第6話 開花

「な……っ……ヴォルフ公爵様と同じ力……!? アメリアは、異能がないはずじゃ……っ」



 言われてみたら、確かにヴォルフ公爵と同じ力だ。



 私、実は異能があったの……!?



 黒い靄はギリギリと男を締めあげ、男はうめき声をあげる。



 た、助かった……。



「お前が……やったのか……?」



 ヴィクトールに尋ねられ、私は苦笑いを浮かべる。



「わ、わかんない……」



 こんなの、私が説明して欲しい。


 少し先に、松明の火が見える。追っ手がこちらに気付いたようで、近付いてきているみたいだった。



「早く逃げなくちゃ……! ヴィクトール、もう少し頑張って!」



「……っ……俺のことは、気にしなくていい……一人で逃げろ……」



「気を遣ってる暇があったら、早く掴まって! 行くわよっ!」



 高熱で朦朧とするヴィクトールを支え起こし、苦しむ男から少しでも距離を離そうと足を動かす。



「ぐ……っ……待て……!」



 男がもがくと、身体に巻き付いていた黒い靄は砕けて消えてしまった。



 ええっ! もう!?



「え、えいっ!」



 どうやって異能を出したのかはわからないけれど、それっぽく手をかざして声を出してみる。


 男がビクッと怯んだ。でも、私の手からは何も出る様子がない。



「ええっ!? えいっ……えいっ……!」



 さっきのもう一回出て! 出てよ! ヤバいから!



 必死に呼びかけても、私の手や身体から、さっきのような黒い靄が出る気配はない。



「くそ……っ……さっきのはまぐれか!? ビビらせやがって!」



 私が異能を使えないことに気付いた男は、苛立った様子で私たちに手を伸ばす。



「ヴィクトール、逃げ……っ……きゃあっ!」



 腕を掴まれ、ヴィクトールから引き剥がされた。松明の火が、間近に迫ってきている。



「おーい、こっちだ。こっちにアメリアとヴィクトールがいるぞー!」



 男は指笛を吹き、周りに場所を知らせる。



「俺一人で楽しもうと思ったが、止めだ。今から来る奴、全員で楽しんでやる。お前ら二人とも、生まれて来たことを後悔させてやるよ」



 男は下品な笑みを浮かべ、舌なめずりをする。



「この外道が!」



 ヴィクトールが膝を突き、男を睨みつけた。顔は青ざめていて、冷や汗が出ている。熱がさらに上がっているのかもしれない。



「変態……っ! 離してよ……! 離せ!」



 唯一自由な足を動かして、男の身体を蹴る。



「うるせぇ! 大人しくしろ!」



「…………っ!」



 思いきり頭を叩かれ、瞼の裏に火花が散った。



「アメリア! 貴様……女性に手をあげるなど、それでも男か!」



 あ……ヴィクトールが、初めて私の名前を呼んだ……。



「さすがシュヴァルツ公爵家の後継ぎ様だ。だが、全員相手にした後にも、そんな勇ましいことが言えるかな?」



 このくそ変態……!



 叩かれた場所が悪かったみたいで、意識がどんどん遠くへ行くのがわかる。



 まずい……ここで気絶なんてしたら、もう絶体絶命どころじゃすまない。



 寝るな、寝るな、寝るな―……!



 ヴィクトールが立ち上がり、私に手を伸ばす。



「アメリア、しっかりしろ……!」



「ヴィクトール……」



 自分のものじゃないみたいに重い手を持ち上げ、ヴィクトールに伸ばす。



「順番に可愛がってやるから、大人しくしてろ」



 男がヴィクトールを蹴り上げようとするよりも先に、私とヴィクトールの手が触れ合った。


 その時――ヴィクトールの身体から、光が溢れ出した。



 え、何?



「うわ……っ!?」



 あまりの眩しさに目を開けていられない。怯んだ男が手を離し、私はその場に崩れ落ちた。



 ど、どうなっているの……?



 うずくまったまま動けない私を、誰かが優しく抱き起してくれる。



「アメリア」



 目は開けられないけど、ヴィクトールの声だ。



「アメリア、もう大丈夫だ」



「ヴィクトール……なの?」



「ああ、そうだ。あとは、俺に任せろ」



 何が大丈夫なのかわからない。頭がものすごく痛い。


 意識がだんだん遠くなっていく中、男たちの悲鳴が次々と聞こえた。



◆◇◆



「お母様、アメリアは……」



「まだ、目覚めていないわ」



「もう、三日か……」



 ヴィクトールと、優しい女の人の声が聞こえる。夢?



 喉乾いた。水が飲みたい。



 ぼんやり目を開けると、身なりを綺麗にしたヴィクトールと女神みたいに美しい女の人の姿が視界に入った。



「う……ケホッ」



 話しかけようとしたら、喉がカッサカサで咳が出る。



「アメリア! 大丈夫か?」



「お水を飲んだ方がいいわ」



 女神が私を抱き起こし、ヴィクトールが水をくれる。


 ありがとうと言いたくても、声が出ない。女神からは薔薇のいい香りがする。



「ゆっくり飲みなさい」



 私は頷き、一気に飲み干したい気持ちを抑えてゆっくり水を飲んだ。



「ありが……とう、ございます……」



 ようやく声が出たけれど、声はカッサカサだった。



「頭、痛くないか?」



 ヴィクトールが心配そうに尋ねてくる。



「頭? ……あっ……えっ!? 追っ手は……!?」



「もう、大丈夫だ。無事に逃げきった」



「無事に逃げ……?」



 一体、どうなっているの? あの絶望的な状況で逃げきったって……というか、ここはどこ?



 広い部屋に、立派な調度品が置かれ、ベッドなんて天蓋付きだ。



 え、ここって、もしかして、まさか……。



「ヴィクトール……あの、ここは……どこなの?」



 ヴィクトールは私から空になったグラスを受け取り、笑みを浮かべた。



「安心しろ。ここはシュヴァルツ公爵邸だ」



「え……っ」



 血の気がサァッと引いた。



 ヴォルフ公爵家にとって、敵の家じゃない! 安心できるわけがない――――……!



 目覚めたばかりなのに、卒倒しそうになった。



 私、どうなっちゃうの!? ヴィクトールみたいに、拷問されるの!?

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