7  調査開始!

 ルシルたちは、校舎内で情報収集をすることにした。

 先ほどの会議室へと戻ってくる。学校の教師から、この部屋を調査のために使っていいと許可をとっていた。


「新人。さっき医務室にいた女生徒を呼んでこい」


 会議室に入るなり、レナードが言い放つので、ルシルはこめかみを震わせる。


「……ご自分で行かれては?」


 冷えた声で反撃するも、黙殺される。レナードは考えこむようにして、窓際から外を眺めていた。


(愛想を売ったお金で、傲慢さでも買ってきたのかしら)


 ルシルは苛立ちながらも、会議室を後にした。

 昔のレナードは、あんな風に上から目線で他人に命令などしなかった。ルシルに何かお願いする時は、丁寧に頼みこんできたものだ。


『ねえ、ルシル。さっきの授業、板書する前に黒板を消されてしまって……君はちゃんとノートとれた? よかったら、見せてもらえないかな?』


 ――可愛かった。

 ――昔の方が圧倒的に、可愛かった!


 楽しかった時代の思い出を反芻し、ルシルはため息を吐く。


「リオは、本当に変わったわね」

「……りお?」


 ココが首を傾げて、つぶらな瞳でルシルを凝視する。ルシルはハッとして、失言に気付いた。


「じゃなかった。レナード……レナードね」

「ああ、そっか。昔はそう呼んでたんだね」

「うるさいうるさい」


 ルシルは頬を染めて、ココの翼を指で叩く。


「赤くなってるよ。ルシル」


 にやついたような声で言われて、ルシルは羽を叩こうとする。しかし、それよりも早くココは肩から飛び立った。


「次にそれ言ったら、呪いをかけるわよ」

「おお。怖い。ザカイア直伝の呪い。こわいこわい……」


 からかうようにさえずるココを無視して、ルシルは校舎脇の道を歩いていく。外階段から回りこんで、2階の廊下へと向かった。目指すは2年生の教室だ。

 歩いている途中で、チャイムが鳴り響く。休み時間になったようだ。教室から一斉に生徒たちが顔を覗かせた。


「レナード様、今、どこにいるのかな!」

「探しに行こう!」


 群れのごとく駆ける女生徒たちとすれ違う。

 ルシルも部外者なので、本来であれば物珍しい存在のはずなのだが、目立たない容姿のせいで、生徒たちからは気にかけられることもなかった。……小柄の容姿のせいで、同じ学校の生徒と勘違いされていてもおかしくはない。


 ――今は一応、騎士団の制服を着ているのだけど。


 黒い制服はルシルが着ると、レナードのように、かっこよさや威厳をまとうことにはならない。どちらかというと、学校の制服のように見えるのだった。


(前世では、妖艶な魔女とか呼ばれていたのに……。こっちの体はどうしたら、背を伸ばせるのかしら……)


 そんなことを考えながら、ルシルは2年生の教室を覗いた。

  残っている生徒は数名だ。その中に探している人物がいた。

 ポリーナだ。先ほど、医務室で出会った少女である。呪いをかけられた生徒たちと仲が良かったと、教師が言っていた。


「こんにちは」


 顔を合わせると、ポリーナもルシルのことに気付いたらしく、


「あ、さっきの……」

「黎明騎士団から来ました。ル……じゃなかった、アンジェリカ・ブラウンといいます。少しお話を聞かせてもらえる?」


 ポリーナは生真面目そうな見た目の生徒だった。茶髪をきっちりと結んで、メガネをかけている。メガネの奥からは、気弱そうな瞳が覗いていた。

 ルシルは彼女を連れて、会議室へと戻った。

 レナードはルシルたちを一瞥すると、何も言わずに向かいの席に腰かけた。


(お礼とか、ねぎらいの言葉とかはないの? 英雄というか、むしろ今のレナードの方が魔王っぽいわね……)


 ポリーナはルシルと話している時は安心していたようだが、レナードに冷たい視線を向けられると、緊張を帯びた様子を見せる。それだけ彼の不愛想さは、相手に威圧感を与えるものであった。


「大丈夫よ。少しお話を聞かせてほしいだけだから」


 ルシルは柔らかな声で言うと、ポリーナを椅子に座らせる。

 そして、さっそく切り出した。


「デニス先生から、あなたがレベッカさんたちと、仲が良かったという話を聞いたのだけど」

「……そう。先生がそう言ったんですね」


 ポリーナはよほど憔悴しているらしい。力ない笑みを浮かべる。


「呪いにかかった5人とは、仲良しだったの?」

「はい。そうです」

「お友達があんな呪いにかかるなんて……ショックだったでしょうね」

「……はい」

「それで、レベッカさんたちが誰かに恨まれていたとか……最近、誰かと問題を起こしたとか。そういう話を知らない?」


 ポリーナはあごに手を当てると、考える素振りを見せる。手首のリストバンドに、フェレットの刺繍がついていることをルシルは意外に思った。委員長然とした彼女からすれば、だいぶ子供っぽい雰囲気の代物だ。


「レベッカさんはクラスの人気者なんです。可愛くて、明るくて……だから、誰かに恨まれることなんて、ないと思います」

「そう」


 すると、レナードが突然、冷ややかに言い放った。


「そのリストバンドを外せ」


 あまりに唐突すぎるし、配慮や気遣いの欠片さえない。

 ポリーナは面食らったように、リストバンドとレナードを交互に見る。


「……はい? これは……あ、このフェレット、自分で刺繍したんです。私の使い魔」

「へえ、上手ね」

「でしょ?」


 ルシルが褒めると、ポリーナは照れたように笑った。

 それから、ルシルはポリーナが使い魔を連れていないことに気付く。


 使い魔とは、魔導士が使役する生き物のことである。通常は小型の動物を使用し、猫、犬、小鳥などが選ばれる。

 使い魔がいると便利ではあるが、通常のペットのように世話をする必要がある。そのため、使い魔を持っていない魔導士もそれなりにいる。ちなみに、レナードは使い魔を使役していない。


 レナードは冷淡な瞳で、ポリーナのリストバンドを睨みつけていた。


「いいから、それを外せ」

「……はい。わかりました」


 ポリーナはレナードに命じられると、緊張したように固くなる。

 そして、そのリストバンドを外した。

 ほっそりとした手首が覗く。


 ――呪いの痣は、なかった。


 レナードは意外そうに眉をひそめる。


「他に、彼女に何か聞きたいことはある?」


 ルシルがレナードに尋ねると、彼は不愛想に答える。


「いや」


 ルシルはポリーナにお礼を言い、教室に戻っても構わないと告げる。ポリーナは立ち上がると、ルシルの肩に視線を寄せた。


「アンジェリカさんの使い魔は、小鳥さんなんですね」

「そう。ココちゃんよ」

「可愛いですね」


 ココに笑いかけてから、ポリーナは退出した。

 会議室に沈黙が満ちる。

 ルシルはレナードに向かい合うと、


「彼女が犯人だと思ったの?」

「あれは痣型の呪いだ」

「気付いていたのね」


 ルシルは息を吐いて、椅子に腰かけた。

 レナードはルシルの方は向かずに、淡々と告げた。


「痣型の呪いでは、痣を介して呪いをかける。特徴は、呪いを行った本人にも同じ痣が浮かび上がるということだ」

「古い様式の呪いよ」


 ルシルは前世でのことを思い出しながら、言った。


「ザカイアが初めて作った『呪い』が、この“痣型“。でも、これだと呪った犯人がすぐにバレてしまう。だから、ザカイアは『呪い』を改良したの。ザカイアの全盛期にはそっちの『呪い』しか使っていなかった。だから、今ではあまり有名なやり方じゃない」


 ルシルは考えこみながら話した。

 そこでレナードがじっと自分を見つめていることに気付く。


「……なに?」

「いや」


 切り捨てるような声で告げると、レナードは部屋の扉へと向かった。


「どこに行くの?」


 ルシルの問いには答えずに、外へと出て行った。


 ――あの不愛想さの扱いにはまだ慣れない。


 そう思いながら、ルシルは椅子に深く腰掛けた。


「レナードの知識は正しい。むしろ、よく闇魔法について勉強している方だわ。でも、そんな彼でも知らないことはあったみたいね」


 ココが興味深そうに、ルシルの顔を覗きこむ。


「それってなあに?」

「『代償の肩代わり』」

「ふんふん。今、気付いたんだけど。闇魔法に詳しいルシルって、この仕事に適任なんじゃない?」

「やめて。……仕事は早くやめたい。転職活動しなきゃ……」


 自分でも薄々気付いていたことを指摘されて、ルシルはげんなりとする。

 蛇の道は蛇ということか。

 とはいえ、正体がバレたら即刻処刑される未来しかないので、あまりにも茨の道である。

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