3 リリアンといえば、
闇魔法が関わると思われる事件。
その中で飛び出してきた名前が、リリアン・ドイル――。
魔法学校時代、ルシルに嫌がらせを行ってきた女子だった。
ルシルがその名前に愕然としていると、レナードはしれっと告げた。
「知り合いか、新人」
「え? 知り合いって言うか、昔……!」
『昔の同級生でしょ!?』と言おうとして、ルシルは口をつぐんだ。
――今の自分は、アンジェリカとして生きているのだった……!
アンジェリカがレナードの同級生について知っていたらおかしい。少し考えを巡らせてから、「そういえばアンジェリカも、シルエラ魔法学校出身者であった」と思い出す。
「その……学校の先輩に聞いたんだけど、リリアンさんという女性がシルエラ魔法学校にいたという話を。すごい美人で、評判だったみたい。あ、あなたとも年齢が近いし、もしかしたら知ってるかも?」
「いや。記憶にないな」
レナードはきっぱりと告げる。
(何で覚えてないのよ~~~~!)
ルシルは内心で盛大に叫んだ。
当時、リリアンはレナードに執心していて、ありとあらゆるアプローチを行っていた。プレゼントを贈ったり、毎日、声をかけてきたり、どうにかして2人きりになろうと、友人たちといろいろな手を画策してきたり。それに、リリアンは同級生の中でも目立つ生徒だった。美人だと評判だったからだ。男子生徒たちの間でも、リリアンの人気は高かった。
「写真があります」
女性はそう言って、写真を机の上にとり出す。ホームパーティで撮った写真のようだ。皆、笑顔でカメラを見つめている。その1人を女性は指さした。
学生時代と変わらない姿がそこには映っていた。気の強そうな顔立ち。長く伸ばした赤毛は、毛先がきくつ巻かれている。自信にあふれた笑顔を浮かべている。
リリアンの写真を見て、
「ああ」
レナードはようやく得心がいったように頷く。
「そういえば、いたな」
(ええ……? その程度の認識なの……?)
ルシルは内心で呆気にとられる。
もしかしてこの男、学校時代の記憶がほとんど残っていないのか? そうだとすれば、ルシルとの思い出も忘れてしまっているのではないか? そう考えると、胸の奥がちくりと痛んだ。
その痛みは気付かないふりでやり過ごし、ルシルは話を続ける。
「奥さんはリリアンさんと、どういう経緯で知り合ったんですか?」
「友人に誘われて参加した、ホームパーティで……。その時は娘を実家に預けて、夫婦で参加しました。リリアンさんはパーティ会場でも目立っていました……その、お綺麗でしたから。でも、その時の主人は、彼女には興味がなさそうだったんです」
「なるほど。でも、ご主人は突然、彼女に惚れこむようになったと?」
「はい……。それで、彼女と一緒になりたいのだと家を出て行ってしまいました……。あれから、1週間、家には帰って来ていません」
「仕事はどうされているのでしょうか?」
「はい。職場に問い合わせたところ、1か月の休みを申請していたみたいで……」
「なるほど。では、ご主人は失踪したわけではなく、計画的に家出をされていると」
「はい。彼が今、どこで生活をしているのかは、私にもわかりません」
「リリアンさんとは連絡をとりましたか?」
「はい……。でも、主人のことは何も知らないと……」
彼女はそう言って、悲しそうに俯いた。
「それに。その……主人だけではないんです」
「というと?」
「パーティに参加していた他の男性も1人、リリアンさんに惚れこんで、家出をされている方がいて……」
「なるほど。奥さん、もしかしてその方は、もともとは愛妻家だった人ではないですか?」
「そうです……! どうして、わかるんですか?」
「少し心当たりがあります」
「そういう闇魔法があるということですか!? ということは、やっぱりリリアンさんが闇魔法を……!?」
すると、レナードが冷静に口を挟んだ。
「リリアンから話を聞くことは可能ですが、この場合、白を切られてしまったら、強制的に捜査を行うことは難しいです。失踪ではなく、家出……それも本人の意思が確認できているとのことですので、事件性は低いという扱いになります。ご主人の心変わりが、違法魔法のせいだという証拠もありません」
突き放すような口調に、女性の表情は見る見るとしおれていく。
「……そこを、何とかなりませんか?」
「あるとしたら、現行犯で捕まえるしかないですね」
ルシルは考えながら、口を開いた。
「もし、リリアンがあなたのご主人や他の男性に、違法な魔法を使っているのだとしたら、その場でそれを捕りおさえるしかないわ」
「それでしたら……! 彼女、来週もパーティを開くらしいんです! 友人から聞きました」
「その友人にお願いして、私たちがパーティに参加することは可能ですか?」
「はい。頼んでみます! あ、でも……そのパーティ、既婚者のみの集まりとなっているのですが、大丈夫ですか?」
「え……?」
「問題ない」
「ええ!?」
レナードがあっさりと頷いたので、ルシルは驚愕する。
既婚者のみのパーティへの潜入……どうやって、行うつもりなのだろうか。
事情聴取を終え、女性には帰ってもらうことにした。
ルシルはレナードと向き直ると、
「既婚者のみの集まりって言われたけど、あなたって、実は結婚してたりするの?」
「ずいぶんと馬鹿げたことを言うんだな」
「それは、私のセリフだけど!? それじゃあ、どうするつもりなの?」
「偽装すればいい」
「念のために聞くんだけど、誰と誰が?」
「俺と君しかいないだろう」
ルシルは、ひっ、と喉を引きつらせる。脊髄反射で拒否していた。
「い、いや……!」
「……は?」
途端、レナードの眼光が鋭いものに変わる。ただでさえ氷点下の雰囲気が極寒へと変わっていたが、ルシルは構わずに喚いた。
「あなた、自分がどれだけ有名で人気者なのか、自覚あるの!?」
レナードに奥さんがいた――そんなことが知れ渡ったら、連日大ニュースで、国中が大騒ぎになる。嘆き悲しみ、絶望する女性がどれだけいると思っているのか。
「変装すれば問題ない」
「ええ!? そんな面倒なことしなくても、あなたじゃなくて、たとえばアルヴィン先輩に頼むとか……」
「は?」
レナードの声が一段と低いものになった。その眼光に殺気のようなものが混じった気がするのは、気のせいだろうか。
「君のパートナーは俺だ」
「パートナーって、仕事のね!?」
何だか誤解を招きそうな言い回しだったので、この場には自分たちしかいなかったのに、ルシルは必死で訂正した。
「まあ、確かに魔法で変装することはできるけど……」
ルシルはそう言って、レナードの姿をじっと見た。
変身魔法で変えられるのは、髪の色や、目の色、目鼻立ちの比率をいじるくらいである。背丈や体格は変えられない。
それにしても、この男の顔立ちは整いすぎている。すべてが黄金比なのだ。だから、魔法で目の錯覚を起こして、比率を少しいじっても、恐らくそれなりの美男に仕上がるだろう。
そんなことを考えていると、レナードも自分の顔をじっと見ていることに気付いた。
――今さら、見つめ合っている構図になっていることに気付く。
ルシルは落ち着かない気持ちになって、さっと目を逸らした。
「ところで、新人。被疑者が使う闇魔法に、心当たりがあるのか」
「私に聞くの……?」
そわそわとした気持ちが残ったまま、ルシルはレナードを見る。すると、レナードは相変わらず、ルシルの顔を見つめていた。
表情も雰囲気も、学生時代とは別物になってしまったが、澄んだ色の碧眼だけは変わらない。その瞳に見られていると、心の奥底がぐるぐるとしてきて、ルシルはまたもや目を逸らした。
「どうなんだ」
「……結論から言うと、あるわ。異性を自分に惚れさせる。『魅了』の闇魔法がね」
「リリアンがそれを使って、男性を自分に惚れさせていると?」
「まだ確証はないけど……。件の男性たちは、愛妻家ばかりとのことだったわね。そして、リリアンは既婚者限定のパーティで、ターゲットを探している」
「そういう魔法をかけるのなら、独身者の方が都合がよさそうなものだが」
「ところが、そういうわけにはいかないのよ。恋情というのは、ゼロから生み出せるものではないの。『魅了』魔法は、相手の中にある恋心の対象を自分と錯覚させるものだから」
「なるほど。だから、その魔法にかかった者は皆、愛妻家だったというわけか」
「そういうこと。気になるのは、リリアンが『魅了』をかけた男性たちをどうしているのか、ということだけど……」
「ああ。彼らの安否確認がとれていないからな。まずいことになっていなければいいが」
今の段階では、リリアンが闇魔法を使っているという証拠がない。やはり現場を押さえるしかないだろう。
そのためには、パーティに潜入するしかないのだが……。
レナードと偽装夫婦を演じなくてはいけないこと。
学生時代の因縁の相手・リリアンと会わなければいけないこと。
2つの点が憂鬱で、ルシルは気が乗らなかった。
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