一階にある職員室の前で、お兄ちゃんと会いました。

「美月、なんかやったのか?」

「やるわけないでしょ。お兄ちゃんじゃないもん」

 私たちは、ひとしきりお互いに腹の探り合いをしながら、職員室に入りました。

すると、私たちを呼んだのは、担任の先生ではなく、あの瓜生先生でした。

「あの、諸星ですけど」

「昼休みのところすまんな。ちょっと、付き合ってくれ」

 そう言って、先生は席を立って、職員室を出て行きました。

私たちは、その後を歩きました。そして、付いたのは、校舎の屋上でした。

こんなところで何を話すのか、私は、イヤな予感しかしません。

 先生は、屋上に出ると、私たちの方を向き直ると、急に態度を変えました。

今までの先生としての顔ではなく、目つきが鋭く、急に上から目線の顔をしていました。

「まさか、こんなとこで、宇宙人に会えるとは思わなかったよ」

 いきなりのド直球な一言で、私もお兄ちゃんも返事ができません。

「隠さなくてもいいぜ。ここには、俺とお前らしかいないから。お前ら、宇宙人だよな。それも、半端な宇宙人だ」

 私もお兄ちゃんも、つい顔が引きつっていきます。全部、バレてる。いまさら、隠しても無駄なことです。

「それが、どうしたんですか? てゆーか、半端って、どういう意味ですか? 失礼ですよね」

「半端を半端って言って、何が悪いんだよ。お前は、正義の味方を気取ってるけど、まだまだガキだもんな。それに、お前は、変身すらできないんじゃ、話にならない。ホントのことだろ」

 お兄ちゃんの顔が赤くなっていくのがわかりました。胸のバッヂを右手で握りしめている。

「ダメ、お兄ちゃん」

 私は、お兄ちゃんの腕にしがみ付きました。

「大丈夫だよ。こんな奴、変身しなくても、ぶっ飛ばしてやるから」

「言うねぇ・・・ でも、お前なんか、小指でボコボコにしてやるけど」

 いきなり口が悪くなって、私たちを挑発してきました。

「それで、私たちに、何の用なんですか?」

 私は、話を遮って聞きました。

「それだよ、それ。俺のホントの名前は、メビュラス。宇宙の嫌われ者さ。もちろん、地球に来たのは、侵略目的さ。でも、俺は、戦いにきたんじゃない。争い事は、こう見えて嫌いなんでね。だから、話し合いにきたんだよ。地球人ならだれでもいい。俺に、地球を上げますと言ってくれる人を探してるんだ」

「ハァ? バカじゃないの。そんな人、いるわけないじゃない」

「バカは、そっちだぜ。地球人の中にも、地球が嫌いな奴は、結構いるんだぜ。こんな星、亡くなってしまえって思ってるやつは、いるんだぜ」

「それで、私たちに、なにが言いたいの?」

 私は、挑発に乗ってはいけないと思って、冷静に話を進めた。

「簡単なことだよ。俺がこれからすることに、口を出さないこと。俺がやることの邪魔をしないこと。それだけだ。簡単だろ。お前らは、黙って、俺のすることを見てればいいだけ。だけど、もし、俺の邪魔をしたら、その時は、お前らの正体を学校中にばらして、全力でぶっ殺すから。お前らは、頭がよさそうだから、俺の言ってることは、わかるよな? わかったら、おとなしくしてろ。そうすれば、普通の生徒として扱ってやるから」

 そういうことか。やっぱり、こいつが、あのメビュラスだったのか・・・

「お兄ちゃん、どうする?」

「仕方ないだろ。俺は、見習いの身だし、バレたらここにいられなくなるだろ」

「でも・・・」

「心配ない。この学校には、間違っても地球を上げますなんて言う生徒はいないから」

 私もそう思う。そうに決まってる。そんな生徒がこの学校にいるわけがない。

「わかった。お前の邪魔はしない」

「さすが、兄貴は、話がわかる。それじゃ、そう言うことで、またな。早く行かないと、昼休みが終わるぞ」

 先生・・・ イヤ、メビュラスが化けた瓜生先生は、そう言って屋上から出て行った。

「いいか、このことは、他の人にはないしょだぞ」

「わかってるわよ。でも、ホントに見て見ぬふりをするの?」

「イヤ、少し様子を見るだけだ。あいつは、手荒なことはしないと言った。それは、信用できると思う。でも、もしも、この学校の生徒に手を出すようなことをしたら、その時は、俺が・・・」

「お兄ちゃん、お父さんに相談してみようよ」

「イヤ、それは、待ってくれ。俺たちの手で、解決してみようじゃないか。見習いの俺が、どこまでできるかわからないけど

やるだけのことはやってみようと思う。だから、美月も頼む」

「うん」

 私は、そう言うしかありませんでした。でも、正直言って、お兄ちゃんのことが心配でした。

それに、あの先生のことを、どこまで信用できるのか、それもわかりません。

いったい、何をしようというのか? 私たちは、見守ることしかありませんでした。


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