8 闇魔法で敵うと思う?(←前世、側近なもので…)

 ココと寄り添ううちに、少しずつ心が落ち着いた。


「さてと……事件の調査をしなきゃね」


 自分を元気づけるために、敢えて明るい声で言いながら、ルシルは目の端を拭う。

 ココが肩から飛び立って、机の上に留まった。ルシルを見上げて、首を傾げる。


「犯人には、呪いのあざがあるって言ってたよね? それじゃあ、この学校にいる人全員の手首に痣がないかを、見ればいいんじゃない?」

「恐らく、犯人自身の体にその痣はついてないわ」

「え……!?」


 ココはぎょっとしたように、羽を羽ばたかせる。


「そんなことって可能なの?」

「自分の体に痣がついていたら、すぐに犯人だとバレてしまうでしょう? だから、ザカイアが生み出した、ある裏技があるのよ」

「ふんふん。僕、気付いたんだけど。闇魔法に詳しいルシルって、この仕事に適任なんじゃない?」

「やめて。……仕事は早くやめたい。転職活動しなきゃ……」


 自分でも薄々気付いていたことを指摘されて、ルシルはげんなりとする。

 蛇の道は蛇ということか。

 とはいえ、正体がバレたら即刻処刑される未来しかないので、あまりにも茨の道である。


 ココが興味深そうに、羽をパタパタと広げては折りたたむ。


「その裏技って、どうやるの?」

「黎明騎士団では、使い魔を持っている職員の方が少ないわね。なぜだかわかる?」

「言われてみれば、使い魔がいるのは君くらいだね。うーん……何で?」

「仕事が忙しすぎて、世話ができないからよ」

「黎明とかって言われている割りに、実態はブラックなんだね」

「そうとも言えるわね……。でもね、反対に闇纏いノクターナルは使い魔を持っている人が多かったの」

「あ、なるほど。闇魔法を使うと心が廃れるから、癒しがほしかったんだ!」

「……ザカイアが、使い魔で癒されている光景、見たい?」

「おぞましいよ」


 ココは黒い羽根をぷるぷると震わせながら怯えた。ルシルも自分で言っていて、怖気が走るような言葉だった。


「闇纏いにとって、使い魔は有益な存在になるからよ」

「え……その裏技って、まさか? じゃあ、ポリーナが使い魔を連れていなかったのって……?」

「……まだ彼女が犯人と決まったわけではないわ。それに、ポリーナさんは使い魔のことを大事にしているみたいだし」


 わからないところはそこだ。

 ポリーナはリストバンドに、自分で使い魔の刺繍を施したと言っていた。その時の誇らしげな表情を思い出す。彼女はココに向かっても、温かな視線を向けていた。


 ――そんな彼女が、自分の使い魔にひどいことをするだろうか?


「もう少し、調べてみましょうか」


 ルシルが立ち上がると、ココが飛んできて、ルシルの肩に留まった。



 ◇



 生徒たちから話を聞き終わると、ルシルは医務室に向かった。


 室内には夕闇が差している。ベッドの中では、5人の被害者が依然として眠り続けていた。個々のベッドにはカーテンがとりつけられ、遮断されているため、室内は狭く見えた。医務室内は黄昏時の色よりも影に支配されている。


 1人の生徒がベッド脇に佇んでいた。その背も影に呑みこまれているかのように見える。

 ルシルが近付くと、少女――ポリーナはゆっくりと振り返る。


「アンジェリカさん、犯人はわかりましたか?」

「ええ」


 ルシルは静かな口調で告げた。


「彼女たちに、呪いをかけたのはポリーナさん。あなたでしょう」

「……私を疑っているんですか?」


 ポリーナは鷹揚に笑みを浮かべる。逆光のため、薄闇がまとう笑み。


「私もこの学校の出身なの。私がこの学校にいた頃、デニス先生は贔屓ひいきの激しい先生だった。そして、自分の好みとは外れた生徒には、とことん無関心だったのよ。それは今も変わらないみたいね。デニス先生は、あなたとレベッカさんたちが仲良しだと言った。でも、本当はちがったんでしょう? 生徒さんたちが話してくれたわ。……あなたは、彼女たちから嫌がらせを受けていたみたいね。その復讐として、呪いをかけたのね」


 ポリーナは冷静だった。

 ルシルの言葉に動じない態度が、不自然さとふてぶてしさを構成しているということに、本人は気付いていないようだ。


「私が犯人だという証拠があるんですか?」

「彼女たちがかけられているのは、とても古い様式の呪い。呪いをかけられた子たちは、右手に痣が浮かんでいた。本来、その痣と同じものが呪いを使った人にも現れるはずなの」

「それなら、アンジェリカさんも見ましたよね。私の手に、その痣はありません」

「『代償の肩代わり』。痣はあなたではなく、あなたの使い魔についているのよ」


 ルシルが告げると、ポリーナは眉をひそめた。


「あなた、なぜそこまで闇魔法に詳しいの……!?」


 彼女は右手でリストバンドを握りしめる。シワがよって、刺繍された使い魔の顔がくしゃくしゃになるほどに、強く力を込めた。

 ルシルは一歩、彼女の方へと足を踏み出す。


「大事にしていた使い魔に、代償の痣を押し付けて……あなたの復讐はそうまでして、やりたかったことなの?」

「――あなたに何がわかるというの」


 その瞬間、彼女の眼差しには影が落ちる。

 瞳の奥で激しい憎悪の火花が散った。


「……わかるわ。だって……私も学生時代、ある女子生徒に嫌がらせを受けていた時期がある。だから、その気持ちは少しはわかるつもりよ。でも……どんな理由があったにせよ、闇魔法にだけは手を出してはいけなかった」


 ポリーナは観念したように俯く。

 感情の抜け落ちた声で告げた。


「死んだの」

「え……?」

「私が大事にしていた、使い魔……。あの子は死んだの。あいつらに殺されたのよ。あなたの言う通りよ。私はレベッカたちに嫌がらせを受けていた。ううん、嫌がらせなんてレベルじゃない。あいつらがやっていたのは、犯罪行為よ! 人のものを壊して、勝手に捨てて……。そして、あの子まで……! 魔法の標的にして、弄んで……。でもね、学校側はその件をただの事故だと判断したわ。信じられる? 大切なあの子がいなくなったのに……。『あれは事故だ。レベッカたちもわざとじゃないと言っている』と言われた時の私の気持ちが、あなたにわかるの!?」


 悲痛さが滲んだ声に、ルシルは胸は痛くなった。

 その瞬間、不可解に思っていた点のつじつまが合った。


「あなた、まさか……。使い魔の仇をとるために……新しい使い魔と契約して、そして、その子を代償の肩代わりに使ったのね」

「ええ、その通りよ! アスロ・ハーノ!」


 ポリーナが怒りに任せた声で、呪文を唱える。

 すると、彼女の掌に小さな生き物が現れた。


 白いネズミだ。ぐったりとしている。そのネズミの前足には、黒い痣が浮かび上がっていた。

 痣型の呪いは、使用者の負担が大きい。痣が浮かぶ時に、大きな苦痛に見舞われるのだ。本来は術者であるポリーナがその苦痛を受けるところを……使い魔のネズミに肩代わりさせた。


 ――まるで使い捨てのようにして。


 そのことが前世の記憶を揺さぶり、ルシルは全身を不快感に支配される。


「まるで、黒き王コンダクターね」

「え……?」

「使い魔に代償を肩代わりさせて、次々と使い捨てていく……。ザカイアがよくやっていた手よ」


 抑えようとしても、抑えられない激情。

 それがルシルの胸の奥から湧き起こり、彼女の雰囲気を一変させる。


 今のルシルは小柄で、ひ弱そうな容姿をしている。しかし、その瞬間、ルシルのまとう気配が変わった。全身からひりつくような空気を発し、その威圧感にポリーナは後ずさる。


「なに……!? あなた、何を言ってるの!? ザカイア様のことを知っているようなこと……! あなた、何者!?」

「アンジェリカ・ブラウン。黎明騎士団の新人騎士です」


 ルシルは薄笑いで答える。こちらの余裕めいた態度に、ポリーナは怖気づいたように震える。


「確かに、レベッカさんたちのしたことは許されないことだった。でも、だからといって、その悔しさと怒りを、何の関係もないその子にぶつけることだって、許されないことだわ」

「何を! 知ったような口を!!」


 彼女は内なる怒りを叩きつけるように、呪文を唱えた。


「アスロ・ハーノ!!」


 ポリーナが唱えたのは、正規の魔法ではなかった。

 闇魔法だ。

 黒い霧が巻き起こり、ポリーナの使い魔――ネズミを包みこむ。すると、ネズミの体に変化が起こった。白かった毛皮は闇色に染まり、体が巨大化する。


 闇魔法『変貌へんぼう』。


 自分の使い魔を、巨大なモンスターへと変化させる魔法だ。前世で何度も見たことがあり、ルシルにとっては馴染みのある魔法だった。

 ポリーナは興奮したように頬を赤く染める。


「この場に、レナードさんがいなくてよかった。あなた1人で私のところにやってくるなんて、愚かだったわね!」


 どうやらルシルでは敵わないと思いこんでいるようだ。

 確かに『変貌』は厄介な魔法だ。凶暴化した使い魔の戦闘力は、騎士3人分ほどに匹敵する。本来であれば、新人騎士が戦える相手ではない。

 憐れむような視線をルシルへと向けると、ポリーナは箒をとり出した。それにまたがると、窓を突き破って外へと逃げていく。


 ルシルは冷静な瞳で、ポリーナの使い魔を見つめる。


「……愚かなのは、彼女の方だね」


 ココが静かに呟いた。


「ルシルに闇魔法で、勝負を挑もうだなんて」


『変貌』を受けた使い魔は、理性を失くして暴れ回る。

 だが――その時、ルシルと目を合わせた使い魔は、体を固くしていた。本能で悟ったのかもしれない。彼我の力量差に。


 ルシルは使い魔に向かって掌を向けると、


「――タナト・フェロウ」


 静謐な声で、呪文を唱えた。




 黒い靄が立ち上がり、ルシルの周囲を包みこむ。

 風もないのにルシルの服と髪がたなびく。

 ルシルの黒目が怪しく輝いて、巨大なモンスターへと向けられる。




 ◆  ◇ ◆



 ――8年前。

 ランドゥ・シティ、上空。


 その日、空の上では激しい攻防がくり広げられていた。

 片方はザカイア率いる、闇纏いの集団。そして、もう片方は彼らを追いかける騎士団だ。


 ルシルはザカイアの後方を箒で飛んでいた。闇纏いは皆、黒いフードを目深にかぶり、顔を隠している。そうして、ボスであるザカイアの箒がどれなのか、判別がつかないようにしていた。

 騎士が近付いてくることを確認すると、ルシルは呪文を詠唱する。


「タナト・フェロウ!」


 黒い霧が巻き起こり、拡散する。周囲を飛んでいた騎士たちに、次々と着弾した。


「ぐあっ!」


 黒い霧に巻き付かれた騎士は、苦しみながら落下していく。すると、彼らの間に動揺が走った。


「この呪文……気を付けろ! ルシル・リーヴィスだ!」


 騎士たちは警戒するように散開する。

 その時、上空を強い風が吹き抜けた。その風がルシルのフードを巻き上げ、彼女の顔が露わになる。ほっそりとしているが、長身で大人びた体付き。妖艶な表情。黒い巻き毛が長く伸びて、風にたなびいている。


 ――彼女は笑っていた。


 騎士たちを見下している笑みだ。


「ザカイア様に楯突たてつこうとする者は、死をもって償いなさい! タナト死ねフェロウ苦しんで!」


 黒い霧が弾丸のように発射される。それぞれ別の場所を飛んでいた騎士たちを、同時に撃ち抜いた。息絶えた虫のように、騎士たちが落下していく。


「素晴らしい!!」


 興奮を帯びた声が飛んでくる。

 ザカイアだ。

 フードで顔を隠していても、指揮棒を振るような手付きだけで彼だとわかる。


「美しい旋律だ、ルシル! これがお前が作り出した、即死魔法か! お前の固有呪文の意味ともぴったり合うではないか! 何と素晴らしいハーモニー! これこそが、最上の音楽だ!」




 魔導士の使う固有呪文には、意味がこめられている。

 ルシルの場合は、タナト・フェロウ――『苦しんで死ね』。

 ザカイアはその呪文を気に入っていた。


 一方で、多くの市民はルシルの呪文を恐れた。


「あの女の唱える呪文は、本当におぞましい……。あの声も、呪文にこめられた意味も」


 8年経った今でも、その言葉を聞くだけで震えあがる者がいるほどだ。




 今では、ルシルの唱えた『タナト・フェロウ』は、禁止語句として指定されている。

 たとえ遊びであっても、その言葉を口にした者は騎士団に検挙されるのだ。




+ + +


この世界の魔法使いは、基本的に手ぶらで魔法発動できます。

掌から撃つイメージです。(空を飛ぶ時のみ、箒を使用)


ザカイア様が持っているのは、杖ではなく指揮棒ですね。


彼は、アーチスト(?)なので……。

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