7  英雄様の新人教育(スパルタ版)

 ルシルたちは会議室へと戻って来ていた。学校の教師から、この部屋を調査のために使っていいと許可をとっている。


 ルシルは会議室に入ると、すぐにレナードに提案した。


「それじゃあ、まずは情報収集からですね。私、生徒たちに話を聞いてきます」


 そそくさと部屋を後にする。

 今は一刻でも早く、レナードから離れたかった。


 彼のそばにいると、心臓がそわそわとして落ち着かないし、すぐにボロを出して正体がバレてしまいそうだ。

 ルシルが廊下を歩くと、後ろから足音が響く。

 振り返って、ルシルはぎょっとした。


 レナードがルシルについて来ていたからだ。ルシルが振り返ったせいで、至近距離で顔を見合わせることになってしまった。

 不愛想だが、恐ろしく整った顔立ち。長いまつげが、夜空のような瞳に影を落とす様まで観察できる立ち位置だった。


 ドキッとして、ルシルは後ずさった。


「あ、あの……? レナードさん?」

「何だ」

「その、情報収集をしようと思ったのですが……」

「ああ」

「…………別々におこなった方が、効率がいいと思いません?」


 レナードは鋭い視線でルシルを射貫く。


「君は新人だろう」

「そうですね……」

「俺から離れたがっているように見える。それは、なぜだ?」

「えっ」


 確かに今のは、不自然な行動になっていた。レナードから離れたい一心で、アンジェリカが新人騎士であることが頭から抜けていたのだ。

 普通に考えたら、先輩から離れて1人で行動することを望む新人はいない。


(えーっと、私の正体がバレないようにしつつ、レナードからは距離をとりつつ、新人っぽく振る舞わなきゃ……って、もう! どんな風に演技したらいいのか、わからないわよ!!)


 ルシルは必死で頭を回転させる。

 そして、ハッと閃いた。

 先輩から距離を置きたがる新人――その理由は1つしかない。


 その先輩が、圧倒的に気に食わない場合である!


 ルシルは、こほんと咳払いすると、


「その……とても言いにくいことなのですが。レナードさん」

「…………」

「ケイリー先輩のように、優しくご指導いただけるのであればともかく……レナードさんのように冷たく突き放されたら、離れた方がいいのではないかと思うわけでして」

「……なるほど」


 レナードはわずかに目を細める。その瞬間、まるで獲物を見定めたような色が瞳に宿ったように見えたのは気のせいだろうか。

 ぜひ気のせいであってほしい。

 ルシルは内心で冷や汗をかき、わたわたと手を振りながら後ずさる。


「それじゃあ、私は1人で情報収集に……」


 その手首をいきなりつかまれて、「ひぃ!?」と声が漏れそうになった。


「来い、新人。そこまで言うのなら、指導してやる」


 レナードはルシルを追い抜いて、廊下を進んでいく。

 連行されるように、ルシルは引っ張られた。


(ど、どうしてそうなるの~~~!?)


 ――どこで選択肢を間違えたのだろう。


 昔とはちがって、今のレナードは誰にも興味を示さないし、誰も近づけさせない。今朝まではルシルも、レナードの視界には入っていなかったはずなのに。つかまれた手は、簡単には振りほどけそうになかった。


 レナードは目的をもって廊下を進んでいるらしく、足取りに迷いがない。

 2人がたどり着いたのは、2年生の教室だった。ルシルもまずはここに来るつもりでいた。


 ドアの前で、レナードは足を止める。


「まずは、被害者と仲の良かった生徒から話を聞く。先ほど医務室にいた生徒がいただろう」


 どうやら、ちゃんと新人指導をしてくれるようである。

 不愛想で冷ややかな声は、明らかに新人向けではないが。


 ルシルは口を引き結んで、こくこくと頷いた。

 すると、レナードは突き放すように告げる。


「何をしている。早く彼女を呼んで来い」


 本当に新人だったら、ここで泣き出しているところだ。


(……愛想を売ったお金で、傲慢さでも買ってきたのかしら)


 ルシルはむっとしながら、教室の中を覗いた。

 先ほど、医務室で出会った少女――ポリーナを見つけた。ルシルは彼女のそばへと寄っていく。


「こんにちは」


 顔を合わせると、ポリーナもルシルのことに気付いたらしく、


「あ、さっきの……」

「黎明騎士団から来ました。ル……じゃなかった、アンジェリカ・ブラウンといいます。少しお話を聞かせてもらえる?」


 ポリーナは生真面目そうな見た目の生徒だった。茶髪をきっちりと結んで、メガネをかけている。メガネの奥からは、気弱そうな瞳が覗いていた。


 ルシルとレナードは、ポリーナを連れて会議室に戻った。


 ポリーナはルシルと話している時は安心していたようだが、レナードに冷たい視線を向けられると、緊張を帯びた様子を見せる。それだけ彼の不愛想さは、相手に威圧感を与えるものであった。


「大丈夫よ。少しお話を聞かせてほしいだけだから」


 ルシルは柔らかな声で言うと、ポリーナを椅子に座らせる。

 そして、さっそく切り出した。


「デニス先生から、あなたがレベッカさんたちと、仲が良かったという話を聞いたのだけど」

「……そう。先生がそう言ったんですね」


 ポリーナはよほど憔悴しているらしい。力ない笑みを浮かべる。


「呪いにかかった5人とは、仲良しだったの?」

「はい。そうです」

「お友達があんな呪いにかかるなんて……ショックだったでしょうね」

「……はい」

「それで、レベッカさんたちが誰かに恨まれていたとか……最近、誰かと問題を起こしたとか。そういう話を知らない?」


 ポリーナはあごに手を当てると、考える素振りを見せる。手首のリストバンドに、フェレットの刺繍ししゅうがついていることをルシルは意外に思った。委員長然とした彼女からすれば、だいぶ子供っぽい雰囲気の代物だ。


「レベッカさんはクラスの人気者なんです。可愛くて、明るくて……だから、誰かに恨まれることなんて、ないと思います」

「そう」


 すると、レナードが突然、冷ややかに言い放った。


「そのリストバンドを外せ」


 あまりに唐突すぎるし、配慮や気遣いの欠片さえない。

 ポリーナは面食らったように、リストバンドとレナードを交互に見る。


「……はい? これは……あ、このフェレット、自分で刺繍したんです。私の使い魔」

「へえ、上手ね」

「でしょ?」


 ルシルが褒めると、ポリーナは照れたように笑った。

 それから、ルシルはポリーナが使い魔を連れていないことに気付く。


 使い魔とは、魔導士が使役する生き物のことである。通常は小型の動物を使用し、猫、犬、小鳥などが選ばれる。

 使い魔がいると便利ではあるが、通常のペットのように世話をする必要がある。そのため、使い魔を持っていない魔導士もそれなりにいる。ちなみに、レナードは使い魔を使役していない。


 レナードは冷淡な瞳で、ポリーナのリストバンドを睨みつけていた。


「いいから、それを外せ」

「……はい。わかりました」


 ポリーナはレナードに命じられると、緊張したように固くなる。

 そして、そのリストバンドを外した。

 ほっそりとした手首が覗く。


 ――呪いのあざは、なかった。


 レナードは意外そうに眉をひそめる。


「他に、彼女に何か聞きたいことはある?」


 ルシルがレナードに尋ねると、彼は不愛想に答える。


「いや」


 ルシルはポリーナにお礼を言い、教室に戻っても構わないと告げる。ポリーナは立ち上がると、ルシルの肩に視線を寄せた。


「アンジェリカさんの使い魔は、小鳥さんなんですね」

「そう。ココちゃんよ」

「可愛いですね」


 ココに笑いかけてから、ポリーナは退出した。

 会議室に沈黙が満ちる。

 ルシルはレナードに向かい合うと、


「彼女が犯人だと思ったの?」

「あれは痣型の呪いだ」

「気付いていたのね」


 ルシルは息を吐いて、椅子に腰かけた。

 レナードは淡々と告げた。


「痣型の呪いでは、痣を介して呪いをかける。特徴は、呪いを行った本人にも同じ痣が浮かび上がるということだ」

「古い様式の呪いよ」


 ルシルは前世でのことを思い出しながら、言った。


「ザカイアが初めて作った『呪い』が、この“痣型“。でも、これだと呪った犯人がすぐにバレてしまう。だから、ザカイアは『呪い』を改良したの。ザカイアの全盛期には新式の『呪い』しか使っていなかった。だから、今ではあまり有名なやり方じゃない」

「なぜ犯人は、そんなに古い様式の呪いを知っていたのだろうか」

「確かにそうよね。多くの闇纏いは、8年前の『夜明けの聖戦』で討ち取られている」

「考えられるとすれば、その時の生き残りがいて、今回の事件に関わっている可能性があるということか」

「そうなるわね」


 2人は顔を見合わせて、頷いた。


 ルシルは自分でも気付かないうちに、口の端をゆるめていた。

 やっぱりレナードとこうして、何かについて語っている時は楽しいものだ。昔の感覚を思い出して、胸が温かくなる。


 そして、ルシルはレナードの口端もわずかに上がっていることに気付いた。

 まるで昔を思わせるような、優しいほほ笑みだ。目を離せなかった。そんな彼の表情を見ていると、ドキドキと胸が高まる。


 束の間、見つめ合ってから――。


 レナードはハッとして、顔を逸らした。その瞬間、彼が苦しそうに顔を歪めたことにルシルは気付いた。


「……えっと、どうしたの?」

「いや……。少し、昔のことを思い出した」


 ルシルの胸はドキリと高鳴る。


 ――それってまさか、私のこと?


 ルシルも今まさに、同じことを頭に思い浮かべていたのだ。

 学校時代、レナードと何度も魔法談義をくり返した。

 あの平和な日々のことを。


 レナードは頭を抱えて、ぼそりと呟いた。


「………………ルシル……」


(ひぃ…………!!?)


 ルシルは内心で飛び上がらんばかりに、驚愕していた。


 ――まさか、もう正体がバレたのか!?


 内心でだらだらと汗をかきながら、レナードを見る。

 しかし、レナードはこちらを見ていなかった。

 目を伏せて、思い出に浸っているかのような眼差しをしている。


「…………すまない。少し、外に出てくる」


 レナードは立ち上がると、つらそうな表情で部屋の外へと出て行った。その背をルシルは見送る。


(どういうこと……? 今の声……あんなの、まるで……)


 まるで想い焦がれているかのような――。

 あんな、切なそうな声……。


(……そんなわけ、ないわよね。前世の私は悪女だったから。嫌われていることはあっても……)


 ――彼に好かれているはずがないのだ。


 そう考えると、胸がぎゅっと苦しくなる。

 ルシルは瞳を揺らしながら、俯いた。 


「…………リオ……」


 今のレナードの前では決して呼べない、彼の愛称。

 それを口にすると、胸が更にしぼられるように苦しくなった。


 使い魔のココが、ぱたぱたと飛んでくる。ルシルの悲しみに添うように体を寄せた。ふわふわの毛並みに頬を預けて、ルシルは目を閉じる。


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