第5話 京子先輩がやってきた。

「ハ~イ」

 私は、お母さんが帰ってきたと思って、玄関に走りました。

でも、この状況で、お母さんが帰ってきたら、どう説明したらいいのか?

私は、玄関を開けようとして、一瞬、手が止まりました。

すると、もう一度、チャイムが鳴りました。仕方なく、覚悟して玄関を開けました。

「こんばんわ」

「京子先輩!」

 そこにいたのは、お母さんではなく、京子先輩でした。私は、ビックリして固まってしまいました。

てゆーか、お母さんよりも、この状況は、一番見せてはいけない人です。

「えっと、あの、その・・・」

「諸星くん、いますか?」

「え~と、いるけど、京子先輩は、どうしてウチに?」

 当然の質問です。それだけ言うのが、今の私には、精一杯でした。

「今夜もお母さん、帰ってこないんでしょ? だから、ご飯を作り行くって、諸星くんと約束したの。だから、ほら、たくさん買い物をしてきたのよ」

 そう言って、両手一杯の買い物袋を見せてくれた。

この時の私の頭の中は、思いっきりパニック状態で、状況を整理するのが追い付きませんでした。

そんな私をよそに、京子先輩は、普通に靴を脱いで入っていきました。

「お邪魔します。諸星くん、夕飯を作りに来たわよ」

「ちょっと、待って・・・」

 私は、慌てて京子先輩を追いかけました。でも、間に合いませんでした。

「あの、これは、いったい・・・」

 10人くらいいる人たちを前に、唖然としている彼女でした。

「あのね、この人たちは、その、えっと・・・」

 もはや、どう説明しても、説明できない。しどろもどろになっている私でした。

そこに、お兄ちゃんが人をかき分けてやってきました。

「京子ちゃん。ホントに来てくれたの?」

「そうよ。だって、約束したじゃない。だけど、この人たちは・・・」

「この人たちは、うちゅ・・・」

 私は、慌ててお兄ちゃんの口を両手で塞いで、奥に連行しました。

「お兄ちゃん、どう言うつもりなの。よりによって、あんな人たちがいるときに、夕飯を作りに来るって」

「まさか、ホントに来てくれるとは思わなかったんだよ」

「そうじゃなくて、この状況を、京子先輩にどう説明するのよ」

「そうだよな。やっぱり、帰ってもらおうか」

「当り前でしょ。京子先輩は、普通の人間で、地球人なのよ。あんな大勢の宇宙人たちに、会わせるわけにいかないでしょ」

「でも、せっかく、来てくれたんだし、今更、帰れなんて言えないし・・・」

「それじゃ、どうするのよ」

 私とお兄ちゃんが言い合いをしていると、宇宙人のおじいさんがやってきました。

「お二人さん、ケンカするのもいいが、あの地球人を放っておいていいのか?」

 そう言われて、私とお兄ちゃんは、慌ててキッチンに戻りました。

すると、予想通り、宇宙人たちに京子先輩が囲まれていました。見かけは、普通の人間でも、中身は宇宙人です。

「ちょっと、ちょっと、京子先輩に何をしてるんですか?」

 私は、みんなの間に割って入ります。

「別に、ちょっと、話をしてただけですよ」

 スーツ姿の男があっさり言いました。

「あのですね、この人は、普通の人間で、あの、その、だから・・・」

 自分で言っていて、どうしても説明できません。

「大丈夫よ、美月ちゃん。皆さん、優しそうな方ばかりだから」

「そうじゃなくて、だから・・・」

 何か言いたくても、その後が続かない。なんだか、悔しいというか、歯がゆいというか、自分にイライラしてくる。

「お兄ちゃん、何とか言ってよ」

「俺に言われても・・・」

 この期に及んで、まったく頼りにならないお兄ちゃんです。

「ちょっと、その彼女だけど、向こうでナンパされているけど、いいの?」

「えぇーっ!」

 私は、着物姿のおばさんに言われて、京子先輩を探すと、いつの間にかリビングに連れて行かれて、いかにもチャラい男に話しかけられていました。

「キミ、可愛いね。名前は、なんていうの?」

「京子です」

「そう、京子ちゃんていうのだ。可愛い名前だね」

「どう、ぼくと、付き合ってみない」

「えっ、あの、その・・・」

「こらーっ! そこのバカども。何も知らない女の子をナンパしてるんじゃない」

 私は、急いで京子先輩を引き離して、チャラ男から守ります。

「別に、ナンパしてるわけじゃないぜ。勘違いするなよ。ぼくは、宇宙一のハンサム・・・」

 その瞬間、私は、グーで思いっきり、チャラ男を殴っていました。

「ちょ、ちょっと、美月ちゃん」

「いいから、そんな男は、放っておいて、こっちに来てください」

 私に殴られたチャラ男は、壁にめり込んでいました。でも、そんなこと、知ったことじゃない。

宇宙人だから、私に殴られたくらいで、痛いなんて言うはずがない。

「あのね、京子先輩。たぶん、今日は、帰った方がいいと思う」

 私は、両肩をがっしり掴んで、真剣に説得しました。

「大丈夫よ。ウチにもちゃんと諸星くんのウチに行くって言ってきたから」

「そう言うことじゃなくて、今夜は、こんなに人がいるし、また今度にした方がいいと思うの」

「平気よ。たくさん買ってきたから、皆さんの分もあると思うの」

 なにもわかってない。そう言えば、京子先輩は、美人の割に、かなり天然なところがある。

この状況を見ても、笑っている。説得するのは、諦めるしかない。

せめて、お兄ちゃんに守ってもらおう。そう思って、お兄ちゃんを探した。

「ちょっと、そこの姉ちゃん。風呂って、どこ?」

「あのさ、トイレに行きたいんだけど・・・」

「てゆーか、ご飯、まだなの?」

 口々に勝手なことを私に言ってくる。その前に、このウチの人に向かって、姉ちゃんとはどの口が言うんだ。

宇宙人と言えども、言っていいことと悪いことがある。口の悪さもいい加減にしてほしい。

「わかったから、ちょっと待ってて。お兄ちゃん、どこ?」

「あっちにいるわよ」

 いかにも風俗嬢みたいな若くて派手な服を着た女性が、タバコを吸いながら教えてくれました。

言われた方を見ると、キッチンで京子先輩と二人でイチャイチャしてました。

私がこんなに大変な時に、何をしてるんだ、このバカップルは・・・

「今日は、あたしが料理するから、諸星くんは待ってて」

「ぼくも手伝うよ」

「いいのよ。あたしが言い出したことだから、向こうで待ってて」

「でも、一人じゃ大変だろ。ぼくも手伝うから」

「ありがとう。諸星くんて、優しいのね。それじゃ、いっしょに作りましょう」

「うん」

 傍で二人の会話を聞いていて、頭から湯気が出そうでした。

「お兄ちゃん、何をしてるの?」

「なにって、見ればわかるだろ。ご飯を作ってるんだよ」

「そうじゃなくて、この状況をわかってるの?」

「わかってるよ」

 どう見ても、ちっともわかっているようには見えない。隣にいる、彼女と楽しそうに料理を作っているバカな男にしか私には見えなかった。

「美月ちゃん、大丈夫だから。あたしに任せて。おいしいカレーを作ってあげるから」

「カ、カ、カレー・・・」

「そうよ。あたし、こう見えて、カレーが得意なの。おいしいカレーを作ってあげるから、楽しみにしてて」

 自信満々に言う京子先輩を見て、私は、怒る気力がなくなりました。

私は、諦めて、肩を落として、キッチンを後にしました。

「そこ、ウチは、禁煙」

 私は、歩きながら、思い出したように、タバコを吸っている、イケイケな彼女に怒りの矛先を向けました。

「うっせえな、硬いこと言うなよ。それより、灰皿どこ?」

 この宇宙人たちは、まったく常識を知らない。お父さんに行って、宇宙警察に全員連行してもらいたい。

「キミは、何を一人で怒ってるんだい。可愛い顔が台無しだよ」

 さっきのチャラ男が凝りもせず、今度は、私をナンパしてきました。

肩に手を置かれた瞬間、私は、チャラ男の頭に拳骨を振り下ろしました。

「人を見て、言いなさい。今度やったら、ウチから出て行ってもらうからね」

 私は、床に頭をめり込んでいるチャラ男に言い捨てるように言いました。

そして、私は、自分の部屋に行きました。もう、相手にできないと思いながら、階段を踏みつけながら上がりました。

「ブレンダー、いるの?」

 私は、自分の部屋のドアを開けてブレンダーを呼びました。

しかし、ドアを開けて、私は、またしても凍り付きました。

「ちょっと、そこで、何してんの?」

「地球人は、こんな勉強してるんですか。頭悪いですね」

「それよりさ、この犬、ロボットじゃん。アンタのペット?」

 私の机に座り、勝手に人の教科書やノートを見ている中年の男。

私のベッドに勝手に潜り込んで、ブレンダーの体を開いて中を覗いている学者風の男。さらに、本棚からマンガを読んでケラケラ笑っている少年。

私は、自分の顔が怒りで赤くなってくるのがわかりました。

「出てって! いい加減にしなさい。ここは、私の部屋なのよ。勝手に入らないで。

それと、ブレンダーを勝手に解剖しないで」

 私は、お腹の中をパッカリ開いて動かないブレンダーを見て、怒鳴りつけました。

常識知らずの宇宙人たちを部屋から追い出すと、急いでブレンダーの電源を入れて、元に戻しました。

「ブレンダー、大丈夫?」

「ワン」

「ワンじゃないわよ。アンタまで、あんな奴らに好きにされて、もっと、ちゃんとしなさい」

「クゥ~ン」

「しっかりしてよね。このウチじゃ、頼りになるのは、ブレンダーだけなのよ。今度、なんかされたら、遠慮なく噛みついていいから」

「ワンワン」

 その時、下から、カレーのニオイがして、私は、ブレンダーを連れて、下に降りました。


「なんなの、これ・・・」

 私の目の前には、大挙して訪れた招かれざる宇宙人たちが、我先にとカレーを食べている。

「うまい」

「おいしいわね」

「やっぱり、カレーは地球に限るな」

「おかわりくれ」

 夢中でカレーを食べている宇宙人たちを見て、私は、目が点になりました。

「美月、見てないで手伝ってくれ」

 お兄ちゃんと京子先輩が、カレーを皿によそっている。

てゆーか、なんで、私がそんなことしなきゃいけないのか、意味がわからない。

「おいしいぞ。いくらでも食えるな」

「そうですか、ありがとうございます。たくさんあるので、食べてくださいね」

 京子先輩がにこやかに対応している。その横で、お兄ちゃんが汗だくになりながら

ご飯をよそって、カレーをかけている。いつから、ウチは、食堂になったんだ・・・

 そうこうしているうちに、大量にあったカレーもご飯も空っぽになった。

見事に完食だ。大鍋で2つ。ご飯は、一升炊いたはずなのに、いくら大勢とはいえ、

そんなに食べるとは信じられない。その前に、私の分は・・・

私は、急いで鍋を見ると、見事に何も入っていなかった。

「うれしいわ。こんなにおいしいって食べてくれて、売り切れよ」

 うれしそうな京子先輩とは逆に、私は、ガックリと肩を落とすしかなかった。

「それで、私の分は?」

「ない」

「ないじゃなくて、私の夕飯は?」

「だから、ないって」

 これまた、満足げに言うお兄ちゃんを、思いっきり殴りたくなった。

結局、買い置きしていたカップラーメンを食べるしかなかった。

お兄ちゃんは、京子先輩を送りに行ったので、私は、一人でキッチンの隅でカップラーメンを啜った。

「なんで、私がこんな目に合うのよ。情けないったら、ありゃしない・・・」

 私は、独り言のように呟きながら、カップラーメンを啜っていた。

お腹一杯で、満足した宇宙人たちは、思い思いに過ごしている。

お風呂に入って騒いでいたり、リビングでテレビを見て笑っている。

なんて平和な宇宙人たちなんだろう・・・ 宇宙人なら、もっと、宇宙人らしくしてほしい。

これじゃ、普通の地球人じゃないか。宇宙人としての自覚がなさすぎる。

「お姉ちゃん、ちょっとこっちに来て、地球の話を聞かせてくれんか?」

 私は、おじいさんに呼ばれてテーブルに着いた。

「地球は、いいとこじゃな。死ぬ前に、一度来てみたかったんじゃ。ホントに、この星はいい星じゃ」

 感慨深そうに言われても、生まれてから地球しか知らない私には、イマイチピンとこない。

「もちろん、地球のように、平和な星もあるが、ほとんどが争いごとばかりで、困ったもんじゃ」

「それにさ、宇宙連合とか言う、やな奴が目を光らせてるからね。宇宙旅行なんて安心してできないわよね」

 そう言いながら、話に混ざってきたのは、どっからどう見ても風俗嬢のような、派手な服装を着た

イケイケギャルがタバコを吸いながら言う。

「だから、ここは、禁煙だっていってるでしょ」

「チッ、話が分からない女だな。可愛くないぞ」

 そう言いながら、煙を堂々と吐く彼女には、心の底からついていけない。

「だから、アンタのお父さんのような、宇宙警察が必要なんじゃよ」

「そうですよ。キミのお父様は、宇宙の人たちから、尊敬されて、すごく強いんですよ」

 今度は、スーツ姿の男の人が話しかけてきた。でも、手には、なぜか缶ビールを持っている。

それは、お母さん用に買っておいたものなのに、勝手に飲んでいる。しかも、酔っぱらっている。宇宙人は、お酒に弱いらしい。

でも、お父さんのことを褒めてもらうと、私も娘として悪い気はしない。

「お父さんて、そんなに強いの?」

「もちろんですよ。あの、メビュラスを一度は、倒したんですからね。宇宙最強ですよ」

 そんなに強いんだ・・・ それは、知らなかった。お父さんを見直してしまう。

てゆーか、お父さんがそんなに強いなら、絶対逆らっちゃいけないし、怒らせちゃいけないと改めて心に誓った。

「ところで、アンタのお母さんは、なにしてるんじゃ?」

「仕事で忙しいから、滅多に帰ってこないのよ」

「どんな仕事をしているんですか?」

 今度は、質問攻めが始まった。私は、当たり障りないように話して聞かせる。

「お母さんは、警察の偉い人よ」

「ほぉ、お母さんは、地球の警察官なのか。それは、すごい」

「キミの両親は、すごい人ですね。ちゃんと、尊敬しないといけませんな」

「してるわよ」

 ちょっと照れるけど、尊敬しているのは事実だ。

「旦那が宇宙刑事で、奥様が地球の警察官となれば、地球は、安泰ですな」

「だから、あの、メビュラスを何とかしなきゃ、あたしたちだって、気軽に地球に来られなくなるわよ」

 額に皴を寄せて、イケイケギャルが言った。その顔は、タバコのせいではなく、ホントに苦そうだった。

「とにかく、アンタは、気を付けることだ。むろん、わしたちも気を付けるが、あやつに目を付けられないようにな」

「そうですよ。あいつのことだから、宇宙刑事の娘だなんてわかったら、何をしてくるかわかりませんからね」

「そんなに危ないやつなの?」

「なにを考えているかわからんからな。もし、見つけても、絶対に近づいてはいかんよ」

 そう言われると、背中に冷たいものを感じて、ゾッとしてくる。

「お~い、風呂を上がったぞ。次に入るやついるか?」

「ハイハイ、次は、俺の番な」

「んじゃ、俺も入らせもらう」

 ちょっと待て。ウチは、温泉旅館じゃない。お風呂から上がったばかりの男たちがぞろぞろ出てきた。

それも、裸のままだ。

「ちょっと、タオルくらいしなさいよ。あたしは、これでも、年頃の娘なのよ」

「そうなのか? 別に、俺は構わないけど」

「あたしが構うの」

 私は、目を両手で覆って顔を真っ赤にして声を上げた。

「ただいま」

 そこに、のんきなお兄ちゃんが帰ってきた。

「どうした、美月?」

「どうしたじゃないわよ。何とか言ってよ。あの宇宙人たちは、デリカシーがないんだから」

 そう言ったものの、宇宙人にデリカシーなんてあるわけがない。

「ほら、腹減っただろ。そこで、ラーメン買ってきたから、食べろよ」

「さっき、食べたから、いらない」

 お兄ちゃんの方がデリカシーがない。よりによって、カップラーメンを買ってくるなんて、空気を読めなさすぎる。

結局、買ってきたラーメンは、お兄ちゃんが食べることになった。

 そして、その夜は、遅くまで宇宙人たちは、騒いでいた。

付き合いきれない私たちは、明日も学校なので、早々と部屋に戻ることにした。

 ベッドに横になると、今日1日のことを思い出す。散々な1日だった。

そして、疲れた。ふとんに入ると、疲れた私は、すぐに眠ってしまった。

明日からのことを思うと、不安しかないけど、それは、明日起きてから考えることにした。


  

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