6 偽装夫婦で、潜入します

 日曜日となった。レナードと共にホームパーティに潜入する日だ。

 ルシルは朝から準備に勤しんでいた。

 そして、愕然としていた。


「……びみょう……」


 完全に失敗した。

 それは自分の姿を鏡に映した時に確信した。


 パーティに潜入するためには、それなりの格好をしなくてはいけない。そのため、必要な物一式を(経費で落として)用意していたのだが……。

 ルシルが失敗したのは、ドレス選びだ。

 前世の感覚で選んでしまっていた。


 以前の自分は17歳でもそれなりに発育がよく、背も高かった。たっぷりとした黒髪はきつめにカールがかかっていて、それによって大人っぽく見えた。そのため、色っぽい服装が似合っていたのだ。


 ザカイアの側近をするようになってからは、自分のイメージを固めるという意味でも、「妖婦」のような格好を敢えてしていた。


 その時の癖で、今回も服を選んでしまっていた。

 落ち着いたワインレッドのAラインワンピース。ネックラインは大きく開いていて、背中も大胆にくり抜かれたデザインだ。


 大人びた女性が着れば、妖艶な魅力をたっぷりと引き出せるだろう。

 しかし、今のルシルの姿は童顔な上、低身長。胸も悲しいほどにぺったんこだ。そのため、完全に服に着られているという状態だった。


 ココがぱたぱたと飛んできて、ルシルの肩に留まる。


「全然、イメージが変わるね。ルシルは前の体の方が派手だったからねえ」

「悪かったわね。前世は悪女顔で」

「僕、ルシルの悪女っぷり、好きだったよ。ぞくぞくしちゃう」

「ああ、そう。とはいえ、こっちの体は……」


 もう一度、ルシルは鏡を眺めて、ため息を吐いた。


「何だか、無理して大人っぽい格好してる? って感じが出ちゃうのよねえ……」

「可愛いよ。ルシル」

「ありがとう」

「発表会みたい」

「こら!」


 ココのくちばしを握ってから、ルシルは準備を続行することにした。

 黒髪と、ウェーブかかった髪質も、前世と似ているはずなのに、印象がまるで変わる。アンジェリカの髪は肩につくほどのボブカットで、これまた学生っぽい雰囲気を増長させているのだった。


 アップにまとめられるほどの長さがないので、ハーフアップにして、バレッタで止めた。


 メイクは無理せずに、ナチュラルな雰囲気に。

 完成させてから、鏡でもう一度確認する。


 首から上はそこまで悪くない。可愛らしい雰囲気がよく出ている。

 やはり問題なのは、セクシー系のドレスが似合わないということだろう。

 とはいえ、今さらドレスを買い直しに行くのも面倒なので、今日はこのまま出かけることにした。


(そういえば、レナードが家まで迎えに来るって言っていたけど……)


 やはり空から来るのだろうか。

 そう思って、ルシルは窓を開けてみた。すると、向かいの一軒家――ベランダで、中年の女性が身を乗り出しているのが見えた。ルシルは疑問符を浮かべながら、彼女の視線を追う。


 すると、彼女だけではない。通りの脇に集まった主婦の方々が、目を輝かせてどこかを見ているではないか。

 ルシルの集合住宅の前だ。

 そちらを見て、ルシルは目を丸くした。


 雑誌でしか見たことのないような高級車が止まっている……! 主婦の方々が見つめていたのは、その脇に佇んだ男性だった。

 遠目からでもわかる美形ぶり。そして、すらりとした上背。


(まさか……!?)


 ルシルは慌てて窓を閉めると、部屋を飛び出した。

 アパートの前へと出る。

 車と共に待っていたのは黒髪の男性だった。その姿を見て、ルシルは息を呑んだ。


(変身魔法の意味……!?)


 変身魔法というものは、完全に別人に化けられるものではない。色を変えたり、目の錯覚を促して、目鼻立ちの比率を変えるというものだ。

 しかし、すべてが黄金比で作られた顔面は、錯覚を加えても美形にしか仕上がっていなかった。


 レナードの金髪は、今日は黒色に変わっている。目の色も落ち着いた紺色だ。切れ長の目がアーモンド形に変わって、普段よりは少し幼い雰囲気が出ている。雰囲気としては、学生時代のレナードに近いかもしれない。ここに柔らかい笑みを添えれば、完璧だ。


 しかし、すっかり不愛想になってしまった今のレナードは、鋭い視線をこちらへと向けてくる。


 ルシルが彼を観察している間に、彼もルシルの格好を見ていたらしい。上から下へと視線を走らせてから、彼は不服そうに目を細めた。


「……その格好で、行く気か」

「え? だめ?」


 そんなに似合ってなかった……!? 自分でもわかっていたことだけど、レナードに言われるのは何だか癪である。

 ルシルがむっとしていると、レナードは冷ややかに言った。


「乗れ」


 言葉は突き放したようなものだが、助手席の扉を開けて、一応、エスコートしてくれるつもりらしい。

 車内に入ってからも、レナードは憮然とした様子であった。


「あなた、車の免許持ってたのね」

「…………」

「魔導士では珍しいじゃない? だいたい箒に乗っちゃうし」

「…………」


 気まずさに耐えかねて、声をかけてみるが黙殺される。彼からはどこか不機嫌そうなオーラが出ていた。


 ――そんなに私とパーティに参加するのが気に食わないのか!?


 と、ルシルは内心で思った。

 車が動き出してからしばらくして――ルシルは気が付いた。


「あれ? こっちの道じゃなくない?」


 ホームパーティの会場は、リリアンの自宅である。高級住宅地と呼ばれるエリアだ。しかし、レナードが向かっているのは、都心部の方である。

 車が止まったのは、デパートの駐車場であった。


「ちょっと! 目的地、間違ってるわよ!?」


 ルシルは喚いたが、レナードは構わずに車を降りていく。仕方なく彼を追いかけると、服飾の階へと着いた。

 女性向けのパーティドレスが並ぶ店に、彼は入っていく。


「彼女に合いそうな物を頼む」


 店員をつかまえて、言い放った。


「なるべく肌の露出が少ないものがいい」

「あ……はい! ただ今!」


 店員はレナードに見とれてから、ようやくルシルの存在に気付いて、こくこくと頷いた。


「レナード!? どういうつもり!」

「お客様、こちらはいかがでしょうか?」


 ルシルの文句は、店員の声にかき消された。

 その後、店員がいくつか持ってきたドレスから、レナードが選んだものを着ることになって、ルシルは試着室へと押しこまれていた。


 始めは疑問符と苛立ちでいっぱいだったが、ドレスを体に当ててみると悪くない。ルシルはそれに着替えて、鏡に姿を映してみた。


 落ち着いた紺色のドレスだ。童顔な自分が着ても子供っぽさは出ない。おしゃれなクロシェレースが入っているからだろう。スカートのすそにもレースが施されているが、幼すぎず、程よい高級感がある。

 肌の露出がないので、セクシーさは減った。だが、こちらのドレスの方が今のルシルの体には合っている。


 試着室を出ると、店員がうんうんと頷く。


「とってもお似合いですよ~! 彼女さんにぴったりです!」

「かの……!?」

「彼女ではない」


 レナードはしれっと言い放つ。


「妻だ」


(偽装ッ!! 偽装夫婦です!!)


 ――すでに偽装夫婦としての振る舞いは始まっていたのか!?


 ルシルは顔を赤くするが、否定することもできずに、目を逸らした。

 結局そのドレスをそのまま着ていくことになり、会計はいつの間にかレナードが終わらせていて、ルシルは車へと戻ってきた。


 助手席に座ってから、ルシルはむすっとする。


「ねえ。私が着てきたドレス、そんなに似合ってなかった?」

「いや」


 レナードはハンドルを回しながら、告げる。


「肌を見せすぎだ」

「初夏だし、そんなに寒くないけどね~」


 ルシルは唇を尖らせ、座席に沈みこんだ。ふんと顔を逸らしてから小さな声で付け加えた。


「……でも、ありがと」


 言ってから恥ずかしくなって、その後、ルシルは外を眺めるふりを続けた。




 リリアンの住宅は、高級住宅街の中でも特に目立っていた。

 端が見えないほどの長さの塀。庭には大きなプールがあり、草木は丁寧に手入れされている。


 ガーデンパーティのため、庭にはテーブルや料理が並んでいた。参加者は一目で上流階級とわかる出で立ちの人ばかりだ。すでにそれなりの人数が集まっていて、賑わっていた。


 ルシルとレナードが邸宅の敷地に入ると、周囲の視線が集まる。やはり変装していても、レナードは目立つらしい。


 庭の奥から1人の女性がやって来る。その顔を見て、ルシルはハッと息を呑んだ。

 今回のパーティの主催者。そして、闇魔法の関連が疑われている――リリアンである。


 学生時代の時から8年が経っているというのに、彼女のきつい眼差しを向けられると、ルシルの鼓動は早くなる。未だに彼女には苦手意識があるのだった。

 リリアンはこちらへとやって来ると、ほほ笑んだ。


「リリアン・ドイルです。あなたたちがジュリアの友人なのね。ご夫婦で騎士団で働いていらっしゃるとか?」

「本日はお招きいただき、ありがとうございます。リオ・ブラウンと、妻のアンジェリカ・ブラウンです」


 レナードが穏やかな笑みを浮かべているので、ルシルは内心でぎょっとした。

 この人、笑えたんだ……!? と思う。


 ちなみに、レナードの方は偽名を使っているが、ルシルの方はそのままアンジェリカで通している。


 リリアンはルシルには興味がないようで、一瞥すると、すぐに目を逸らした。そして、その10倍ほどの時間をかけて、レナードをじっくりと観察している。

 彼女は、ふ、と笑う。学生時代によく見た、勝ち気で自信にあふれる表情だ。


「話に聞いていたより、ハンサムじゃない」

「どうも。妻も美人だと評判なんですよ」


 レナードがそう言って、自然な手付きでルシルの腰に手を回した。リリアンはルシルを見る。そして、唇の端をつり上げた。その目付きから、『この程度で?』と思っていることがありありとわかる。


「まあ、そうなの? それにしてはずいぶんと小さいというか……学生さんかと思ったわ。妻というより、妹みたいね」

「私にはもったいないくらいに、よくできた妻です。彼女と出会えたことは、私にとって人生で一番の幸運でした」


 レナードはそう言って、ルシルにほほ笑みかけてくる。愛おしいものを見つめるような、慈愛のこもった眼差しだった。

 ルシルは愕然として、突然、様子がおかしくなったレナードを凝視する。


(えええ~~~~!?)


 愛妻家の演技はしないんじゃなかったの!? と、内心でつっこんだ。


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