第3話 推しの信頼をゲットせよ。
「ああ、逃がしてくれ」
やった! 了承してくれた!
「じゃあ……っ」
私が喜んだのを見て、ヴィクトールは私をじとりと睨みつけ、鼻で笑った。
「……なんて、引っかかるとでも思ったか?」
「えっ」
「ヴォルフ公爵家は、子供でも腹が立つな。俺を喜ばせて、「実は嘘でした」と落胆させるつもりか? そんな手に引っかかるわけがないだろ」
え、ええええ~……そうくる!? いや、敵の娘だもの。「はい、わかりました」なんて信じて貰えるはずがないんだけど、ガッカリしてしまう。
このまま連れて行こうとしても、無理よね……。
暴れられてヴォルフ公爵に見つかったら、ヴィクトールはその場で殺されるし、私も半殺しぐらいにはされそう。
あ、というか、ヴィクトールが殺されそうになったら、異能の力が開花するんだったわ。するとそこで私も殺されるわね。半殺しどころじゃないじゃない。
まずは、ヴィクトールの誤解を解いて、自分の意思で私と一緒に行く気にさせる所から始めないと駄目ね。
ヴィクトールの信頼を得ないと……!
「私は、本気よ。あのね……」
ヴィクトールの額に、脂汗がにじんでいる。それに私を睨みつけている目も、今にも閉じそうになっていた。
暴力を振るわれた直後なんだもの。当たり前よね。そもそもこんな状態で逃げるなんて無だったわ。
私は説明するのをやめ、牢の鍵を開けた。
「寄るな……」
「大人しくして。手当てをするだけよ」
「何のつもりだ。やめろ……うっ」
「バイ菌が入ったら大変でしょ。大人しくして」
ヴィクトールの威嚇を無視して、傷に薬を付けていく。
家出する時に怪我をすることも想定して、傷薬もバッチリ用意してあったのよね。
包帯を巻いたり、テープを貼ったりしたいところだけど、さすがに手当てをしたってバレちゃうわね。
それにしても、痛々しい。こんな子供に暴力を振るうなんてどうかしているわ。あの男は、本当にいかれてるわね……!
「あのね、私はこの家で迫害されているの。だから、家出しようと思っているのよ」
「迫害……? 信じられるか……」
「信じられないのも無理ないわよね。でも、本当なの」
原作だとヴィクトールは、食事はかびてカチカチになったパンと、水分は泥水を与えられていた。しかも床に這いつくばることを強要されて……。
私は家を出た後に飲もうと用意していた水筒からコップに水を注ぎ、ヴィクトールの口元へ持っていく。
「……っ……やめろ……いらない」
「毒なんて入っていないわ。今飲んでおかないと、ヴォルフ公爵に泥水を飲まされるわよ。ほら、早く」
口元へ持っていくけど、ヴィクトールは頑なに口を開こうとしない。
まあ、そうよね。
私は持っていた水をゴクッと飲んだ。
「ほら、大丈夫でしょ?」
「……っ」
「はい、飲んで。飲まないと、後で後悔するわよ」
再び口元へ持っていくと、ヴィクトールは観念したように水を飲んだ。ごく、ごく、と喉を鳴らして、全てを飲み干した。
相当喉が渇いていたのね。
「じゃあ、次はこれ」
水と同様に、食料も用意してある。夕食に出たパンをいくつか取っておいたのだ。
一口大にちぎって、ヴィクトールの口元へ……の前に、毒が入っていないことを見せてあげないとだったわね。
自分の口の中に放り込んで、もぐもぐ咀嚼してごくりと飲みこんだ。
「はい、毒はなし。食べて」
「いらない」
「カビパンは、食べたくないでしょ」
「全部いらない」
「ここで餓死したら、家に帰れないわよ。いいの?」
ヴィクトールの眉が、ピクリと動いた。
「よくないわよね。じゃあ、食べて」
口元にパンを持っていくと、ヴィクトールは仕方なくといった様子で食べた。
うんうん、これでいいわ。
今日脱出することは諦めよう。ヴィクトールが私と逃げられるようになったら、逃げることにしよう。
私が家出する前に、能力が開花しないことを祈るしかないわね……原作だと誘拐されてから三か月経ってからだったから、大丈夫よね。
「また、来るから」
「ここから逃げるなら、来られないだろう」
「あなたを見捨てて逃げられないでしょう。だから、家出する日は先延ばしにするわ」
「一人で逃げろ」
「そんなの私の勝手だもの」
といっても、見張りの者を眠らせたら、また殺されちゃうかもしれないのよね。
あ、そうだわ。
私は牢から出て、鍵をかけ直してさっき風を感じた場所に移動する。さっきみたいに押してみると、壁が動いて通路が出た。
「すごい。隠し通路だわ。ファンタジー小説みたいっ!」
いや、ファンタジー小説の中だから当たり前か。それにしても、どこに通じているのかしら。
ヴォルフ公爵の部屋……だったりしないわよね? だとしたら、ジ・エンドだわ。
「じゃあ、またね」
声をかけて振り返ると、ヴィクトールは眠っていた。ううん、これは気絶なのかも。
じゃあ、行きましょうか。うう、なんか不気味だし、怖い……。
◆◇◆
隠し通路は庭に通じていた。
ヴォルフ公爵の部屋に通じていなくて本当に良かった……でも、よく考えたら、地下牢と自分の部屋を繋げるわけがないわよね。
私はその通路を使い、ヴォルフ公爵が来ない深夜を選んで、毎日ヴィクトールの元へ通った。
「……また、来たのか」
「そうよ。ご飯を持ってきたわ。食べて」
「いらない」
「もう、強情ね」
ヴィクトールは相変わらず警戒心を解くことはなかったし、ヴォルフ公爵たちに付けられた傷が日に日に増えていく。
「ねえ、いい加減私と一緒に逃げてくれる気になった?」
「ヴォルフの娘など信じられるか。逃げたければ、一人で逃げろ」
「もう……」
気持ちはわかるんだけど、増えていく傷を見るのは辛い。
私と逃げれば、こんな目に遭わずに済むのに……。
「じゃあ、私、帰るわね。明日また来るから」
「もう来なくていい」
「来るわよ」
後片付けをしていると、足音が聞こえてきた。
まずい、誰か来る……!
急いで後片付け済ませて牢を出ようとすると、躓いて転んでしまった。
「きゃ……っ!」
起き上がろうとしたその時、私の前に誰かの足があった。
大嫌いな葉巻の匂いがして、全身の血液がすべて凍ってしまったように感じる。
まさか、まさかまさかまさか……。
「アメリア、ここで何をしている」
顔を上げると、ヴォルフ公爵が額に血管を浮き上がらせ、私を見下ろしていた。
「お……お父様……」
ついに、見つかった――……!
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