3 悪女は復活する
「あなた様をお待ちしておりました! ――ルシル・リーヴィス様!!」
ケイリーの放った言葉で、辺りには動揺が走る。
「ルシル!?」
「ルシルだと!? 彼女が!?」
騎士たちの箒が後退していく。ルシルの周囲にはレナードを残して、誰もいなくなった。
アルヴィンでさえも怯えた様子で、ルシルから遠ざかっていく。
「嘘だろ? アンジェリカ、お前が……!?」
刺すような視線が突き刺さり、ルシルは苦しくなる。
ふと、隣を向いた。
レナードは――彼だけはルシルのそばを離れない。真っすぐな目でルシルを見つめていた。確かな信頼が宿った眼差しで。
もし、これから先――世界中の人間に嫌われて、遠巻きにされたとしても。こうしてレナードが隣にいて、自分を信じてくれるのなら。
――それはそれで悪くないかもしれない。
そう思って、ルシルは勇気を持ち直した。
ビルの屋上からは、ケイリーがルシルに狂信的な視線を向けてくる。
「さあ、こちらにどうぞいらしてください。今宵、この3名の闇纏いたちの命と引き換えに、ザカイア様は再び、現世に降臨なされるのです!!」
ルシルが迷うように目を伏せたのは、一瞬だけ。
箒を握る手に力を込めて、覚悟を決めた。
次にルシルが顔を上げた時――彼女は一瞬にして、異なる雰囲気をまとっていた。
「まさかケイリー、あなたも闇纏いだったなんて……気付かなかったわ」
声色が普段のもの――新人であるアンジェリカを装っていたものと異なっている。冷たく、高慢そうな雰囲気をまとった声になった。
話し方も、目付きも、態度も。
世間が想起する、「ルシル・リーヴィス」そのものだった。
ルシルは腰を浮かせて、箒に座り直した。見せつけるように足を組んで、掌で頬杖をつく。周りの人間すべてを蔑むような冷たい目で、騎士たちを睥睨した。
ルシルの雰囲気が変わったことに、騎士たちはいっそう怯えた様子を見せる。ルシルと目が合った騎士は、飛び退くようにその場から離れた。
周囲の怯え方に満足したように、ルシルは唇を吊り上げる。
ルシルを怖がらなかったのは、2人だけだ。そばにぴたりとついているレナードと、興奮したように頬を染めるケイリーだった。
ケイリーは芝居じみた動作で、両手を広げる。
「ああ、ルシル様……! すべてはザカイア様をこの世に復活させるため……私はずっと水面下で動いておりました」
「では、私を蘇らせたのも、あなた?」
「もちろんです!!」
ルシルはたっぷりと余裕をまとわせて、足を組み替える。
横向きに座った箒を滑らかに飛行させて、ケイリーと向き直った。
「1つ聞かせて。ザカイア様を復活させるためには、優秀な器が必要になるわよね」
「はい。私の方で選定いたしました。彼女はどうでしょうか? この騎士団の隊長……クラリーナ・ヘルトです」
「……そう」
ルシルは目を細めて、クラリーナを見る。彼女は意識をとり戻した様子だった。薄目を開けて、こちらを見上げている。しかし、思考はまだぼんやりとしているのか、そこに理性の光は存在しない。
ルシルは見下すような声で笑った。
「あははは! ダメよ! 全然ダメ! ザカイア様はこの世で最も偉大な魔導士! そんなちっぽけな器に収まるような、お方ではないの! 器というからには、これくらいを用意しなきゃね! ――タナト・フェロウ!」
ルシルは流れるような動作で、魔法を起動する。
次の瞬間、レナードの両手が拘束される。彼の体が浮かび上がって、ルシルの箒の後ろへと乗せられた。レナードはまったく抵抗しない。この状況下でも、ルシルに真っすぐな視線を向けてくる。――確かな信頼を乗せた、眼差しで。
(リオ……。あなたは、本当に私のことを信じてくれてるのね……)
一方、周囲の騎士たちは絶望したような表情を浮かべる。ルシルを恐れているのか、誰も動こうとはしない。
ケイリーが興奮したように叫んだ。
「英雄レナード・マクルーア!!」
両手を伸ばして、彼女は歓喜に沸いた。
「ああ、さすがです! ルシル様! やはり、ザカイア様のためには、あの方のおそばには、あなた様がいなくては……!」
嬉しそうに指揮棒の先端が回る。すると、ルシルの正面だけ結界が割れて、道を作った。
ルシルはレナードを連れて、屋上へと箒を飛ばす。屋上の上で旋回すると、箒からレナードを落とした。魔法陣の中心部にレナードが座りこむ。後ろ手は拘束された状態のままだ。
ケイリーは指揮棒を動かして、呪文を唱える。すると、クラリーナが魔法陣からどかされて、吹き飛んだ。壁に背をぶつけ、彼女は痛みに呻く。
その様子をルシルは上から見下ろしていた。ゆっくりと空を旋回しながら、視線を向ける。これから始まるショーを鑑賞でもするかのような優雅な態度だ。
「それでは、さっそくこの男を器に儀式を行いましょう! ザカイア様の復活の儀を!!」
ケイリーが優雅な曲を演奏するように指揮棒を振る。すると、ろうそくの芯に火が灯ったかのように、魔法陣の先端に光が宿って、そこから光が走っていく。
魔法陣全体に光が灯ると、床からは闇色の靄が立ち上った。その靄が、レナードと3人の闇纏いたちを包みこんでいく。
ケイリーの指揮の動きは徐々に激しさを増していく。そして、それがまさにクライマックスに到達しようかと思われた時――。
ルシルは何気ない動作で口を開いた。頬杖をついたまま、ぽつりと零すように一言。
「――タナト・フェロウ」
宵闇の中、一閃が走る。
その光が正確にケイリーの手元を撃ち抜いた。彼女の指揮棒が弾かれて、宙を飛ぶ。からからと音を立てて、床を転がっていた。
ケイリーは愕然として、ルシルを見上げる。
「ルシル様!? いったい何を!?」
彼女は撃ち抜かれた手を庇いながら、目を白黒させた。
「ザカイア様がもうすぐ復活なされるのです! ザカイア様の一番の側近であったあなた様が、なぜそれを阻もうとするのです!?」
「――まず、その前提から間違っている」
答えたのは、別の声だ。
次の瞬間、ケイリーの背後からその人物が襲いかかった。彼女の腕をつかみ、ひねり上げる。
ケイリーは後ろを振り返って、唖然とする。
「レナード・マクルーア!? いつの間に拘束を……!」
彼の手にかかっていた拘束用のロープはいつの間にかなくなっている。レナードはケイリーの動きを封じると、
「ルシルは、一度だってザカイアの配下であったことなどない」
ケイリーは愕然として、口を大きく開く。
「なっ……そんな! まさか……!?」
彼女は慌てて視線を漂わせ、ルシルを探した。
その時、ルシルは箒から飛び降りて、屋上に足をつけていた。クラリーナの横だ。
ルシルはクラリーナの拘束を解くと、彼女を助け起こす。
「隊長。無事ですか」
「アンジェリカ……いや、ルシルか……。君は……?」
クラリーナは呆然とした面持ちで、ルシルを見上げる。
彼女も、周囲でいきさつを見守っていた騎士たちも。
彼らは何が起きたのかわからないといった様子を見せていた。
話は13年前、ルシルとザカイアの出会いまで遡る――……。
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