第7話 今度は私が拷問される!?



 ヴォルフ公爵がヴィクトールにした拷問を思い出すと、ゾッとする。


 するとその時、お腹がグゥッと鳴った。



「あっ」



 こんな時に鳴る!? 空気読んでよ……!



 ヴィクトールがククッと笑い、顔が熱くなる。



 わ、笑わないでよ~……っ!



「お腹が鳴るということは、胃が動いている証拠よ。いいことだわ。早速食事にしましょう」



 女神はにっこり微笑むと、ベッドサイドにあったテーブルに置いてあるベルを鳴らした。



「失礼致します」



「レベッカ、食事の用意をお願い。胃に優しいものにして……それから入浴の準備を整えてちょうだい」



「かしこまりました。奥様、お医者様も呼んでおきましょうか?」



「そうね。お願い」



 奥様……この人、ヴィクトールのお母さんなんだ。



 なんて麗しさ……!



 落ち着いて見たら、ヴィクトールに面影がある。


 銀色の長い髪に、大きな青い瞳の美しい女性。とても清楚な雰囲気だ。でも、なんだか影があるような感じで、そこが魅力的というか……。



「ヴィクトール、私は彼女が目を覚ましたことをディートリッヒ様に報告してくるから、後はお願いね」



「わかりました」



 ディートリッヒ……ヴィクトールのお父さんの名前だ。


 お母さんが出ていくのと同時に、ヴィクトールに質問する。



「あの、私、どうして、シュヴァルツ公爵邸にいるの?」



「お前、どこまで覚えている?」



「えっと、ヴォルフ公爵邸を逃げ出して、追っ手に掴まって頭を殴られて、それから……あ、そうだ。ヴィクトールが光って……?」



 ん? もしかして、あれって……。



「ああ、俺、能力が開花したんだ」



 やっぱり……!



「じゃあ、ヴォルフ公爵一族は壊滅させたの!? あれ、でも、なんで私は生きているの?」



「いや、アメリアの頭を殴った男と、近くに来ていた追っ手は倒したけれど、ヴォルフ公爵一族は壊滅させてない」



「そうなの!?」



「ああ、追っ手を倒して、お前を連れて逃げて来た。シュヴァルツ公爵家の者が俺の捜索をしていて、近くまで来ていたおかげで、思ったより苦労せずに、ここまで連れてくることができたんだ」



 能力が開花する時期やタイミングが原作からずれているし、ヴォルフ公爵家が壊滅していないのも原作と違う。



「お前はあれから三日間も眠り続けたんだぞ」



「え、三日も……!?」



 そんなに経っていたなんて……。



「頭は痛くないか?」



「少し……でも、大分いいわ」



 殴られた場所を触ると、大きなこぶができていた。



「う……いたぁ……」



「あんまり触らない方がいいぞ」



 こんな美少女にこぶができるほど殴るって、あの男、本当にどうにかしてるわね。許さない……って、ヴィクトールに殺されたんだっけ。倒すって、殺したってことよね? 地獄で後悔するといいわ!



 ……って、それよりも、現状よ。現状を把握しないと。



「えーっと、どうして私をここに連れて来たの?」



「あのまま残しておけるわけないだろ。その……アメリアは、命の恩人なんだから」



 ヴィクトールは頬を染め、気恥ずかしそうに私から目を逸らして答える。



 あ、そっか、ヴィクトールは、善意で連れてきてくれたんだ。



 さすがヒーローだ。優しさと慈愛で満ち溢れている。



「そっか……助けてくれて、ありがとね」



「それはこっちの台詞だ。あんまり無茶するなよ」



「多少は無茶しないと、死んじゃうじゃない」



「まあ、それもそうだな」



「でしょ? ……あっ! そうだ。私、宝石……! 宝石はどうしたんだっけ!?」



「追っ手に全部ぶつけてたぞ。拾ってくる余裕なんてなかったから、そのままだ」



「うぅぅ~~……だよね~~……!」



 えーん! 私の生活費――……!



「宝石、好きなのか?」



「好きだから集めてたんじゃないのよ。あれを売って、新天地での生活費にするつもりだったのっ! 一文無しになっちゃったわ……」



 がっくりと肩を落とす私を見て、ヴィクトールが笑う。



「何、笑ってんのよっ」



「笑ってない」



「笑ってるじゃないっ」



 言い合っていると、さっきのレベッカと呼ばれていた侍女がコーンスープと葡萄を運んできた。



「どうぞお召し上がりください」



「ありがとうございます」



 温かいスープなんて、小さい頃ぶり~! いつも私の部屋に運ばれてくる頃には、すっかり冷めきってるもんね。



 レベッカは食事を運ぶと、サッと去って行った。



「いただきまーす」



「熱いから気を付けろよ」



「うん」



 ああ、食事を目の前にしたら、胃が大喜び! お腹がものすごい音を立てている。


 はやる気持ちを抑えてスープをスプーンですくい、よく冷ましてから口に運ぶ。



「んんん~~♡美味しい~っ!」



「お前、美味しそうに食べるな」



「だって、美味しいもの」



 私はあっという間にスープを平らげ、葡萄を口に入れた。



 冷たくて、甘くて、最高~♡



「はあ、ご馳走様でした」



「すごい早さで平らげたな」



「お腹空いてたんだもん」



「……あのさ、お金の件なんだけど、心配ないから」



「え?」



 どういうこと?



 聞こうと思ったら、またレベッカさんが入って来た。



「アメリアお嬢様、お食事は済みましたか?」



「あ、はい、美味しかったです」



「ご入浴の準備が整いましたので、こちらへどうぞ」



「へ!? あ、ありがとうございます。えっと、じゃあ、行ってくるね」



「あ、ああ」



 ヴィクトールが頬を染め、顔を逸らした。



 なんか、照れてる。可愛い……じゃなくて! こんな好待遇、おかしくない?


 ヴィクトールにとって私は、命の恩人って感じてくれてるってことは、わかった。でも、家族はそうは思わなくない?



 これから、酷い目に遭わされるのかもしれない……。



 これからどうなるんだろう。



 レベッカさんの後をトボトボ歩いてついて行くと、彼女が振り返る。



「アメリアお嬢様、お辛いようでしたら私が抱えてお連れいたしましょうか?」



「あ、い、いえ、大丈夫です」



「そうですか。ご無理なさらないでくださいね」



 優しい……はっ! ううん、これは私を油断させるための罠かもしれないわ。油断しちゃダメよ!



「レベッカさん、ありがとうございます」



「私に敬称も敬語も必要ございませんよ。お気軽にレベッカとお呼びください」



「あ、うん、じゃあ、レベッカ」



「はい、アメリアお嬢様」



 こんなに優しくされたのは、何年振りだろう。ヴォルフ公爵家では、力がないってわかった時から使用人たちからも舐められてたからなぁ……。



 通されたバスルームはとても大きくて、綺麗だった。



「えっ! こ、こんな綺麗なバスルームを使わせて貰っていいんですか!?」



「はい、もちろんです。さあ、お洋服を脱ぎましょうね」



 レベッカが私のナイトドレスの前ボタンを外してくる。



「脱ぎっ!? あっ! 待って! 私、自分でできるから……っ! 家に居た時も自分でやってたし……」



「そうなのですか?」



「うん、そうなの。だから……」



「ヴォルフ公爵邸ではご自身でなさっていても、そうはいきません。私にお任せくださいませ」



「え、そ、そんな~~……!」



 レベッカの素早い脱がせ技で、私はあっという間に裸にひん剥かれてしまった。



「こ、これは……」



 レベッカが私の身体を見てくる。同性でも恥ずかしい。



「な、何?」



「アメリアお嬢様、そ、そのお身体の傷は逃げる時に……?」



 私の服で隠れる場所には、青痣がたくさん付いていた。ヴォルフ公爵に殴られて、まだ治りきっていないものだ。



「服で隠れているところに付いている痣は、ヴォルフ公爵に殴られた時のものよ。服で隠れない場所に付いているのが、今回逃げる時にできた傷」



 今回できた傷よりも、ヴォルフ公爵にボコられた時の方がうんと酷く見えるわね。



 レベッカが口元を押さえ、青ざめている。


 鏡に映った自分を見ると、確かに酷い。



「そっと洗います。痛かったら仰ってくださいね」



「えっ!? あ、洗うの!? レベッカが……!?」



「はい、お任せください」



「そ、そんなの無理! 私、自分で……あ、あれ~~~っ」



 全身隈なくレベッカに洗われてしまい、汚れと共に排水溝に何かが流れたような気がした。



 は、恥ずかしかった……。



 バスタブに身体を沈めると、新しくできた傷が滲みる。



「いたた……」



「大丈夫ですか?」



「うん、平気。痛いけど、気持ちいいー……それに、いい香りがするわ」



「お寛ぎになれるように、ラベンダーとカモミールのオイルを入れております」



「そうなんだぁ……」



 ヴォルフ公爵邸では素のお湯にしか入ったことなかったけど、前世では入浴剤とかオイルとか大好きだったなぁ……。



 色々忘れて寛いでいると、扉をノックする音が聞こえハッと我に返る。



 いやいや、寛いでる場合じゃない!



「失礼するわね」



 入って来た人を見て、心臓がドキッと跳ね上がる。


 そこに立っていたのは、ヴィクトールのお母さんだった。


 え、もしかして、バスルームで拷問開始……!?

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