第8話 約束



 全裸で拷問されるとか、あんまりすぎる……!



 海のように青い目が、私を上から下まで見ていく。


 お湯は透明だから、全部身体が見えている。同性とはいえ、やっぱり恥ずかしい。



「あ、あの……」



「ヴィクトールから聞いているわ。捕らえられていたあの子の面倒をみてくれていたことを知られ、殴られたそうね」



 あ、痣を見てたんだ。どうやって痛めつけようか考えているのかと思ったわ。



「え? あ、はい、そうです」



「そう……」



 青い瞳が、悲し気に揺れるのがわかった。



 あっ……! 気にしてる!?



「いや! でも、いつもなのでっ!」



「いつも?」



「はい! 父は娘の私が無能力なのが許せなくて、機嫌を損ねると、ボコボコ殴ってくるんですよ。顔には利用価値があるからって、身体ばかり! えっと、だから、何が言いたいかって言うと……ヴィクトー……」



 呼び捨てはよくないか。じゃあ、小公子? えーっと……息子さんにしておくか!



「息子さんの面倒をみても、みなくても、殴られるっていうか……だから、気にしないでくださいっ!」



 ヴィクトールのお母さんを悲しませたくなくて、必死に説明する。


 どうしてかわからないけれど、この人の悲しそうな顔を見ると、私まで悲しくなる。



 推しのヴィクトールと似ているから……かな?



「……っ……そんなに……殴られるの?」



「そうなんですよ。命の危機に直面したら、能力が開花するって言うじゃないですか? だから私、失神するまで首を絞められたこともあって! あの時はもう死んじゃうかと思いましたよ。なんか考えが短絡的っていうか、必死すぎてかっこ悪いですよね。自分の娘が無能力なのがよほど応えるみたいなので、私、生きてるだけでお父様のことを苦しめてるっていうか。生きてることが仕返しみたいな?」



 場を和ませようとペラペラ喋ってみたけど、私が話すほどに暗くなっていく。ヴィクトールのお母さんどころか、レベッカまで青ざめていた。



 う……気まずい。もう、余計なことを言うのはやめよう……。



「辛い思いをしたのね」



「いえ、そんな……」



 辛かったけど、自分で辛いって言うのは、なんかちょっと、ね。



 拷問されるかと思ったけど、なんだか違うみたい。



「ご挨拶が遅れたわね。私はヴィクトールの母のヴェレナ・シュヴァルツよ。アメリア嬢、息子を助けてくれてありがとう」



「あ、いえ、そんな……」



 結果的に助けられたのは、私だしね。



 一人で逃げ出していたら、私は今頃あの男に掴まって……。



 想像したら血の気が引き、温かいお湯に浸かっているのに、震え出しそうになる。



「入浴中にごめんなさいね。外で待っているから、ゆっくり寛いで」



 外で待ってる……!? いや、寛げるわけない!



 私はある程度温まったところでお湯から上がった。


 バスローブを着せて貰って出ると、ヴィクトールのお母さんが待っていた。



「あら、早かったのね。ちゃんと温まった?」



「え、ええ、はい……あは」



 もう、温まったんだか、温まってないんだか、緊張でわからないです……!



「着替えはこれをどうぞ。娘があなたぐらいの時に着ていたものなの」



「え、いいんですか?」



「ええ、もちろんよ」



 そうだ。ヴィクトールには、姉がいた。弟もいる。



 サラリと一行で説明されていたから、挿絵には出てこなかったけど、お母さんがこんな美女だもの。絶対に綺麗よね。見てみたい。



 ちなみにお父さんは挿絵に描かれていた。超絶美しかった!



 貸して貰ったローズピンク色のドレスは、上品なフリルとリボンが良いバランスで付いている。


 同じ年頃の女の子が着ていたにしては、結構大人っぽい。



 ふむ、ヴィクトールのお姉ちゃんの趣味がわかった気がする。それにしても私、すっっごく似合ってるわ。我ながら惚れ惚れしちゃう。



「アメリアお嬢様、リーゼルお嬢様のドレスが良くお似合いですわ」



「ええ、とても似合っているわ」



「ありがとうございます」



 でも、どうしてこんなによくしてくれるの? こんな素敵なドレスまで貸してくれちゃって……。



 入浴の後は、寝かされていた部屋に戻され、お医者さんに診て貰った。ヴォルフ公爵に付けられた傷も含め、全治二週間らしい。



「アメリアお嬢様、お疲れ様でした。では、しばらくお待ちください」



「は、はあ……」



 全員出て行って、ポツンと一人残された。



 ど、どうしよう。この状態……。



 なんだか悪いようにはされないみたい?


 ううん、油断したら駄目! これから『よくも息子を酷い目に遭わしてくれたな!』って拷問される可能性だって十分ありでしょ。



 ああ、何? この真綿で首をちょっとずつ絞めつけられているような感覚は……!


 拷問するなら早く! こんな回りくどいことしないでやってよ~! 嫌! されたくないけども! あ~! もう、こんなの嫌~~~!



「うぅぅぅ~……っ」



 枕に顔を押し付けてうなっていると、扉をノックされた。



「ひゃいっ!」



 とうとう拷問!?



 身構えていると、扉を開けたのはヴィクトールだった。



「なんだ。変な返事して」



「こ、声が翻っちゃったの。何?」



「いや、特に用はないけど……全治二週間だってな。大きな異常は見られなかったようでよかった」



 あれ、心配してくれてる?



「うん、私、丈夫だから。ヴィクトールも診て貰った?」



「ああ、俺は、全治三週間だ」



「そう、かなり痛めつけられてたけど、骨は折れてなかった?」



「大丈夫だった。俺も丈夫だからな」



「よかった。そういえば、能力、開花したんだよね。おめでとう」



「それを言うなら、お前もだろ?」



「え?」



「闇の力、使ってただろ。覚えてないのか?」



「…………あっ!」



 思い出した。私、あの時、闇の力を使ってた!



「でも、一回しか使えなかったけど……」



「力が目覚めたばかりの時は、不安定らしいからな。そのうち、ちゃんと使えるようになるんじゃないか?」



「そうなんだ。……そっかぁ、私って、無能力じゃなかったんだ」



「よかったな」



「……あれ、じゃあ、私って、ヴォルフ公爵に虐待され損ってこと!? 腹立つんだけど! あいつ、私のこと、無能無能ってボコボコ殴ってきて! あいつ、八つ裂きにしてやりたい!」



「あはは、なんだそれ」



「何笑ってんのよ! 本気なんだからねっ!」



「……じゃあさ」



「ん?」



「もし、お前が最初から闇の力を使えていたとしたら、俺のことを助けたか?」



 ヴィクトールが、真っ直ぐな目でこちらを見てくる。



「は? 当たり前じゃない」



 即答した。


 原作通りだと、ヴォルフ公爵家はヴィクトールに壊滅させられるし、闇の力に目覚めていたとしても絶対に逃げ出していたし、推しのヴィクトールをそのままにしておくわけがない。


 私の答えを聞いて、ヴィクトールが目を丸くする。



「むしろ闇の力が使えてたら、もっと早く楽に逃げ出せたわね。ごめんね。タイミングが悪い時に目覚めちゃって!」



 するとヴィクトールは頬を染め、私から目を逸らした。



「……そう、か」



「うん?」



 どうして、ここで赤くなるの?



 会話が止まった。時計の針の音だけが、カチコチ聞こえる。



「あのさ、単刀直入に聞くんだけど、私ってこれから拷問されるの?」



「は?」



「私ってヴィクトールを誘拐した男の娘でしょ? これから『よくも息子を酷い目に遭わせてくれたな!』ってな感じで、拷問されるの?」



「……お前、さっきからなんだか様子がおかしいと思ってたけど、そんな風に思っていたのか。安心しろ。そんなことにはならない」



「なんでそんなこと言えるのよっ! ヴィクトールはそう思ってるかもしれないけど、あなたのお父様やお母様はそう思ってないかもしれないでしょっ!」



「お前な~……」



 ヴィクトールと言い合っていると、扉をノックされた。



「アメリアお嬢様、旦那様と奥様がいらっしゃいました。入ってもよろしいでしょうか?」



 ひぃ……っ! き、来たぁ……っ!



「ひゃ、ひゃ……ぃ……」



 何とか出した声は、虫の羽音と同じぐらいの声のボリュームだ。



「声になってないぞ。大丈夫だ。俺を信じろ」



「信じろって……」



「もし、父上と母上がお前の想像していることを言ったとしたら、俺が守る。だから俺を信じろ」



 か、かっこよ……っ!



「や、約束よ?」



「ああ、約束だ。……父上、母上、どうぞお入りください」



 ヴィクトールが返事をし、ついにシュヴァルツ公爵が入って来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る