第2話 河童救出大作戦。
翌朝、朝刊を見たら、昨夜の事件が大きく報道されていた。
捜査一課長のお母さんのコメントが出ていて、ちょっとうれしくなった。
「ハイよ、朝飯」
ぶっきらぼうに寄こした朝食は、いつもの定番のチーズトーストと崩れた目玉焼きとコーヒーでした。
「あのさ、なんで、お兄ちゃんが作ると、いつもこれなの?」
「文句があるなら、食うな」
朝から不貞腐れるお兄ちゃんと、軽くケンカをしながら朝ご飯を食べる。
お母さんがあまり帰ってこないので、家事は、お兄ちゃんと週替わりで交代でやっている。
お兄ちゃんが当番の時は、朝ご飯はトーストで夜はカレーだった。
いい加減、食べ飽きている。当然のように、お昼のお弁当は、定番ののり弁だった。
なんで、こんなお兄ちゃんのフォローをしなきゃいけないのかと、いつも思う。
ちなみに、ブレンダーは、サイボーグ犬なので、ドッグフードは食べない。
お腹の部分についているパーツから、充電すればいいだけなので、世話が楽だった。
「それじゃ、学校に行くぞ」
何のかんの言いながらも、朝食は、しっかり食べて、片づけてから、二人で学校に向かう。
「今夜は、カレーはやめてよね」
「んじゃ、なにがいいんだよ。俺、カレーとチャーハンしか作れないぞ」
「少しは、料理も勉強したら?」
そう言うと、そっぽを向くお兄ちゃんなのだ。
登校途中のいつもの道で、京子先輩と合流して、三人で行くのが日課だった。
「おはよう」
「おはよう、京子ちゃん」
「おはようございます」
三人で朝の挨拶をして、話をしながら学校に向かいます。
「諸星くん、今朝のテレビを見た?」
「ちょっとね」
「昨日の事件のことやってたじゃない。諸星くんのお母さんも出てたね」
「まぁね」
「いつも思うけど、諸星くんのお母さんて、すごいわよね」
「そうかな・・・」
私は、二人の後ろを歩きながら、会話を聞いていて、背中が痒くなってきた。
朝から妹の前で、ラブラブな会話は、聞いていてむず痒くなる。
「それから、ちょっとしか出てなかったけど、あの、仮面のヒーローって、誰かしらね?」
「えっ?」
一瞬、お兄ちゃんの声が引きつったのを私は、聞き逃さなかった。
「だってさ、犯人を捕まえて、人質を助けたのよ。最後は、空を飛んで行くなんて、カッコよくない?」
「そ、そうかな・・・」
「そうよ。警察だって、手出しができなかったのに、あっさり解決しちゃうなんて、すごいと思うわ」
「イヤぁ、それほどでも・・・」
照れて頭をかくお兄ちゃんの足を軽く蹴ってやった。
「あ痛っ! なにすんだよ」
「お兄ちゃん」
「わかってるよ」
私は、お兄ちゃんが口を滑らせないように目で注意した。
お兄ちゃんは、あっさり言うけど、彼女の前だと、いつもデレデレするので、心配だった。
「仮面のヒーローって、誰かしらね?」
「さぁ・・・ 誰だろうね」
一応、そこは、トボけてみせる。でも、口元が緩みっ放しだ。
「あたしね、きっと、すごくカッコいい人だと思うの」
「そうかな・・・」
「だって、正義の味方なのよ。きっと、そうよ。あたし、会ってみたいなぁ」
「きっと、会えるよ」
「ホント?」
「京子ちゃんがそう思ってくれるなら、その人、とっても嬉しいから、会いに来るんじゃないかな」
「そうだといいけどなぁ・・・」
そんな能天気な二人の会話を聞いて、私は、いつ正体がバレるのか、ひやひやものでした。
一応、先輩の前なので、お兄ちゃんに注意することはできないけど、後でとっちめてやらないといけない。
お兄ちゃんは、口が軽いので、自分の秘密を言ってしまうかもしれない。
自覚が足りない、見習いスーパーマンで困ってしまう。
学校に着いて、昇降口で上履きに履き替えながらお兄ちゃんに一言だけ言ってやった。
「間違っても、京子先輩に言ったら、お父さんに言うからね」
「わかってるって。言わないよ」
「お兄ちゃん、口が軽いし、京子先輩の前だと、デレデレだから心配なのよ」
「そ、そんなことないよ。俺は、口は、硬いから心配するな」
そう言って、京子先輩の後を追うお兄ちゃんの後姿を、私は、思い切り睨みつけてやった。
授業が始まった。今は、勉強に集中する。だけど、そんなときに限って、バッヂが光る。私は、一時間目の授業が終わるのを待って、カバンを持って人気のない、屋上に向かう階段の踊り場に走った。急いでタブレットを開いて、バッヂに話しかけた。
『美月か?』
「そうよ。でも、今、授業中なんだけど」
通信先の声は、お父さんからだった。宇宙刑事をしているお父さんからの通信でした。
『悪いな。だけど、緊急事態なんだ』
「どうしたの?」
『惑星が一つ爆発して、その欠片が隕石として、地球に落下する。それを地球に落ちる前に、破壊してほしい』
「ええぇっ!」
『お父さんからだと、間に合わないんだ。地球に落ちたら、大変なことになる。だから、その前に、処理してほしいんだ』
「そんなことできないよ」
『わたるならできる。だから、急いで向かってくれ。軌道は、美月のタブレットに送る。至急頼むぞ』
「ちょっと、お父さん・・・」
私は、思わず声が大きくなってしまった。でも、お父さんからの通信は、切れてしまった。
「もぅ・・・」
私は、盛大に溜息をつくと、タブレットを閉じてカバンに仕舞うと、お兄ちゃんの教室に向かった。
教室を覗くと、お兄ちゃんは、クラスの男子とおしゃべりしているところだった。
私は、三年生の教室だというのに、そんなこと構わずに、ズカズカと他人の教室に入っていくとお兄ちゃんの制服を摘まみ上げた。
「なんだよ、美月、ここは、三年の教室だぞ」
「いいから、ちょっと来て」
私は、無視してお兄ちゃんを引っ立てて廊下に出て行く。
「すみません、お兄ちゃんをお借りします」
私は、飛びっきりの笑顔で、三年生の男子に言いながら、軽く会釈すると、お兄ちゃんを廊下に連れ出した。
「離せよ、なんだよ、いきなり」
「お父さんから緊急事態の連絡が来たの」
「そんなの知らないよ」
「知らないじゃないでしょ。バッヂは、どうしたの? 光ってたでしょ」
「あっ、アレ・・・ 気が付かなかったよ」
私とお兄ちゃんは、常に胸にバッヂを付けているのに、見たらお兄ちゃんの胸にはついてなかった。
「ちょっと、バッヂは、どうしたの?」
「うるさいから、カバンに入れた」
「それじゃ、意味ないでしょ!」
「怒るなよ」
私の怒鳴り声が廊下に響いて、廊下を歩く生徒たちがこっちを見ている。
「とにかく、こっち来て」
「行くよ。わかったから、離せよ」
私は、それでも制服の袖を掴んで、屋上に上がって行った。
そこで、お父さんからの伝言を話した。
「わかった」
「わかったよ」
「わかったら、早くして」
「今から行くの?」
「緊急事態って言ったでしょ」
「次は、数学の授業なんだけどなぁ・・・」
「それどころじゃないでしょ。地球が壊れるかもしれないのよ」
「わかってるよ。行くよ。行けばいいんだろ」
「だったら、早く支度して」
私がきつめに言うと、お兄ちゃんも観念して、ブツブツ言いながらも用意を始めた。
まずは、ポケットからコピーロボットを取り出して鼻をチョンと触る。
すると、あっという間にコピーがお兄ちゃんに変身した。
「呼ばれて飛び出て、ジャジャジャジャ~ン」
「誰も呼んでない」
わたるくん、おはよう」
「おはようじゃない。後を頼むぞ」
「OK、こっちは、任せて」
「不安だなぁ・・・」
お兄ちゃんは、そう言いながら、バッヂのボタンを押して変身した。
マントを羽織って、仮面を被る。
「んじゃ、行ってくる」
「しっかりね、お兄ちゃん。地球の危機なんだから、もっと危機感を持ってね」
「わかった、わかった」
そう言うと、お兄ちゃんは、マントを翻して青空に向かって飛んで行った。
「さてと、コピーは、お兄ちゃんの代わりに教室に行って」
「了解です。それで、美月ちゃんは?」
「お兄ちゃんが心配だから、ここでフォローするわ」
「授業をサボっちゃ、先生に怒られるよ」
「地球のピンチなのよ、それどころじゃないでしょ」
「それもそうだ」
そう言って、コピーを教室に戻らせて、私はその場にスカートのまま座ってタブレットを開いた。
バッヂにはGPSが付いているのでお兄ちゃんの現在地がわかる。
赤い放物線を書きながら飛んでいるのがお兄ちゃんだった。
その反対側から、青い放物線がやってくる、それが隕石でした。
「お兄ちゃん、右に軌道修正して。そのままじゃ、隕石とすれ違っちゃうわよ」
私は、バッヂに話しかけた。
『了解』
お兄ちゃんの声が聞こえて、画面上のお兄ちゃんの位置が少し変わった。
このまま直進すれば、隕石と鉢合わせになる。どれほどの大きさかわからないけど、
お兄ちゃんのパンチなら、粉々に砕け散るだろう。後は、地球に落ちても、大気圏で燃え尽きるはずだ。
『おい、美月、隕石って、こんなにでかいのか?』
「大きいの?」
『大きいなんてもんじゃないぞ。これじゃ、俺のパンチでも、無理だぞ』
「無理でもなんでもやらなきゃ、地球が壊れるから、何とかやって」
『ムチャ言うなよ』
私は、タブレットのキーを叩きながら、宇宙からの衛星画像を検索した。
「うわっ、ホントにデカッ!」
画面に映ったのは、隕石どころか、ちょっと小さな惑星みたいだった。
こんなのどうやっても壊せない。でも、壊さないと、こんな大きいのが地球に激突したら大変なことになる。
「お兄ちゃん、がんばって!」
私は、無責任だけど、応援するしかできなかった。
果たして、無事に隕石は、破壊することができたのか??
その時、遥か彼方の空から小さな爆発音が聞こえました。
人間には聞こえないけど、私の耳には聞こえました。
タブレットを見ると、青いマークが消えていました。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
私は、何度も大きな声で話しかけました。
『聞こえてるよ。何とかしたよ』
「ありがとう、お兄ちゃん。ご苦労様」
『なにがご苦労だよ。並のご苦労とは、訳が違うぞ』
「わかってる、わかってる。お疲れ様」
何をどうしたのかはわからないけど、とにかく地球は無事らしい。
私は、ホッとして、タブレットを閉じて、教室に戻ることにした。
教室に戻ると、タイミングよく、二時間目の授業が終わるチャイムが鳴ったところだった。
私は、先生に見つからないように教室の後ろのドアから滑り込んだ。
「ちょっと、美月、どこに行ってたのよ?」
「ごめん、ごめん。歴史の授業って、つまんないから、サボって保健室で寝てた」
「まったく・・・」
隣の友だちが呆れていた。まさか、地球の危機を救っていたなんて言ってもだれも信用しないだろう。
その後は、静かな時間が流れた。午前中の授業が終わって、お昼休みになった。
私は、いつも仲良しの女の子たちと机を並べてお弁当を食べる。
「あぁ~、お腹すいた」
私は、そう言いながら、カバンの中からお弁当が入っている袋を取り出す。
そして、お弁当箱を取り出して、ふたを開けた。
「マジっ!」
私は、お弁当の中を見て、急いで蓋をする。
「どうしたの、食べないの?」
「ちょっと、食欲がないの。お昼はやめとくわ」
「なにを言ってんのよ。今、お腹が空いたって言ってたじゃない」
「そんなこと言ったっけ?」
私は、お弁当を抱えて教室を飛び出した。
お弁当の中は、カレーライスだったのだ。こんなお弁当をみんなの前で食べられるわけない。
これでも、私は、女の子だ。花も恥じらう女子高生だ。その女子高生のお弁当が、カレーライスだなんていくらなんでも恥ずかしすぎる。私は、お兄ちゃんの教室に飛び込んで、思いっきりカレーを頭からぶっかけて怒鳴りつけてやろうと思った。
ところが、お兄ちゃんの教室に入ると、お兄ちゃんが京子先輩と仲良くお弁当を食べていた。
当たり前だが、お兄ちゃんのお弁当もカレーライスだ。
「どうした、美月?」
「あら、美月ちゃん。今日の諸星くんのお弁当、カレーライスなのよ。おいしそうよね」
私は、そんな二人を見て、言葉が出なかった。
「美月の弁当も、カレーだったけど、食べなかったのか?」
「あら、美月ちゃんもカレーなの? いいわね、おいしそうで」
そう言って、ニコニコ笑っている京子先輩を見ると、一人で怒り狂っている自分がバカみたいだ。
「もう、いい!」
私は、そう言い残して教室を出て行った。
「なによ、あの態度。二人とも、どうかしてるんじゃないの」
私は、ブツブツ言いながら廊下を歩いて、購買部でパンを買って、屋上で一人で食べることにした。
とは言っても、なんだか一人で怒っているのが、バカバカしくなってきて、ため息をつくことしかできなかった。
「あぁ~ぁ、地球の平和を守るのって、やる気がなくなってきたなぁ」
これでも私も地球の平和を守っているつもりだ。それなのに、お弁当がカレーだったというだけで一人で怒っているなんて、ホントに自分はバカだなと思う。
結局、パンだけでは足りなくて、持っていたカレー弁当を食べた。
冷めていても、意外においしかった。
「後で、お兄ちゃんに謝ろうかな」
私は、冷えたカレーを食べながら、澄み切った青空に言ってみた。
授業が終わり、私は、陸上部の練習に久しぶりに顔を出した。
昼間のことは忘れて、練習に集中することにした。久しぶりにグランドを走って汗を流すのが気持ちよかった。
お兄ちゃんもグランドでサッカー部の練習をしている。確か、もうすぐ試合があると言ってたような・・・
私は、気分転換に、普段は走らない、長距離走の練習に混じった。
「短距離の美月が珍しいじゃない。どう言う心境の変化なの?」
「ちょっと、走って見たくなっただけ」
そう言って誤魔化しながら走った。私にとっては、長距離と言ってもたった5キロだ。普通に走っても、息が切れるわけもなく、トップを独走できる。
でも、それはしない。必死に走っている先輩たちの練習を邪魔するわけにはいかない。
私は、先輩たちの少し後ろを走っていた。その時だった。校庭の隅のフェンスの外から私を見ている人に気が付いた。
知らない人だ。男の人らしい。春になったばかりなのに、コートを着て帽子を深くかぶっている。
時期的にその服装は目立ちすぎる。しかも、私に向けた視線がきつい。
「誰だろう?」
私は、そう思いながらグランドを走り続けた。でも、もう一つ、その謎の人物は、お兄ちゃんも見ていた。
「私たちのことを知ってる人かもしれない。ということは、人間じゃないわね。まいったなぁ・・・
変なことに巻き込まれたくないんだけどなぁ・・・」
私は、そんな謎の視線を感じながら、イヤな予感を感じていてた。
そして、その予感は、見事に的中した。
練習が終わって、制服に着替えた私は、帰宅するために道を歩いていると、誰かが後ろからついてくるのがわかった。
これでも、宇宙人の血が流れているのだ。普通の人間より気配には敏感だ。
さっき、私たちを見ていた人に違いない。足音に気を付けながら後をついてくる。
ストーカーだったら、投げ飛ばして、ボコボコにしてやるつもりだけど、きっと、人間じゃないはずだ。
反撃されたら、負けるかもしれない。イヤイヤ、この私が、負けるはずがない。
これでも、私は、強い方だ。お兄ちゃんほどじゃないけど・・・
さて、どうするか。その角を曲がれば、すぐに自宅だ。よし、反対方向に曲がってみよう。
私は、右に曲がらず、左に曲がってみた。そして、すぐに走った。もちろん、全力で。人間だったら、私の足に付いてこられるはずがない。
角を曲がると同時に走った。その勢いのまま、ジャンプする。そこには、大きな桜の木があるので、満開の桜の木に飛び移り、満開のピンクの花びらに姿を隠した。
すると、思ったとおり、後についてきた謎の人物は、いきなり消えた私を探していた。
「何者かしら?」
私は、桜の木に足をついて立ち上がった。そして、桜の花びらを散らしながら、謎の人物の前に降り立った。
「うわっ!」
その人物は、驚いて声を上げるとそのまま尻もちをついて倒れた。
「アンタだれ? どうして、私の後を付けるの?」
私は、仁王立ちになって、腰に両手を置いて、謎の人物を見下ろした。
「・・・・・・」
「そう、口を割らないなら、言わせて見せるわ。その前に、顔を見せなさい」
私は、そう言って、被っている帽子に手をかけると、そのまま勢いよく脱がせた。
「えっ!」
今度は、私が驚く番だった。帽子の下からは、人間どころか、バケモノが顔を出していた。
お互いに固まったまま、時間が過ぎた。私もバケモノも声が出なかった。
「おい、美月、何してんだ?」
後ろからお兄ちゃんの声が聞こえて、止まっていた時間が動き出した。
「お兄ちゃん・・・」
「そいつ、誰?」
お兄ちゃんがその場に倒れているバケモノを見た。
「いいから、立て。お前、誰だ?」
「おいらは、河童だ」
「河童?」
「そうだ。おいらは、河童だ」
そう言うと、そのバケモノは、着ているコートを脱いだ。
すると、その下からは、見事に出っ張った白いお腹に下半身は藁で覆われ、全身緑色で、ところどころに黒い斑点があり、その両手両足には、水かきもついていた。
頭には大きな皿があり、黄色にクチバシに、クリクリの丸くて黒い目が光っている。
宇宙人を見慣れている私も、河童を見たのは、初めてだった。
「アンタ、妖怪だろ? 妖怪が、こんな人間の世界で、うろうろしてていいのか。捕まったら、どうなるかわかんないぞ」
お兄ちゃんは、こんな時でも落ち着いていた。そして、脱いだコートを河童に着せて、帽子をかぶせた。
「ありがとう」
「お礼なんていらないから、さっさと人間に見つかる前に帰れ」
すると、その河童は、その場に土下座をして、地面にお皿を付けながらこう言った。
「頼む。おいらたちを助けてくれ。アンタたちの噂を聞いて、ここまで来たんだ。だから、おいらたちを助けてくれ」
突然のことに、私もお兄ちゃんも顔を見合わせることしかできなかった。
「とにかくさ、こんなとこじゃ人目もあるし、話にならないから、ウチに来いよ」
「ちょっと、お兄ちゃん」
「しょうがないだろ。助けてくれって言うのに、追い返すわけにいかないだろ。話だけでも、聞いてやるよ」
「すまん、ありがとう」
そう言って、河童は、何度も頭を下げ続けた。
「立てるか」
そう言って、お兄ちゃんが言っても、河童はなかなか立とうとしなかった。
「お兄ちゃん、もしかして、お皿が乾いてるんじゃない?」
河童の弱点は、頭の皿だ。お皿が乾くと、力が出ないと、妖怪図鑑に書いてあるのを思い出した。
お兄ちゃんは、帽子を取ると、白い頭の皿に手を当てた。
「こりゃ、ダメだ。乾いちゃってるぜ」
そう言うと、お兄ちゃんは、カバンの中から飲みかけの水の入ったペットボトルを取り出して河童のお皿にかけてやった。すると、途端に河童が元気になってきた。
「あ、ありがとう」
「立てるか?」
すると、河童は、黙って頷くと静かに立ち上がった。それでも、まだ、足元がフラフラしている。
「ありがとう。ホントに、ありがとう・・・」
河童が泣いていた。ほとんど号泣という感じだった。
黒い目から滝のような涙が流れている。クチバシについている、小さな鼻の穴からも涙か鼻水かわからない液体が大量に流し続けていた。頭の皿に、残ったペットボトルの水をかけているお兄ちゃんに何度も頭を下げている。よほどうれしかったのか、それとも、苦しかったのか、河童は、そのまま泣き続けて、お礼を言っている。
私は、半分呆れて、付き合いきれないという感じだった。
お兄ちゃんは、そんな河童を連れて家に戻った。改めて、水道の水を頭の皿にかけて、タオルを貸してやった。
河童は、タオルで涙というか、鼻水というか、謎の液体を拭くと、改まって話を始めた。
「おいらたちは、奥多摩のそのまた奥のずっと奥の小さな沼で暮らしているんだ。
ところが、この前の台風と地震で山が崩れて、雪崩が起きた。そのために、沼が土砂で埋まってしまった。それどころか、大きな岩で沼を塞がれてしまった。おいらは、たまたま食料を探しに行って無事だったがおいらの家族はもちろん、他の河童たちが閉じ込められた。このままじゃ、死んじまうんだ。だから、おいらたちを助けてほしいんだ。お願いだから、おいらたちを助けてくれ。沼の中には、俺の家族だけじゃなくて、小さな子供や女たちもいるんだ。この通りだから、何とかしてくれ」
そう言って、何度も床に頭を付けて頼み続けた。
確かに、可哀想だけど、私たちにはどうすることもできない。
「ねぇ、お兄ちゃん、どうする? 可哀想だけど、私たちには・・・」
「わかった。俺が、助けてやる」
「ハイィィ?」
見ると、お兄ちゃんは、なぜか、河童の手を握って、同情したのか泣いている。
この手の話に弱いのが、お兄ちゃんの悪い癖なのだ。すぐに同情して泣いてしまう。
今までも、何度かそんなことで、騙されてひどい目にあったことがあった。
地球人に追われて助けてほしいと、逃げてきた宇宙人に泣いて頼まれて、引き受けたのはいいが実は、地球侵略の宇宙人で、危険な目にあったことがある。
他にも、人間のトンネル工事で眠りを邪魔された、地底怪獣を助けようとして、人間たちを説得しようとしたが実は、トンネル工事とは関係なく、地底怪獣が暴れたかっただけで、その時も危うく死にそうになったこともある。
お兄ちゃんは、お人好しで情にもろい。それは、いいことでもあるけど、その為に危険な目に合うことの方が多い。
そんなことには、まったく懲りてないお兄ちゃんなのだ。
「ちょっと、お兄ちゃん」
私は、河童をその場に残して、お兄ちゃんをキッチンの隅に連れて行った。
「あのさ、その話、本気にしてないよね?」
「なんでだよ。河童が、頭の皿を乾かしてまで、俺たちに頼みにきたんだぜ」
「だから、それは、嘘かもしれないでしょ」
「ホントだったら、どうするんだよ? 河童の子供が死ぬかもしれないんだぞ」
「そうかもしれないけど、私たちには、どうすることもできないでしょ」
「俺なら、その岩を退かすことくらいできるぞ」
「そうかもしれないけど、また、騙されるわよ」
「そんなことはない。河童というか、妖怪は嘘はつかない」
ダメだ・・・ 今のお兄ちゃんには、理屈が通じない。
私は、ガックリと肩を落とすしかなかった。
「とにかく、美月は、場所の特定と詳しい資料を集めてくれ」
「ハイハイ、もう、どうなっても、私は知らないからね」
「大丈夫だって」
そう言って、根拠のない自信で言うと、河童のいる部屋に戻って行った。
こうなったら、お兄ちゃんは止めることができない。私も諦めて部屋に戻った。
こうして、河童救出大作戦に、足を突っ込むことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます