兄は、見習いスーパーマン。

山本田口

第1話 お兄ちゃんと私。

「お兄ちゃん、そっち、違うわよ」

『えっ? どっちよ・・・』

「そっちは、北よ北。北海道に行っちゃうでしょ。逆よ、逆」

『わかった。引き返すよ』

「わかってるの。静岡に行くのよ、間に合わないじゃない」

『ごめん、ごめん。ダッシュで行くから、ナビしてくれよ』

「ハイハイ、それじゃ、急いでよ。富士山の麓でがけ崩れがあって、人が巻き込まれてるから時間がないのよ」

 私は、学校の屋上で、一人タブレットを見ながら、通信バッヂでお兄ちゃんに指示をします。

そんな私は、諸星美月。花の高校二年生の女の子です。

そして、今、話しているのは、一つ年上のお兄ちゃんで、名前は、諸星わたると言います。

 ちなみに、私の家族は、父と母とお兄ちゃんと私の四人家族です。

でも、ウチは、普通の家族ではありません。かなり、複雑なのです。

そこから話を始めるので、長くなるけど聞いてください。


 私が高校一年生に上がった時、お父さんから衝撃の事実を聞かされました。

その時のことは、一生忘れることができない、電撃的な信じられない話でした。

「美月、お父さんはな、実は、宇宙人なんだ」

 こんな一言をあっさりとカミングアウトしたのです。

もちろん、この頃の私は、高校生になったばかりで、子供だったとはいえ、一般常識くらいは知ってます。

そんなぶっ飛んだ話を父親から聞かされて、信じるほど、私も子供ではありません。

お兄ちゃんもそうです。その時は、笑って信じませんでした。

 そんな私たちの前で、お父さんは、なんと、ホントに変身して見せたのです。

その横で、お母さんは、目をキラキラさせて、お父さんを見ていたのです。

 銀色に輝く身体。真っ赤なライン。金色に光る大きな目。

私もお兄ちゃんも、笑うのも忘れて、目は点になるわ、口は開けたままになるわ、大変でした。

それなのに、お母さんは、誇らしげにその姿に見とれていたのです。

「あなた、素敵よ。その姿を見たのは、久しぶりだけど、何度見ても素敵だわ」

 なんだその夫婦の会話は・・・ 子供の私から見ても、全然話にならない。

そして、お父さんは、カミングアウトでは済まないような、ぶっ飛んだ信じられない話を始めました。


 私のお父さんは、宇宙警察から地球を守るために派遣された、宇宙刑事でした。

私たちが生まれるよりも前に地球にやってきて、悪い宇宙人や巨大怪獣と戦って

地球を守ってきたのです。その時、知り合ったのが、お母さんでした。

 地球の平和を守る正義のヒーローを陰から支えたお母さんは、後に愛し合って結婚して私たちが生まれたということでした。

 もちろん、私たちが生まれる前の話なので、お父さんの活躍は知りません。

でも、おじさんやおばさんなど、中年以上の人たちにとっては、伝説の正義のヒーローとして今も語り継がれていました。それでも、私たちのような若い人たちには、イマイチ、ピンときません。

まして、自分の父親が、伝説のヒーローなんて、ぶっちゃけられても、すぐには信じられませんでした。

 そんなお父さんが、言いました。

「お父さんは、これから、M68星雲に行かねばならない。お前たちを連れて行くことはできないので一人で行ってくる。要するに単身赴任だな」

 イヤイヤ、なにを言ってるんだ、お父さんは・・・

地方に単身赴任するような話ではない。新幹線や飛行機で行けるような場所でもない。

宇宙なんだ。遠すぎる。そんなレベルの話じゃない。単身赴任にもほどがある。

「あたしは大丈夫だから、あなた、がんばって、体に気を付けてくださいね」

「ありがとう。しばらく留守にするけど、子供たちのことを頼む」

 ウチの両親は、良くも悪くも万年ラブラブ夫婦で、子供の前でも平気でキスをしたり抱き合ったりする。年頃の娘としては、見ていられないのだ。

 そんな話はともかく、どこだか知らない遠い星に単身赴任て、宇宙警察って、

どんな会社だ・・・

思春期真っ只中の兄妹がいる家庭のことなど、お構いなしに単身赴任て、パワハラにもほどがある。

 ちなみに、お母さんは、ものすごく頭がいい人で、女性初の警視庁の捜査一課長なのです。

宇宙刑事と警視庁の偉い人という組み合わせは、きっと、宇宙最強コンビというか、

最強の夫婦だと思う。

 だからというわけではないけど、私もお兄ちゃんも、小さい頃から、運動神経は誰よりも抜きんでて何をやっても優秀で、スポーツ万能でした。

また、頭もよくて、成績も優秀で、常に学年の上位にランクされていました。

それもこれも、きっと、この夫婦の間に生まれたからなんだと、その話を聞いて納得しました。

 そんなお父さんが、またしても驚くことを言ったのです。

「お父さんは、地球を留守にするから、その間、地球の平和を守るのは、わたるに

やってもらう」

 イヤイヤ、いくらスーパーヒーローの血を引くとはいえ高校生です。

巨大化できるわけでもなく、超能力もないお兄ちゃんに出来るわけがない。

むしろ、私の方が適していると思う。

なのに、お父さんは、私がヒーローになることには大反対でした。

「女の子にそんな危ないことをさせるわけにはいかない。嫁入り前の娘の顔にキズでも付いたらどうするんだ」

 と、きつく反対されました。宇宙人なのに、地球人の父親みたいなことを言うので、目が点になりました。

そんなこんなで、結局、お父さんの跡を継いで、地球を守る正義のヒーローにお兄ちゃんがなったのです。

 そんなお兄ちゃんにお父さんがプレゼントをしました。

まずは、変身バッヂです。これを胸に付けてスイッチを入れると、一瞬にして、強化スーツに変身します。

青いスーツに赤いパンツ。胸にMの字が入った、なんだかスーパーマンみたいな姿でした。

そして、正体を隠すための強化マスクです。ヒーローは、素顔は秘密。正体は、知られてはいけないらしい。

洗面器のようなマスクを被ると、目しか見えません。口から下は、そのままです。

それと、真っ赤なマントです。マントを羽織ると、空を自由に飛ぶことができます。

空をマッハ1で飛び回り、百万馬力で、象なんて片手で持ちあげられます。

バッヂを咥えれば、酸素がない海の中でも地中深くでも、宇宙空間でも大丈夫という

便利なバッヂでした。これは、通信バッヂでもあり、中にGPSが組み込まれていました。


 てなわけで、お兄ちゃんは、見習いスーパーマンになったのです。

肝心の私はというと、お兄ちゃんをフォローする役目になりました。

なんか、納得いかないけど、おっちょこちょいで、慌てん坊で、方向音痴のお兄ちゃんをフォローできるのは、私しかいないと、渋々納得しました。

 そんな私には、お兄ちゃんをフォローするための、タブレットをくれました。

地球の情報だけでなく、宇宙の通信衛星から直接電波を受けて、お兄ちゃんの位置はもちろん、あらゆる情報が入ってくる、これはこれで便利な機械でした。

 そして、一番うれしかったのは、ブレンダーです。

見た目は、シベリアンハスキーの姿をした、可愛い大きな犬です。

でも、実は、サイボーグで、私の指示で、小型ジェット機に変身可能です。

口から小型ミサイルも出るし、噛みつけば鉄でも真っ二つ。目からレーザー光線も出れば、通信用のビデオカメラにもなる。普段は、ハスキー犬として、私のペットというより私の用心棒のように、いつもいっしょです。

仕事で忙しくて、滅多に帰宅しないお母さんがいなくても、ちっとも寂しくありませんでした。

 お父さんは、宇宙の平和を。お母さんは、市民の平和と安全を守る、正義の味方なのです。

そして、お兄ちゃんは、そんな見習いヒーローです。お兄ちゃんが、一人前のヒーローになれるように補佐するのが、私の役目という感じです。

 そうそう、お父さんは、私たちにこんなことも言いました。

「お前たちは、まだ学生なんだから、学業が最優先。勉強をおろそかにしてはいけないよ」

 そうは言っても、毎日、どこかで事件が起きてます。

お兄ちゃんの出番は、毎日のようにあって、学校どころではありません。

 そこで、お父さんは、お兄ちゃんにとっておきの贈り物をしました。

それが『コピーロボット』でした。見た目は、真っ白な顔も何もない、小さな縫いぐるみです。顔らしいところに、赤い鼻のようなスイッチがあります。

それを押すと、自分に変身するのです。まさしく、自分のコピーができるのです。

 事件が起きたら、コピーに授業をさせて、本物のお兄ちゃんは、事件に向かう。

それなら、ちゃんと勉強ができるし、学校を休まなくてもいい。

ものすごく便利なもので、私も欲しかった。そして、事件から戻ってきたら、

コピーと記憶を共有すれば、その日一日なにがあったのか、どんな勉強をしたのかもわかるという仕組みでした。

 そんなわけで、お父さんは、宇宙の彼方に行ってしまってから、もうすぐ一年になります。

ほとんどお兄ちゃんとの二人暮らしでした。ブレンダーもいるし、学校の友だちもいるし、私は、得に寂しくないし、楽しい毎日を過ごしていました。


 そんな時、ある事件がタブレットに情報として入ってきました。

静岡県の海の近くで、船が転覆して、船員が海に投げ出されたという話でした。

海上自衛隊や地元の漁師たちが捜索を初めても、発見されないということで、

お兄ちゃんの出番ということになりました。

 私は、授業を抜け出して、学校の屋上で一人、タブレットを開いて、通信バッヂを通じてお兄ちゃんに指示を出します。

時間はかかったけど、なんとか、無事に海中の船員を救助することに成功しました。

 これまでにも、お兄ちゃんは、自衛隊でも時間がかかるような事件をいくつも解決してきました。

がけ崩れの下敷きになった人たちを助けたり、脱線した新幹線を元に戻したり、

ハイジャック事件を解決するなど、いろいろなことをしてきました。

 お父さんが言うには、昔のような、侵略宇宙人や巨大怪獣と戦うようなことはなく、むしろ、自然災害のが活躍する場面が多いらしい。

もちろん、地球は、常に宇宙人からの侵略の魔の手から狙われているのも事実です。

でも、今では、怪獣を使って町を破壊するようなことはせず、ゲリラ的に地下に潜って、少しずつ侵略している頭脳戦のが多いとのこと。

その時も、お兄ちゃんは、そんな宇宙人に対して、戦うのではなく

説得したり、話し合ったりして、派手な決闘などはせずに解決してきました。

 そんなお兄ちゃんのことを、この国の人たちは、スーパーマンと呼んでいます。

もちろん、素顔は秘密で、仮面のヒーローとして有名になっていました。

まさか、高校生だとは、誰も思わないでしょう。その陰にいるのが、女子高生の私というのも知ってる人は、誰もいません。

「結局、全部、お兄ちゃんにいいとこだけ持って行かれるのよね」

 私は、独り言のように愚痴ると、タブレットをカバンに仕舞って、屋上を後にしました。教室に戻ると、ちょうど、昼休みになったところでした。

午前中の二時間目と三時間目の授業は、サボったので、後で先生に怒られるかも・・・ だから、私もコピーが欲しかったのに・・・

 そんなことを思いながら教室に入ると、仲良しの友だちが寄ってきました。 

「どこに行ってたのよ?」

「面倒だから、サボってお昼寝してきたの」

「バレたら、先生に怒られるわよ」

「その時は、その時よ」

 私は、そう言って、カバンからお弁当を出した。お兄ちゃんのことがあったから、お腹が空いたのだ。

ちなみに、ウチでは、お兄ちゃんと二人暮らしみたいなもんだから、食事当番は、お兄ちゃんと交代でした。

「また、のり弁? 今日は、お兄さんの当番なのね」

 お弁当の蓋を開けて、真っ黒な海苔と玉子焼きに焼き鮭だけの、どう見ても、女子のお弁当ではありません。私は、恥ずかしくなってふたを閉めてしまいました。

「いいじゃない、おいしそうよ」

「そうよ、せっかく、お兄さんが作ってくれたのに、食べなきゃ悪いわよ」

 そう言われても、素直に蓋を開けて食べることができませんでした。

妹に恥をかかせて、後で、文句を言ってやろうと、心に誓いました。

 

 お兄ちゃんは、サッカー部で、私は、陸上部に所属していました。

当然ながら、お兄ちゃんは、スポーツ万能なので、エースストライカーです。

お母さんに似たのか、顔もそこそこいいので、女子に人気があって、モテモテなのです。だから、当たり前のように、彼女がいました。

同じクラスの女の子で、私の先輩の、一ノ瀬京子さんという可愛い女の子でした。

どちらかというと、おとなしい感じで、地味な感じがしたけど、そこが好きになったらしくお兄ちゃんから告白して、見事にお付き合いするとなりました。

 彼女は、運動はイマイチだけど、頭がよくて、成績は、お兄ちゃんより上でした。

なので、ときどき、ウチにきて、勉強したりして、お母さんからの評判もいい。

 それに引き換え、私は、陸上部の短距離のエースだというのに、男子からはまったくモテない。

足が早くて成績がいいとなると、男子が寄りつかない。

ちなみに、顔は、美人とは言わないけど、まあまあだと自分では思っている。

何事につけて、お兄ちゃんと格差を感じて、引け目を感じている。

そんなお兄ちゃんをフォローしているのは、私なのに・・・

 そんなことを思いながら、部活を終えて帰ろうとすると、私より先にお兄ちゃんと彼女が並んで歩いているのが見えました。なんだか、ちょっと悔しくなった。

こんな時は、ブレンダーと空の散歩でもしようかと思いながら歩いていると、

胸のバッヂが光りました。

「また、事件? こんな時に、もう・・・」

 私は、無視して歩きました。でも、バッヂは、光り続けています。

当然、お兄ちゃんの胸に付いてるバッヂも光っているはずだから、事件なのがわかるはずです。

それなのに、知らん顔して、彼女と歩いているのが、無性に腹が立ってきました。

 私は、早足でお兄ちゃんたちに追いつくと、ちょっと強めに言いました。

「お兄ちゃん、わかってるわよね」

「お、おい、美月、いきなりなんだよ」

「あら、美月ちゃん」

 私は、彼女を無視して、お兄ちゃんに言いました。

「なんだよじゃないでしょ。わかってるでしょ」

「なにが?」

 私は、お兄ちゃんを胸を見ると、付いているはずのバッヂが付いていませんでした。

「ちょっと、お兄ちゃん、バッヂは?」

「アレ、ポケットに入れてあるよ」

 そう言って、ズボンのポケットから出して見せました。当然、光っています。

「うわっ、マジかよ」

「マジよ」

「まいったなぁ・・・」

「どうするの?」

「今日は、疲れたからやめよう」

「ハァ? いいの、そんなこと言って・・・」

「だって、ほら、わかるだろ」

 言いたいことはわかる。今は、彼女と帰っているところだってことは、見ればわかる。きっと、この後、どっか二人で寄り道して、楽しいおしゃべりでもするつもりだったのだろう。別に、邪魔するわけじゃない。でも、これは、正義のヒーローとして、無視していいはずがない。

 私は、チラッと、彼女の方を見てから、お兄ちゃんに言いました。

「わかったわよ。でもね、後になって、なんかあっても、私は知らないからね」

 私は、そう言って、お兄ちゃんたちを追い抜いて帰りました。

「あの、美月ちゃん・・・」

「ハイ?」

「あの、諸星くんになんか急用なの?」

「そんなことないわよ」

 私は、彼女にそう言ったけど、顔は、だいぶ引きつっている感じが自分でもわかりました。

「あたしの方は、明日でもいいのよ」

「大丈夫よ。急用なんかじゃないから」

 私は、そう言って、彼女に一礼して足早にかけていきました。

家までは、走れば十分とかからない。とりあえず、急いで帰って、情報を集めないと思いました。バッヂが光っているということは、かなり緊急事件だと思う。

「ただいま」

 私は、靴を脱ぐのもどかしく玄関のドアを開けて中に入りました。

「ワンワン」

「ブレンダー、ただいま。悪いけど、事件だから、遊ぶのはあとでね」

 出迎えてくれた、犬のブレンダーに言うと、制服のままキッチンのテーブルに座ると鞄からタブレットを出して起動させました。

 スイッチを入れると、事件が起きている場所が地図上に出ました。

「あら、東京都内じゃない」

 思わずつぶやくと、私のスマホが鳴りました。

こんな時にと思いながら出ると、お母さんからでした。

「もしもし、美月よ」

『よかった。お兄ちゃんいる?』

 なにやら、切羽詰まった声が聞こえる。これは、ひょっとして、ひょっとするぞ。

悪い予感しかしない。私の、こんな時の感は、当たるのだ。

「まだ、帰ってないけど」

『困ったわね・・・』

「どうしたの?」

『強盗犯が、喫茶店に立て籠っているのよ。何とかならないかしら?』

 そう言うことか。これが、事件かと思うと、盛大にため息を漏らしました。

「お兄ちゃんは、まだ、帰ってないから、わかんないわ」

『どうしようかしら。人質がいるのよね』

 そりゃ、大変だ。一大事だ。人質に万が一のことがあったら、警察の大失態だ。

捜査一課長のお母さんにとっては、大失敗の巻だ。

お母さんのことを思うと、何とかしてあげたかった。

と言っても、私じゃどうすることもできないし、ブレンダーだとむしろ騒ぎが大きくなる。 私が返事に困っていると、玄関のドアが開いた。

「ただいま」

「お兄ちゃん!」

 そこに、お兄ちゃんが帰ってきました。

『もしもし、どうしたの? お兄ちゃん、帰ってきたの」

 お母さんの声がスマホから聞こえる。

「ちょっと待って、お兄ちゃんが帰ってきたから」

『よかったわ。至急、出動するように言ってくれないかしら。情報は、美月のタブレットに送るから、後お願いね』

 そう言って、スマホは一方的に切れてしまった。

お兄ちゃんの慌てん坊でおっちょこちょいの性格は、母親似らしい。

なにも詳しい話をしないで、電話を切るなんて、これじゃ話にならない。

 すると、私のタブレットにお母さんからメールが来た。

私は、それを開きながら、お兄ちゃんに聞いた。

「京子先輩は、どうしたの?」

「誤魔化して、帰ってもらった」

「いいの?」

「しょうがないだろ」

「コピーを使えばいいのに」

「イヤだよ。コピーが彼女と仲良くしているなんて、我慢できない」

「コピーだって、お兄ちゃんでしょ」

「断じて違う。コピーは、コピーで、俺は俺なの」

「ハイハイ」

 無駄な会話を切り上げて、メールを読み上げた。

昼間に宝石店に強盗が入った。その犯人は、逃げたものの、パトロール中の警官に職務質問を受けて、慌てて逃げた。追いかけられた犯人は、たまたま通りすがりの喫茶店に入って、客二人と店員を人質にして、立て籠もった。 

「こういうことみたいよ。都内だから、すぐでしょ。大丈夫、お兄ちゃん」

「簡単だよ」

 私は、喫茶店の内部を図面にしてお兄ちゃんに見せた。

「それじゃ、さっさと片付けるか」

 お兄ちゃんは、早速、変身バッヂのスイッチを入れた。

一瞬にして、制服姿から、胸にMの字が書かれた、青と赤のコスプレ姿に変身する。

マントを羽織って、マスクを被れば、準備OKです。

「ブレンダー、行くわよ。ジェットモード、チェンジ」

「ワォ~ン」

 私は、ブレンダーを呼んで、一人乗りの小型ジェット機に変身させる。

私の掛け声で、ハスキー犬の姿から、あっという間に大変身。

両手が横に伸びてハンドルに変形する。後ろ足が翼に変化し、シッポが尾翼になる。

顔が細長く流線形になって、後頭部に私のタブレットを取り付ければ、ナビになる。

フサフサの体毛がきれいになくなり代わりに空気抵抗をなくすようにツルツルになる。ホバークラフトの要領で、空を飛ぶことができるのだ。

私は、ブレンダーの背中に跨ると、こちらも出動準備OKです。

「美月も行くの?」

「当り前でしょ。お兄ちゃんだけじゃ、心配だもん」

「だからって、なにも、ブレンダーで行くことないだろ。余計目立つだろ」

「いいの。あたしは、ブレンダーで行くの。お兄ちゃんの背中に乗る方が、危ないもん」

 私は、そう言って、ブレンダーの背中に乗ったまま、ドアを開けて庭に出る。

「お兄ちゃんも早くして。暗くならないうちに片付けないと」

「わかってるよ」

「お兄ちゃん、ドア閉めて。泥棒が入ったらどうするのよ」

「ハイハイ」

 正義のヒーローらしくない、生活感満載の会話をしながら、私とお兄ちゃんは、庭に出ました。

「それじゃ、行くわよ。ブレンダー、出発!」

 そう言うと、ブレンダーは、一気に空高く飛び立った。

「場所はわかるわね」

「ワオォ~ン」

「よしよし、ブレンダーは、いい子ね。んじゃ、行くわよ」

 私は、ハンドルを握ると、アクセルを全開にした。運転方法は、バイクと同じだ。

「お兄ちゃ~ン、なにしてるの・・・ 置いて行くわよ」

「ったく、オテンバ娘なんだから」

「なんか、言った?」

「別に・・・」

 言いながら、マントを翻して、私の隣に飛んできた。

お兄ちゃんは、マントをヒラヒラさせて、私は、少し長めの髪を風になびかせながら、目的地に向かった。

私は、ナビを見ながら目的地まで飛んだ。都内だし、ウチからも近いので、すぐに着くだろう。

 ちなみに、ブレンダーは、時速100キロで空を飛べるので、お兄ちゃんの空飛ぶマントには、遠く及ばない。

だから、方向音痴のお兄ちゃんは、私に並ぶように、速度を抑えて飛んでいる。

「母さんは、大丈夫かな?」

「今のところ、膠着状態みたい。様子を見てるんじゃないの」

 私は、タブレットを注意しながら言いました。空を飛びながら会話ができるのって、きっと、私たちだけだと思う。毎回、そんなことを思うと、なんだかおかしくなる。てゆーか、緊張感が、まったくない。いつもこんな調子なのだ。


 そんなことを空中を飛びながら話していると、現場に到着した。

空から下を見ると、警察車両がたくさん並んで、警官も数も多い。

機動隊らしい人たちもいるし、マスコミの車も見えた。そして、野次馬の数が数えきれないくらい確認できた。

「お母さん、大変ね」

「そりゃ、そうだろ。人質を取って、立て籠もってるんだから」

「あのビルの裏手に降りようか」

 私は、喫茶店が入っているビルの裏側を指さした。

「それじゃ、目立たないように、急降下するぞ」

「あのね、目立たないようにって、それは、無理でしょ」

「いいから、さっさと行くぞ」

「ハイハイ」

 のんきな会話をしながら私たちは、ビルの裏に向かって高度を下げた。

路地裏に着陸すると、ブレンダーを元のハスキー犬の姿に戻る。

「お母さんに連絡するから、ちょっと待ってて」

 私は、すぐにスマホでお母さんに電話した。

『もしもし』

「お母さん、美月よ。今、お兄ちゃんとビルの裏にいるけど、中の様子はどんな感じ?」

『長引きそうなのよ。今、説得してるけど、返事がなくて困ってるの』

「それじゃ、突入しちゃっていいかしら?」

『頼むわ。早くしないと、人質が心配だから、さっさとやっちゃって』

「ハ~イ」

 私は、人質立て籠もり事件とは思えないような、軽い返事をして、電話を切りました。

「お兄ちゃん、中の様子はどう?」

「見てみるよ」

 そう言うと、お兄ちゃんの目が光った。ドアや壁くらいなら、透きとおって中が見える、透視能力がある。

私にも、そんな超能力があればなぁと、いつもお兄ちゃんが羨ましい。

「ちょっと、興奮してるみたいだな。早くしないと、危ないかも」

「それじゃ、ブレンダーに先に行かせるから、その隙に、お兄ちゃんは中に入って、人質を助けて」

「わかった」

 作戦はこうだ。まずは、ブレンダーを先に中に入れる。犬の声に驚いた犯人に隙ができる。その隙に、お兄ちゃんが突入して、人質を助ける。その後、犯人をシバき倒して、喫茶店から追い出して警官たちが捕まえれば、お母さんの手柄になる。

「それじゃ、行くわよ。ブレンダー、頼むわよ」

「ワン」

「声が大きい! 今は、静かにして」

 私は、ブレンダーの口を両手でギュッと掴んだ。

「ドアは開く?」

「鍵がかかってるね」

「構わないから、壊していいんじゃない」

「いいのかよ?」

「しょうがないじゃん。そうしないと、中に入れないもん」

「それもそうだな」

 またしても中身のない会話をする私たちである。

お兄ちゃんは、ドアノブを握ると、一瞬にして握りつぶした。相変わらず、

バカ力だ。

そして、そっとドアを開けた。

「ブレンダー、頼むわよ。行け!」

「ワン」

 今度は、小さく鳴くと、ゆっくり中に入っていった。

「ブレンダー、今は、小さくなくていいのよ」

 私は、小声でブレンダーに言った。ブレンダーは、私の声に、一度振り向くと、今度は、大きな声で鳴いた。

「ワオォ~ン!」

 中から、ブレンダーの声が聞こえたかと思うと、思いっきり大きな物音がした。

テーブルがひっくり返ったり、椅子が壊れたり、犯人らしい人の叫び声も聞こえた。

「それじゃ、行ってくる」

「気を付けてよ」

 そう言うと、お兄ちゃんは、ドアを蹴破って中に突入した。

それからは、ものすごい音と人の叫び声と、人質らしい人たちの助けを呼ぶ声が聞こえた。思わず耳を塞ぎたくなるほどだった。

 でも、それは、ほんの数分で終わった。すぐに静かになると、逆に外がうるさくなった。

「ハイよ、お待たせ」

「終わったの?」

「この程度、朝飯前だよ」

 お兄ちゃんは、両手をパンパン叩きながら帰ってきた。

「誰にも見られてない?」

「そりゃ、犯人と人質には、バッチリ見られたさ」

「それは仕方ないけど、他には?」

「心配ない」

「それじゃ、帰ろうか。お腹も減ったし・・・」

「そうだな」

 凶悪事件にもかかわらず、私たちは、いたってのん気だった。

ブレンダーの大きな体が中から出てきた。

「お疲れ、ブレンダー。よくやったわね」

「ワンワン」

 私は、ブレンダーを抱いて、体や頭を優しく撫でて褒めた。

ブレンダーは、大きなシッポを左右に千切れるくらいにブンブン振ってる。

「それじゃ、さっさと帰るぜ」

 そう言うと、お兄ちゃんは、早くもマントを翻して空に飛び上がっていった。

「ちょっと、待ってよ、お兄ちゃん。ブレンダー、ジェットモード、チェンジ」

「ワオォ~ン」

 私は、急いでブレンダーに跨ると、お兄ちゃんの後を追った。

急速上昇するので、私は、注意しながら頭を低くする。

「遅いぞ、美月。先に行くからな」

 お兄ちゃんは、そう言って、マントを翻して、家とは逆の方向に飛んで行った。

「お兄ちゃ~ん、どこ行くの? そっち、逆よぉ~」

 私は、大声で叫んでみたけど、お兄ちゃんには聞こえないようで、ドンドン家とは逆の方に飛んで行ってしまった。

「まったくもぅ・・・ まぁ、いいか。そのウチ、気が付いたら、戻ってくるでしょ」

 私は、そう呟くと、アクセルを全開にして、お兄ちゃんとは逆の方に飛んで行った。途中で、お母さんから連絡がきた。

『もしもし、美月?』

「ハイハイ、美月よ」

『ありがとね。無事に事件は解決、人質も無傷で救出できたし、犯人も確保できたわ』

「どういたしまして」

『お兄ちゃんにも、ありがとって言っといてね』

「わかってるけど、一人で違う方に飛んでっちゃったから、帰ってきたら言っとくわ」

『また、あの子ったら・・・ まぁ、いいわ。とにかく、ありがとね』

 そう言って、電話は切れると、お兄ちゃんがものすごいスピードで戻ってきた。

「おい、美月。逆なら、逆って言えよ」

「言ったじゃない。聞こえないのが悪いのよ」

「途中でおかしいと思って、引き返してきたんだぞ」

「普通、気が付くでしょ」

 私は、呆れながらお兄ちゃんとウチに帰って行きました。

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