第9話 思ってもいなかった提案



 部屋に入って来た男性の美しさに目を奪われ、私は間抜けなことに口をあんぐりと開いた。



 短く切り揃えられた艶やかな黒髪、ヴィクトールと同じルビーのような瞳――この世の美しいものをすべて集めたような男性が、シュヴァルツ公爵だった。



「おい」



 不機嫌そうなヴィクトールの声で、ハッと我に返る。



「な、何っ?」



「父上の顔を見て、何をぼんやりしているんだ」



「してないわよっ! 変なこと言わないでよっ!」



 陰で言うのならまだしも、本人を目の前にして「とっても綺麗な顔なので、見惚れちゃった!」なんて、恥ずかしくて言えないでしょ! しかも敵対している家同士なんだから!



「……君が、アメリア嬢?」



 うわぁぁぁ~……! 声までいい! 色気があって、クラクラしちゃう。ヴィクトールも成長したら、こんな声になるのかな!?



「は、はいっ」



 ヴィクトールは声が翻った私をじっとりと睨んでいる。



 な、何よ。父親をそんな目で見るなってこと? でも、これは仕方ないでしょ! 誰だって見惚れちゃうし、聞き惚れちゃうから! どんな聖人だったとしても、そうなるから!



「初めまして、私はシュヴァルツ公爵家当主のディートリッヒだ。息子を守ってくれて本当にありがとう」



 まさか、お礼を言われるとは思っていなかった。



「い、いえ、そんな……元はと言えば、私の父がヴィク……いえ、公子を誘拐したのが原因ですから」



「それでもキミには、息子を放っておくという選択肢があった。それなのにキミは、傷付きながらもヴィクトールの面倒をみて、助け出してくれた。ありがとう。アメリア嬢」



「……っ……い、いえ……そんな……」



 顔が熱くて、胸の中がホワホワして、変な感覚だ。


 シュヴァルツ公爵は、私の頭をポンと撫でる。



 ひゃ~~! あ、頭、撫でられちゃった!



「お父様、女性の身体を気軽に触れるのはどうかと思いますが」



 ヴィクトールに指摘され、シュヴァルツ公爵がパッと手を離す。



「女性って……子供の頭を撫でているだけだぞ」



 うぅん! 子供扱いされるの、最高~……もっと撫でて欲しい!



「俺と同じ歳なのですから、立派な女性です」



 まだ十二歳なのに大人ぶっちゃって。でも、本当は自分が撫でて貰いたいんでしょ? ふふ、ヴィクトールったらかーわーいーいー♡♡♡私が撫でてあげたい!



「お、おい、なんのつもりだ」



「えっ? あっ」



 撫でてあげたいと思っていたら、実際に撫でていた。サラサラで、フワフワで最高の手触りだ。



「ごめん、ごめん」



 私じゃなくて、お父さんに撫でて貰いたかったのよね。うんうん、わかってるって。



 パチッとウィンクしたら、ヴィクトールが頬を赤らめる。



 自分の気持ちを見透かされて恥ずかしいのかしら。本当に可愛いわ。



「ヴィクトールから聞いたよ。ヴォルフ公爵家を出て、隣国へ行こうとしていたそうだね」



「はい、隣国では十二歳から働けるそうなので。ですが、逃げてくる最中に財産を失ってしまいまして……」



 本当にこれからどうしよう。そもそもシュヴァルツ公爵家から無事に脱出できるのかしら。



「聞いたよ。息子を助けるために、持っていた宝石を追っ手に投げつけてくれたそうだね」



 息子のためにありがとう。弁償しよう。なんて流れにならないか、ちょっと期待してしまう。



「アメリア嬢、確かに隣国では十二歳から働くことができる。だが、子供一人が生活していけるだけの金額は稼げないし、物価は高い。仮に家を借りることができても、十二歳の経済力で借りられる場所は治安が悪い。隣国は治安の良し悪しが場所によっては極端なんだ」



「えっ……そ、そうなんですね?」



「もし、持っていた宝石を売っていたとしても、治安の良い場所は審査が厳しいんだ。その歳では、保証人なしで貸しては貰えないだろう。ヴォルフ公爵家の名は隣国にも知られているから、素性を口にすれば貸して貰える可能性はあるが、ヴォルフ公爵に住居を突き止められることは間違いない。そうなれば、ヴィクトールを逃がしたキミをヴォルフ公爵が放っておくわけがないと思わないか?」



「は、はい……」



 リサーチ不足だったわ。お金さえあれば貸して貰えると思っていたけど、よく考えたら、前世で物件を借りる時だって、良いところに住もうとすれば簡単にはいかないらしいものね。



 は~……どうして、もっと前に気付かなかったのかしら。



「かと言って治安の悪い場所に住めば、キミのように美しい少女は簡単に攫われて、酷い目に遭わされることだろう」



 ああ、美しいって罪なのね……。



 頬を押さえてため息を吐くと、ヴィクトールが何か言いたそうな顔をして私を見ている。



 何よ。私の心でも読んでるわけ? 本当に美しいんだから、仕方ないじゃないっ!



「そこで、一つ提案がある」



「提案……ですか?」



「成人するまで、我が家に身を置いてはどうだ?」



「えっ!? 身を置くって……」



「キミが一人で生きていけるようになるまで、我が家で暮らせばいい。もちろん、その力が付くように協力は惜しまないつもりだ」



 そんなありがたいことってある……!?



「で、でも、お父様は、そんなことをお許しになるわけ……」



「ヴォルフ公爵には、もちろん内緒だ。キミは世間的には、行方不明扱いとなる。だが、それは一時的なものだ。頃合いを見て、キミが生きていることを公表すればいい。そのタイミングは私に任せて欲しい。どうだろう」



「それは……」



 願ってもみないことだけど、でも、こんな都合のいいことがある?



「アメリア、だから言っただろ? 俺を信じろって」



 ヴィクトールがにっこりと笑ってみせる。


 なるほど、こういうことだったのね。


 私には選択肢はない。戻る家もなければお金もないし、まだ子供だ。



「あの、じゃあ、お世話になってもいいでしょうか……」



「ああ、もちろんだ。歓迎するよ」



 シュヴァルツ公爵は柔らかく微笑むと、私の頭に手を伸ばした……けれど、途中でひっこめた。


 ヴィクトールが余計なことを言うから、撫でて貰えなかったわ。



「よかったな。アメリア」



「うん、ありがとう」



 シュヴァルツ公爵は、少し話しただけでも、人格者ということがわかる。



 でも、悪政を行う王の片棒を担いでいて、将来はヴィクトールに殺されてしまうのよね。どうしてこんな人が、王の言いなりになるのかしら。



「父上、ありがとうございます」



 ヴィクトールはキラキラした目で、シュヴァルツ公爵を見ている。彼も息子に慈愛の満ちた目を向けている。



 こんなに仲がいいのに、いずれは敵対してしまうの? そんなの悲しい。



 今回原作の流れを変えたみたいに、二人の関係も変えられたりできないのかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたし、宿敵一族に溺愛されています!? 七福 さゆり @7fukusayuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ