It is love, not reason, that is stronger than death. ─── Thomas Mann

Brother

 あの子になりたい。本気でそう思った。あの子に見せる彼の笑顔が眩しいと思った。あの子に語りかける彼の声が優しいと思った。あの子のために爆ぜた命の脈動が温かくて、死に顔さえ美しかった。


 僕の記憶に残る冷たい眼差しと、淡々とした口調。一度も笑まなかった口元。

 その一つ一つが鮮明に脳裏に写って、心底憎らしく思った。


 あの日バラバラになってしまった僕たちの糸先を掴んで、あの子は自分の心の先と丁寧に結んだ。その糸はまだ、彼の心と繋がっているみたいだった。それもまた、憂い。


 僕の切れた糸先は解れ、段々と細くなっている。もう戻らない褪せた赤い糸が、それでもまだ必死に絡まっていた。


 呼吸が苦しくて、喘いでいる。


 語りかければ、隣で花のように笑む「彼」がいる。その顔に一抹の安堵と、快楽を得ていた。


 全ては偽りだった。白が赤く染まって、宝石のような七色の涙が爆ぜていた。その奥で微笑む彼の温かさに、震えていた。無機質な笑み。感情を失った瞳。全ては最初から「偽り」だと知っていた。命を失った身体に無理やり埋め込んだ生命。それはただ彼を生かす歯車。ただそれだけ。それだけだと、自分の哀しみに嘘を吐いてきたのだ。


 あの子を目の前にして、優しい笑みを零し、再び命を散らした彼は綺麗だと思った。しかしそれ以上に、あの子の涙が美しいと思った。


 バラバラになってしまったあの日も、彼の死を受け入れた時も、僕は涙を流せなかった。本当はただ、虚しかっただけなのかもしれない。その感情に媚び売って、結局何もしていなかった。空虚な穴を見つめ、哀しそうな顔をしていただけだ。自分は生にしがみつこうとしなかった。大切なものだと信じてきたけれど、きっとそれは大して大事でもなかったのだ。気付いてしまった。


 僕はいつしか「心」を喪っていた。


 あの子は温かな「心」を持っていた。


 ねぇ、兄さん。僕は貴方のせいで、


────大切なものをなくしました。

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