10 闇夜にまぎれ、悪女は蘇る
ルシルたちは、ポリーナを連れて医務室へと戻った。 呪いをかけられた生徒たちは依然として眠り続けている。呪いを解くことができるのは、呪いをかけた本人だけだ。
「彼女たちの呪いを解け」
「……できないわ。解き方、知らないもの」
レナードは眉をひそめて、ポリーナを睨みつける。しかし、ポリーナはすねた様子で目を伏せた。嘘をついている様子はなかった。
ルシルは仕方ないと、口を開く。
「私が魔法陣を構築するわ。ポリーナさんが呪文を唱えて、その魔法陣を起動してくれる?」
「あなた……呪いの解き方を知ってるの?」
「この形式のものなら。たまたま、ね」
レナードが怪訝そうな目付きでルシルを見る。しかし、ルシルは気付かぬふりをした。
ルシルがベッドに向かうと、それをぼやけた視線でポリーナは眺めている。その場から動こうとはしなかった。
その瞬間、彼女の面持ちが辛そうに歪んだ。
「嫌……。できない。こいつらは、自業自得よ!」
足がすくんでいる。手が震え、泣きそうな顔になっている。レベッカたちが呪いから解放されて起き上がることに、恐怖を感じている様子だった。
そんな彼女に向かって、レナードは無情に告げる。
「こういう場合において、騎士は武力行使を認められている。力づくで言うことを聞かせられたいのか?」
「待って……レナード」
ルシルはポリーナの眼前に立った。柔らかな口調で告げる。
「あなたは、使い魔の仇をとりたかったのよね。私が彼女たちに、したことの責任は絶対にとらせる。約束するわ。だから、今はいったん呪いを解いて」
「責任って……! どうするつもりなの? 先生たちだって、事故だと思っているのに……」
「私を信じて」
優しくほほ笑んで見せるが、それでもポリーナは半信半疑な視線を向けてくる。
ルシルは次に、服の中に隠していた白ネズミをとり出した。『変貌』の魔法は解除してあるが、呪いの痣を受けたせいでぐったりとしている。掌の上で、苦しそうに浅い呼吸をくり返していた。
「ポリーナさん、この子を見て。この子は呪いの代償を受けて、苦しい思いをした。今だって苦しんでいるの。彼女たちの呪いを解けば、この子の代償も消えるわ」
「知らない。その子がどうなろうと……! 私には……」
ポリーナはネズミからすぐに目を逸らす。その表情に、苦しげなものが混ざっていることにルシルは気付いていた。
先ほど、医務室で対峙していた時からそうだ。ポリーナは使い魔から、頑なに視線を逸らそうとしていた。直視することが怖いのだ。その痛みを自分のもののように感じてしまうからだろう。ポリーナは本来、使い魔に優しい少女であったはずだ。その心は変わらない。
そして、ポリーナの呪文の意味をルシルは理解していた。
アスロ・ハーノ……その意味は、『白くて可愛い子』。
「この子を助けてあげよう。ポリーナさん」
ポリーナの目の高さまで使い魔を持ち上げると、彼女の瞳が揺らいで、潤んでいった。
「アンジェリカさん……。本当に約束してくれる……? 死んだあの子の痛みや苦しみを、彼女たちにわからせてくれるって……」
「もちろんよ」
ポリーナは泣きそうな顔で、使い魔を受けとる。そして、小さな声で「ごめんね……」と呟いた。
ルシルはベッドへと向かう。
寝ている女生徒に向けて手をかざすと、魔法陣を作り出した。
空中で一筆ずつ描かれて、紋様が浮かび上がっていった。魔法陣は複雑な魔法を発動する際に使用するものだ。魔法式を図形として組みこんで、効果を発動させることができる。
空中で魔法陣を描き上げると、ルシルは声を上げた。
「ポリーナさん、今よ」
「……アスロ・ハーノ」
淡々とした言った様子で、ポリーナは唱える。すると、レベッカたちに浮かんだ痣が、溶けるようにして消えていった。
レナードがもう一度、ポリーナの両手を拘束する。
呪いを解除しても、闇魔法に関わったという罪は消えない。彼女はこのまま騎士団に連行される。
ポリーナが闇魔法の知識を得ることがなければ……こんなことにはならなかったのに。
「あなたは闇魔法をどこで習得したの?」
ルシルが尋ねると、ポリーナは答えた。
「私の教科書にメモが挟まれていたの。いつの間にかね」
「え……?」
「そのメモに、闇魔法の使い方が書かれていたわ」
彼女の言葉に、ルシルの鼓動は激しく鳴った。
勝手に自分の持ち物に紛れていた。そこには、闇魔法の使い方が記載されていた――。
そして、闇魔法の使い方を知って、試すことになり――。
――呪いをかけられた、女子生徒――。
――彼女がこんなことになったのは、私のせい――。
目眩がする。ポリーナの言葉によって、自分の記憶が引き出されて、ルシルの脳内を駆け巡った。
(まさか……? それって、私の時と同じ……?)
ルシルが闇魔法に関わることになった、きっかけ。
それと同じことが、またこの学校で起こっている。
ルシルの胸に不安と疑惑が募り、それが急速に膨らんでいく。
◆
一方、レナードは鋭い視線で、ルシルを射貫いていた。
(今、彼女が使った魔法陣……。それに、彼女はなぜ、こんなにも闇魔法に精通している……?)
彼の中で、ある疑惑が生まれていた。
◆
ポリーナは騎士団に逮捕された。
その話は学校中を駆け巡った。
レベッカたちが目覚めると、彼女たちは「可哀そうな被害者」として扱われた。ポリーナがなぜ彼女たちを呪ったのか、その真相を知るものは誰もいなかった。
「それにしても、本当に災難だったよね~」
事件の翌日――。
レベッカたちは、寮の談話室に集まっていた。体調は回復しているが、大事をとって今日は学校を休むことになっている。
授業中だったので、他に生徒はおらず、談話室にいるのは彼女たち5人だ。
レベッカはお見舞いにたんまりともらった、好物の菓子を口に放りこむ。学校の生徒も教師も、レベッカたちには同情的だった。一方で、ポリーナの方は『何の非もないクラスメイトに、呪いを放った異常者』として扱われていた。
「でも、レベッカ。本当に大丈夫なのかな? ポリーナがさ、うちらがやったことを騎士団で話していたら……」
1人が不安そうに告げると、レベッカは鼻で笑った。
「もしそうなら、とっくに私たちに事情聴取に来てるって! きっと誰も信じなかったのよ。あの時みたいにね」
レベッカは馬鹿にするように、作り声で続ける。
「『私の使い魔、殺されちゃったの! どうしてあの子があんな目に~~』」
ドッと一同は沸いた。
「もう、レベッカ! それ、本当、やばいって~!」
「『お願い、あの子には何もしないで! やめて~~』」
レベッカが更に物まねを続けると、一同は手を叩いて盛り上がる。
「はー、それ、何度見てもウケる! って、あれ……?」
そこで、友人の1人が気付いた。談話室の窓がいつの間にか、開いていて、そこから風が吹きこんでいる。
突然――誰かが入ってきた。箒に乗ってなめらかに、音もなく。
レベッカたちはぎょっとして、そちらを向く。
「ちょ……誰!?」
「こんにちは。もうすっかり、調子は良くなったみたいね」
そう告げたのは1人の女性だ。フードで顔を隠しているので、誰なのかはわからない。
突然の侵入者にレベッカは驚いた様子を見せるものの、相手の見た目が小柄だったこと、愛想のいい声で挨拶されたことで、余裕をとり戻したようだ。
「は? 誰、あんた。びっくりしたじゃん。何でそんなところから、入ってくんのよ」
レベッカが強気に告げると、他の友人たちも調子づいて、フードの人物に見下すような視線を向ける。
フードの人物は、可愛らしい声で話を続けた。
「さっき、聞こえてしまったんだけど……あなたたちが、ポリーナさんの使い魔を殺したっていうのは、本当なの?」
「はっ、それが何?」
レベッカは悪びれもせずに言い放つ。
「だったらどうだっていうの? それに先生たちが言ったのよ。あれは事故だって」
「そうそう、あれは不幸な事故だったよね~」
「レベッカは何も悪くないのにさ! そんなことで逆恨みして、呪いなんてしてくるアイツの方が、よっぽどやばいって」
「……そうね」
フードの人物は穏やかな声で続ける。
「ポリーナさんは間違っていたわ」
彼女が同意したことで、レベッカたちは一斉に吹き出した。
「でしょ!?」
「やっぱり、そうだよね~」
調子づいたように笑うレベッカたちに、フードの人物は続ける。
「だって、仕返しにしては手ぬるすぎるもの」
「は?」
「なに……?」
その瞬間――辺りの空気が変わった。フードの人物の顔は見えないが、それでもその向こうでは微笑を浮かべている――そんな雰囲気の、感じのいい話し方だ。
しかし、その声とは裏腹に――ぞっとする冷気のような気配が、彼女からは放たれていた。
それは激しい怒りのような感情だ。
その気配を感じとって、レベッカたちはざわついた。
「眠り続ける呪いなんて……そんなの、受けた本人は何も苦しくないでしょ? そんな呪いが仕返しって言える? だから、ポリーナさんは間違えたのよ。呪いの選択をね」
「は? あんた、何……!? 何言ってるの……!?」
「仕返しって言うのは、こうするものよ。――
「「「え……!?」」」
レベッカたちは愕然とした。
1つは、フードの人物が禁止語句を唱えたこと。もう1つはその瞬間、彼女の手から黒い霧が噴射されたことだ。
しかし、それが何なのかを理解する前に――彼女たちは意識を失っていた。
その後、レベッカたちは必死に教師たちに訴えた。
「学校に、ルシル・リーヴィスが現れた!」
その発言を教師たちはとり合わなかった。
「そんな馬鹿げた嘘は、冗談でも言うもんじゃない!」
レベッカたちは反対に叱られるはめになった。
更に、彼女たちはこうも訴えた。
「毎晩のように悪夢を見る! ポリーナの使い魔が『変貌』して、襲いかかってくる! そして、何度も殺される!」
その言葉に、教師たちはこう返したらしい。
「はあ? だから、何だ。ただの夢だろう」
レベッカたちの言うことを、誰も信じなかった。
彼女たちの悪夢は毎晩のように続き、彼女たちはどんどんとやつれていった。そのうち、彼女たちは教師たちにこう白状したらしい。
「ポリーナの使い魔を殺したのは私たちです! ごめんなさい、もう許して! どんな償いでもするから、あの悪夢をとめて!」
+ + +
魔法学校での事件は、これでおしまいです。
レナードが何かに気付き始めた様子……?
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