2 復活の儀式

 ルシルはレナード、アルヴィンと共に、街の上空を飛んでいた。


 目指すは、この街でもっとも目立つビル――黎明騎士団トワイライトの本部だ。


 騎士団で拘留中であった闇纏い、ダリオス、ポリーナ、リリアンの3名が連れ去られた。


 容疑者はケイリー・クレイン。


 彼女は闇纏いたちを連れて、騎士団の屋上にて籠城中。騎士隊長であるクラリーナを人質にとり、誰も近付けさせないようにしているとのことだった。


「ケイリー先輩の目的は何?」


 ルシルは箒を飛ばしながら、事件の概要を頭の中で整理する。

 こちらの箒にレナードが並んだ。


 今は彼と顔を合わせるのは気まずい……! さっき、何だかすごいことを言われた気がするし、思い切り抱きしめられたような気がする。


 だから、ルシルは敢えて速度を上げて、彼と並ばないようにしていたのに、レナードは難なくこちらのスピードに合わせてくる。


「ポリーナやリリアンに闇魔法を教えた人間……それはケイリーと見て間違いないだろう」


 彼の声がいつもと同じ、冷徹なものに戻っていることが救いだった。それに事件についての話であれば、業務連絡に当たるので恥ずかしくはない。

 ルシルは落ち着きをとり戻して、頷く。


「ええ。リリアンは地位のある人間や、優秀な魔導士を集めるように指示されていた。そして、『器をもらう』って言葉……。それって、何の器?」

「器を必要としている者。つまり、今は魂だけの存在になっているということだ。それも、闇纏いたちが必要とする人間といえば……」


 そこで、ルシルもアルヴィンもハッとなる。


「「「ザカイア・キングストン……!!」」」


 3人の意見は一致した。

 アルヴィンが愕然として、


「何だと!? ケイリーは、ザカイアを復活させようとしているのか!? それじゃあ、ケイリーがアンジェリカ……お前を必要としているのはなぜだ!?」


 ケイリーは今、騎士たちに要求を突き付けている。それがアンジェリカ――つまり、ルシルであった。


 そこでルシルはあることに気付く。もしケイリーの目的が、ザカイアの復活であるとすれば――彼の忠実な側近であったルシルのことも、同じように必要としているのではないか。

 ということは、ケイリーはアンジェリカの正体がルシルであると知っているということになる。


(むしろ……私の魂を復活させたのは……?)


 ルシルの頭の中に、ある可能性が浮上した。それはレナードも同じだったらしく、彼は憂いを帯びた視線をルシルへと向けてくる。


「絶対に、俺のそばを離れないでくれ」

「リオ……」


 ルシルはちらりとアルヴィンの方を窺ってから、少しだけスピードを緩めた。レナードの箒はまるでルシルから片時も離れないとばかりに、ぴったり隣についてくる。


 アルヴィンから少し距離を置いたところで、ルシルは静かに告げる。


「馬鹿ね……。私は世界から嫌われて、憎まれた……悪女なのよ」

「君は、悪女なんかじゃない」

「…………」


 ――どうして、そんなに真っすぐな目で。

 ――どうして、迷いのない様子で言い切れるのだろう。


 この体に転生してから、ルシルはずっと思っていた。自分は、ルシル・リーヴィスは、レナードに嫌われているのだと。ザカイアの配下となったことを咎められているのだろうと。


 だけど……レナードの眼差しは優しく包みこむような温かさを宿して、ルシルへと向けられている。普段の凍り付いた態度が、嘘のように。


 それは、昔の――学生時代のレナードのものと、変わりがない温度だった。

 そのことが震えるほどに嬉しくて――泣きたくなるほどに、胸を苦しくさせる。


「……あなたはそれを信じてるのね……」


 ルシルは震える手で懸命に箒を押さえながら、小さく息を吐いた。

 彼の顔を見つめて、笑う。上手く笑えなくて、泣き笑いのような表情を作ってしまった。


「ねえ、リオ……。これから何が起きても、私を信じてくれる?」

「もちろんだ。君を疑ったことなんて、一度もない」


 彼がそう言ってくれる。自分を信じてくれる。

 そのことが嬉しくて、ルシルは目頭を熱くした。

 その後、2人は口を閉じて、箒を飛ばした。スピードを上げて、先を行くアルヴィンに追いつく。


 騎士団の本部が見えてきた。

 遠目からでもその異様さは理解できた。塔を囲って、無数の箒――騎士たちが飛んでいる。

 一見すれば、騎士がビルを包囲しているように見えたが……。


 近付くにつれて、ルシルは状況を理解した。

 騎士たちは遠ざけられて、ビルに近付くことができないのだ。

 騎士団本部の周囲を、薄い膜のようなものが囲っている。それによって騎士は侵入を阻まれていた。


「空に結界が……!?」

「ああ……。これ以上は近付けん」


 アルヴィンは箒をターンさせて、結界すれすれのところで止まった。

 ルシルは目を凝らして、騎士団の屋上を見る。普段は煌々とした光を灯しているビルは、今は沈黙するように暗闇に染まっている。


 闇に紛れて、屋上がどうなっているのかよく見えない。

 だが――徐々に闇に慣れた目が、その光景を捉えた。

 ルシルは息を呑む。


 ビルの屋上には、巨大な魔法陣が描かれている。複雑な模様を描いているが、中心部に描かれているのは三角形だ。

 頂点それぞれに、柱が建てられていた。先端には人がくくりつけられている。それぞれ、ダリオス、リリアン、ポリーナだ。

 この状況は、闇魔法の知識がない者でも一目瞭然だろう。彼らは生贄に使われるのだ。


 魔法陣の中心部にケイリーと、クラリーナがいた。クラリーナは意識がない様子で、座りこんでいる。彼女に向かって、ケイリーは指揮棒の先端を突き付けていた。

 指揮棒を持つケイリーの姿を目にして、ルシルは即座に悟った。


 彼女は間違いなく――敬虔なザカイア信者であると。


 ルシルは彼女に向かって、声を張り上げる。


「ケイリー! アンジェリカよ」

「ああ……!」


 ケイリーはルシルを見つけると、歓喜に体を震わせて、出迎えるように両手を広げる。


「この通り、すでに儀式の準備は整えております!」


 本当にあれは、ケイリー本人なのだろうか? そう疑問に思うほどに、普段の彼女と雰囲気が一変している。

 常に落ち着いていて、穏やかな彼女が――今は狂信徒のように、瞳孔を開き、頬を赤く染めて、恭しい視線をルシルへと向けていた。


「私たち闇纏いノクターナルの中でも、もっとも忠義に厚く、ザカイア様から多大な信頼を受けていた、偉大なるお方……! あなた様をお待ちしておりました! ――ルシル・リーヴィス様!!」


 ルシルがまずいと思った時には、すでに遅かった。

 その名は、高らかにケイリーの口から紡がれた。


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