第二部 ホームパーティ編
1 英雄とパートナー
――レナードと仕事で、パートナーになってしまった。
ルシルは放心していた。
自分のデスクに戻っても、やる気が出ずにぐったりとしていると、
「アンジェリカ、聞いたわよ」
声をかけてきたのは、先輩職員のケイリーだ。隣のデスクから、こちらを気遣うような眼差しを向けてくる。
「まさか新人のあなたが、英雄と組むことになるなんてね」
「先輩……替わってもらえませんか?」
「無理」
ケイリーはくすくすと笑いながら言った。
この騎士団には、レナードの熱烈なファンが大勢いるが、ケイリーにそういう趣向はないらしく、一歩引いた態度である。だから、ルシルは彼女には安心感を抱いていた。
ケイリーは自席で紅茶に砂糖を入れながら、
「それにしても、あなたも珍しいわね。最近、ここの就職を目指す人って、ほとんどがレナード目当てなのに」
「彼、どこに行っても人気ですもんね。先日の魔法学校でもすごかったですよ」
「でしょうね」
ケイリーはほほ笑んで、カップを両手で包む。上品な仕草で、湯気に息を吹きかけた。
「32件よ」
「え……?」
「ここ数年で、レナード絡みで起きた問題の数。彼を狙う女性職員が暴走したり、職員同士でつかみ合いのケンカに発展したり。あとは、『女房が英雄に惚れて、離婚したいと言ってきた! どうしてくれる!』って怒鳴りこんでくる一般人もいたりとか」
「うわ~……」
想像するだけでルシルはげんなりとする。
「だから、最近の新卒はレナードに興味がなさそうな人をとることにしてるらしいの」
「それで、アン……私が?」
「そういう側面もあるかもね」
ルシルはアンジェリカの家を思い出す。彼女の私物は多くなく、内装もシンプルだった。唯一特徴があったのは、甘いものがたくさん常備されていたということくらいだ。レナードに関わるような雑誌やポスターも1つもなかったので、彼女はレナードに興味がなかったようである。
「本当はこの職場では、2人1組で行動することが規則になっているんだけど、レナードの場合は特別よ。ペアを作る方が問題を起こすからってことでね。長年、彼は1人でやってきたの。それなのに……」
そこでケイリーは身を乗り出してきて、
「それがいったい、どうして突然、あなたとペアを組むことになったの? もしかして、あなた、実は彼と付き合ってるとか?」
「ないないない! ないです!」
ルシルは必死で手を振る。ケイリーはくすくすと笑いながら続ける。
「もしそうだとしても、そのことは周りには秘密にしておいた方がいいわよ。……まあ、あなたとレナードがペアを組んだという話は、遅かれ早かれみんなに伝わっちゃうと思うから……いろいろと面倒なことになるかもしれないわね」
「うげ~……」
ルシルは再度ため息をついて、机の上に倒れこむ。
――そういうことは、実は昔、一度体験しています!
なんてことは、口に出しては言えないけれど。
でも、ルシルは身をもって知っていた。魔法学校時代はレナードと仲良くしていただけで、周りの女子から妬まれて、散々嫌がらせを受けるはめになったのだ。
ケイリーはルシルの様子を見て、くすくすと笑う。「頑張って。何かあったら、相談に乗るからね」と、ルシルの机にチョコバーを乗せた。
ルシルは騎士団のエレベーターに乗って、高層階へと向かう。
そこは留置場となっていた。出入りはエレベーターでしか行えず、そのエレベーターも専用のカードキーがないと動かせない作りとなっている。
ルシルは足早に廊下を突き進んだ。牢からたくさんの好奇の目を向けられる。その多くが
「よう、先日のおチビさん……俺と遊ぼうぜ?」
鉄格子をつかんで、ニヤニヤとしているのはダリオスだ。ルシルは彼を完全に無視して、奥の牢へと向かった。
牢の中を覗きこむと、1人の少女が壁に寄りかかって座っている。
「ポリーナさん」
声をかけると、ポリーナは力のない笑みを浮かべた。
「アンジェリカさん……来てくれたのね」
「あなたに知らせたいことがあってね」
少しやつれているようだが、まだ笑顔を浮かべるだけの元気はあるようだ。
ルシルは牢の前に佇んで、彼女にほほ笑みかけた。
「レベッカさんたちが自白したそうよ。あなたの使い魔を殺したのは自分たちだって」
「え!?」
ポリーナは立ち上がって、そばへとやって来た。
「それ、本当!?」
「ええ。それで彼女たち、退学処分になったって」
「あいつらが……自分の罪を認めたなんて本当……? でも、どうして?」
「さあ」
ポリーナはしばらく呆然としていたが、徐々に喜びを実感できたらしい。その目に光が戻っていく。
「アンジェリカさん、ありがとう。約束を守ってくれたのね」
「私は何もしてないわ」
「……うそ」
ポリーナはこちらをちらりと見上げてから、くすりと笑う。
「認めてくれなくても、私はあなたに感謝するわ。ありがとう。不思議な新人騎士さん」
「あなたにも情状酌量の余地は認められると思う。とはいえ、闇魔法に手を染めた罪は重いわよ」
「……ええ。わかってる」
「それじゃあ、そのことを教えてあげたかっただけだから」
ルシルはそう言って、彼女に背を向ける。
「待って。アンジェリカさん。1つお願いしてもいい?」
「なに?」
「お金は払うから、買って来てほしいものがあるんだけど……。その、チーズや果物を少し」
「え?」
ルシルは目を丸くして振り返る。すると、ポリーナの髪に隠れていた鼻先が現れた。ひくひくと小さな鼻をひくつかせている。
彼女の新しい使い魔のネズミだ。
「……この子に」
ポリーナは照れたように告げてから、ネズミの頭をそっと撫でた。ルシルはじんわりと笑みを浮かべ、
「もちろん」
その頼みを快諾した。
エレベーターで降りて、執務室へと戻る。扉を開けたところで、レナードと鉢合わせた。
ルシルは内心で、「うわ……」と思ってから、横へとずれて道をゆずる。しかし、レナードはなぜかその場で立ち止まり、ルシルへと視線を送ってくる。
その視線に居心地の悪さを感じて、ルシルは気付いてないふりで、壁に貼ってあるポスターを見上げていた。
レナードが冷ややかな声で告げる。
「新人、ついて来い」
――そのまま立ち去ってほしかったのに。
と思いながら、ルシルは内心でため息を吐く。
「……新人って呼ぶの、やめてくれます? アンジェリカです。それに、今からお昼休みなんだけど」
「ああ。だから、昼食に行く」
「へ!?」
――いきなり何を言い出すのか。
そんな思いが強すぎて、つい素が出てしまった。
「私と、あなたで? 何で!?」
「不満なのか」
「え!? えっと……だって」
本音を言うなら、勘弁してほしい。
レナードと一緒に外に出たら、どんな目に遭うのか。想像がつくので胃が痛い。
ルシルが必死に言い訳を考えていると、
「いいから、来い」
レナードが強引に手首をつかんで、歩き出した。ルシルはよろけながらも、彼に続くことになり、
(ちょ、ちょっと~! 他人への気遣いまで、どこかに大暴投してきたの、この男!?)
内心で悪態をつきながらも、無駄にすらりとした背を睨みつけた。
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