5 夜明けの聖戦
レナードはザカイアの対面に降りると、魔法で箒を消した。
「ザカイア! どういうつもりだ。ルシルはどこにいる!?」
「私にまんまとおびき出されたことに、まだ気付いていないのか? それに、勘違いをしているようだな。ルシルは私がもっとも信頼を寄せる同志だよ」
「ちがう!」
レナードはありったけの感情を乗せた声で叫んだ。
周囲は木々に囲まれている。夕日に染まった森は、どこか退廃的な気配に満ちていた。葉の緑色が夕日によって色あせて見え、その上を大量のカラスが飛んでいる。なわばりに侵入してきた2人を見張るように、鋭い視線を向けていた。
「ルシルはお前とはちがう。すべてお前のせいだと僕は知っているぞ。ザカイア……今すぐルシルを解放しろ」
「ああ……不愉快だ。察しの悪い者が放つ言葉は、聞くに堪えない不協和音だ。騎士団の連中や、学校の教師どもが死にかけたのはなぜだと思う。『即死』魔法を食らったからだ。そして、その『即死』魔法を作り出した者こそがルシルなのだ! 世界から不快な音を消し去りたいという、私の願いを叶えてくれる魔法を編み出したのだ! だから、私は同志の中でもルシルをもっとも信頼し、そばに置いているのだよ」
「ちがう。ルシルは、お前の仲間なんかじゃない」
「夢想曲は、私が苦手とするジャンルだよ。耳障りで敵わない」
ザカイアは退屈そうに指揮棒を揺らした。偏屈な指揮者が出来の悪い演奏者を叱りつけるかのように――棒先を空中に打ち付ける。
「レナード・マクルーア。私はこの時をずっと待ち望んでいた! 最近、貴様は巷では英雄と呼ばれているようだな。貴様が編み出した『蘇生』魔法のせいで、『即死』をかけた者たちが助かっているからだ。……だが! 貴様さえいなくなれば、『蘇生』できる者はいなくなる! その時こそ、ルシルの考案した『即死』魔法は、もっとも美しい旋律を奏で、世界中に響き渡ることだろう! この世は私と同志たちが望む、真の世界となるのだ!」
そう叫び、ザカイアはレナードへと指揮棒を向ける。それに応戦するように、レナードは掌を前へと向ける。
「ザカイア……! お前さえいなくなれば、ルシルは解放される……!」
2人が呪文を唱えたのは、同時だった。
「グリ・ラノス!」
「ニクス・ヘプタ」
火花が散る。
激しい魔法の衝突音。
周囲にいたカラスたちが耳障りな鳴き声を上げ、森中に響いた。
両者の魔法の技量は五分。
ザカイアは指揮棒から、レナードは掌から魔法を撃ち出している。閃光が放たれ、両者の中間地点でぶつかり合った。互いに一歩も譲らず、弾け飛ぶようにして、2人の魔法は消滅する。
レナードは即座に次の魔法を唱え始める。
「グリ・ラノ……!」
瞬間――それは起こった。
その襲撃は空から。
黒い雨だ。それも1つ1つが大きい。
ばさばさ――! 羽根が大量にこすれる音と共に、降ってきた。
それは大量の鳥の死骸。
いや、死骸ではない。
生きている――!
カラスたちが特攻をかけるかのように、羽を折りたたんで降って来たのだ。
レナードは愕然と顔を上げる。彼の視界は瞬く間に、大量の鳥で埋めつくされた。
「なっ、これは……!?」
「言ったはずだぞ。英雄小僧! 貴様はここにおびき出された時点で、すでに罠にはまっていたのだ!」
ザカイアが興奮した手付きで、指揮棒を振る。
その激しい手振りからわかる――今、この演奏は、エピローグに差しかかったのだ!
「貴様の血で、フィナーレを飾ろうではないか! ニクス・ヘプタ!!」
その瞬間、レナードは悟ったような表情を浮かべる。
突如、降ってきた大量の鳥――野生の動物ではない。皆、誰かに使役されている。
先ほどからこの森を飛び回っていたカラスたちは、すべて
ザカイアの呪文と共に、鳥たちの体が変化していく。
闇魔法『変貌』。使い魔の体を獰猛な魔獣へと変える魔法だ。
この数の使い魔がいっせいに『変貌』すれば――どんな魔導士だって、為す術はない。レナードは焦った表情で掌を前へと向ける。しかし、この状況下でどの魔法を発動させれば、窮地から脱することができるのか、咄嗟に判断できないようだ。
彼の舌先は固まって、簡単な防御魔法すら唱えることができない。
レナードのもっとも近くにいた鳥が、『変貌』しながら襲いかかってくる。凶悪に変化したくちばしを開き、奇声を上げながらレナードへと突進してきた。
――その瞬間、レナードは瞠目した。
真っ黒の羽に埋めつくされていた視界。その中に1羽だけ、白い鳥が混じっている。その鳥がレナードの正面を横切るように飛んだ。
次の瞬間。
空中で魔法陣が展開する。その魔法陣は鳥たちの動きを一斉に止めた。見えない網に捕縛されたかのように、鳥は羽を開いた体勢のまま固まっている。『変貌』の発動も止まっていた。
「なっ……何だ、これは!?」
ザカイアが混乱したように叫ぶ。
その隙を逃さず、
「グリ・ラノス――!」
レナードは呪文を唱えた。
光線が放たれ、ザカイアへと一直線に――!
「まさか、貴様ああああ……っ!」
直前まで『変貌』の呪文を唱えていたザカイアは、咄嗟に魔法を切り替えることができない。
防御の展開は間に合わず、ザカイアの胸を光線が貫いた――!
ザカイアの体は後方へと吹き飛ぶ。木に背中をぶつけ、ごほっ、と咳きこんだ。空気の塊に続いて、口からは血が流れ出す。
その胸は黒く焼け焦げていた。じゅうう、とくすぶるように肌が焦げる音と共に、黒い煙が上がっている。一目で致命傷であることがわかる。
ザカイアは呆然と口から血を垂れ流していた。やがて、得心がいったように呟く。
「ああ……、はめられたのは、私の方であったか……! ふふ、……ははははははっははぁあ!!」
彼は絶命する最後の瞬間まで――狂気じみた笑い声を辺りに振りまいていた。その声が森の奥深くまで響き渡り、残響して消えていく。
レナードの周囲には黒い羽根が舞っている。カラスたちが落とした羽根が彼を取り巻くように、ゆっくりと降下していく。
「……終わったのか……?」
彼は呆然と呟く。それからハッとして、周囲を見渡した。
先ほど、彼の前を横切った白い鳥――。
視界に映るのは黒い羽根ばかりで、白い鳥はどこにも姿が見えなかった。
――こうして、黒き王ザカイア・キングストンは息絶えた。
8年前に起きた、『夜明けの聖戦』。
勝者は当時17歳で、学生であった少年――レナード・マクルーア。
レナードの功績は広く知れ渡り、彼は英雄として名を馳せるようになった。
+ + +
〇これでザカイア様に詳しくなれる! ~豆知識編~
ザカイアの固有呪文「ニクス・ヘプタ」
その時の気分にぴったり合う音楽を指揮するイメージで、指揮棒を振りながら唱えましょう。
呪文の意味:夜想曲第七番
→ザカイアがこの世でもっとも愛する曲の名前。
ザカイアの唯一の親友である、音楽家の男が作った曲です。
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