9 裏で手を引く者


 リリアンを闇魔法使用の現行犯で逮捕し、ルシルたちは騎士団へと戻ってきていた。


『魅了』にかけられていた男性は全部で8人。今は皆、正気に戻っている。彼らの保護は他の騎士に任せ、ルシルたちはリリアンを取調室へと連れていく。


 そして、すぐさま尋問を開始した。


「なぜこんなことをした」


 レナードが尋ねると、リリアンは強気な態度を崩さず、ふふ、と笑った。


「さあ? なぜかしら」

「『魅了』をかけた男性たちをどうするつもりだった」

「さあ。知らないわ」


 のらりくらりとした態度でかわし、リリアンは髪を払う。

 そこでルシルは口を挟んだ。


「知らないということは、あなたは聞かされていなかったってこと?」


 途端に、リリアンの余裕は崩れ去った。彼女は不快そうに目を細め、ルシルを睨みつける。


「は? 何? そのちびっこも、本当に騎士だったの? ここって学生の職場体験もしてるのかしら?」

「答えろ」


 レナードが有無を言わせぬ口調で告げる。


「お前は誰かの命令で動いていたのか? そして、その人間から闇魔法の使い方を教わったんじゃないか?」


 彼もルシルと同じ考えを持っているようだ。

 魔法学校でポリーナが起こした事件。あの事件では誰かが裏で糸を引いている形跡があった。ポリーナに闇魔法の使い方を教えた人物だ。

 そして、リリアンも8年前までは普通の魔導士で、闇魔法との関わりはなかったはずだ。


 彼女はどうやって闇魔法を覚えたのか?


 そこがルシルは気になっていた。

 リリアンは不満そうに押し黙る。やがて、ぼそりと言った。


「知らないわ。そいつが何者なのか」

「では、どうやってそいつと関わりを持った?」

「会ったことはあるけど、顔も、名前も、声も知らないの」


  彼女は机に頬杖をつくと、両目をつぶる。


「顔も声も、わからない?」

「顔を隠してた。声は変えていたのよ。変声魔法独特の、機械的な声になっていたわ。私はそいつと取引をした。地位のある男を『魅了』して集めろ。優秀な魔導士がいたら捕まえろ。その場合、そいつの心は奪えなくてもいい」

「『魅了』が効かなくても、魔導士がほしかったってこと?」


 そこでルシルは思い出した。

 リリアンはレナードに『魅了』が効かなかった時、こう言っていた。


『心を奪えないのなら、器をもらう』


(……器をもらう……?)


 そんなことができるのだろうか。

 ルシルの前世でも、そんな闇魔法はなかったと記憶している。


「その人が捕まえた男性たちや、魔導士をどうするつもりだったのか。それをあなたは聞いていないのね」

「そうよ」

「それじゃあ、どうしてそんな計画にのったの? あなたがその人に協力する理由がないじゃない」


 ルシルが尋ねると、リリアンは片目を開いて、こちらを一瞥する。


「理由? ふふ、そうね! 理由なんてないわ!」


 彼女は片目だけを大きく開き、唇の端を吊り上げる。歪んだ笑みを浮かべた。


「私は、そいつが何を計画していようが、どうでもよかったの! だって、私は、ただ……!」


 何かを言いかけて、リリアンはハッとして、レナードを見る。

 そして、また不貞腐れたように口を閉じた。


「……何でもないわ」

「リリアンさん。こんな事件を起こしてしまった以上、あなたは犯罪者として扱われる。その際、動機は重要になるわ。理由によっては、情状酌量が認められることも……」

「そんなこと、もうどうでもいいの」


 彼女は諦めたような口調で吐き捨てる。それ以降、ルシルやレナードが何を尋ねても、彼女は貝のように口を閉じて、何も答えなかった。

 これ以上の尋問は無駄だろう。そう判断して、終わりにすることにした。

 しかし、レナードが席を立とうとすると、


「待って。あなたに話したいことがある」


 リリアンがそんなことを言い出した。ルシルの方を向くと、


「あんたには聞かれたくない。出ていってくれる?」


 ルシルはレナードと顔を合わせる。

 彼はこくりと頷いて、


「問題ない。退出してくれ」

「わかった」


 リリアンが何を話すのか、興味はあったが。

 それは後でレナードに聞けば済むことだ。

 ルシルは外に出て、扉にもたれかかる。耳を澄ませてみても、室内の話し声は聞こえてこなかった。



 ◇


「あなた、ずいぶん雰囲気が変わったわね」


 2人きりになると、リリアンは頑なな態度を軟化させた。

 まるで懐かしい同級生に会った時のように、目を細めて、レナードを見る。

 そんな彼女の視線を、レナードは仏頂面で跳ね返した。


「話したいこととは、何だ?」

「性格もまるで別人じゃない。そんなに私とは話したくないってこと? 仮にもあなたに想いを寄せて、告白までした同級生にそんな態度とる? これじゃあ、私はただの道化じゃない」

「告白?」


 レナードは眉をひそめて聞き返す。

 その様子にリリアンは唖然としてから、笑い出した。


「ふふ、あははは! 覚えてすらいないのね! それじゃあ、わからないはずだわ! 私がどうして今回の事件を起こしたのか」

「どういうことだ」

「騎士団に送っていた手紙も、きっとあなたには届いてないのね」


 リリアンは達観したような瞳で目を逸らした。重いため息を吐く。

 思い詰めた様子だが、レナードは冷然とした態度を崩すことはなかった。


「私、闇纏いノクターナルになりたかったのよ」

「何?」

「事件を起こしたいから、闇魔法を覚えたんじゃないの。闇魔法を使ってみたかったから、あいつに協力したのよ。協力すれば、あいつが闇魔法の使い方を教えてくれるって言うんだもの」

「自分が何を言っているのか、わかってるのか?  闇纏いノクターナルがどんな罪を負うのか、知らないわけもないだろう」

「……知ってるわ。ねえ、レナード。私、闇纏いになったのよ」


 リリアンは媚びを売るように視線を送る。

 レナードは平然と返した。


「それが、どうした」

「ふふ、あはははは! あなたの大好きな闇纏いよ!」

「何か勘違いをしているようだな。俺は闇纏いを好きではない」

「嘘よ!!」


 レナードの言葉に、リリアンは感情を爆発させた。


「あなたが言ったんじゃない! 5年の春の日……放課後……! 私はあなたに想いを告げた。でも、あなたは応えてくれなかった……。あなたは好きな人がいると言った! だから、私は闇纏いノクターナルになることで、あなたに興味を持ってもらいたかったの! ――あの子のように!!」


 そこでレナードは初めて、リリアンが何を言いたいのか、理解したようだ。

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