6 呪いの方式

 シルエラ魔法学校の寮は、ルシルにとっても懐かしい場所であった。その頃から外観は変わっていない。校舎脇に、男子寮と女子寮に分かれて2棟建っている。

 案内されたのは女子寮の方だ。呪いをかけられた生徒は皆、女生徒らしい。

 デニスが医務室の扉を開けると、ベッドのそばには1人の女生徒が腰かけていた。彼女は心配そうにベッドを覗きこんでいる。


「こら! 今は授業中だぞ。何をしている」


 デニスが叱りつけると、彼女は振り向いた。メガネをかけ、髪を結んでいて、地味な容貌の生徒だ。憔悴したような面持ちをしている。


「すみません。先生……。彼女たちの様子が心配で……」

「教室に戻りなさい」


 叱責の声に項垂れると、女生徒はルシルたちの横を通り抜けていった。彼女の後姿をルシルは凝視する。その視線は、女生徒の右手へと吸い寄せられていた。

 デニスがレナードを振り返り、苦笑いを浮かべる。


「すみません。今のは、ポリーナという生徒で……。昏睡している生徒たちと仲が良かったようなんです」

「それで、件の生徒たちは?」

「ああ、こちらに」


 デニスはベッドへと歩み寄った。医務室の中に並べられたベッドでは、女生徒が5人、眠っていた。顔色はよく、呼吸も安定している。傍目には、ただ眠っているだけのように見えた。


 ルシルは何気ない動作でベッドの横に立つと、1人の生徒の布団をめくりあげた。突然、ルシルがそんなことをしたので、デニスとレナードはぎょっとする。


「新人。何をしている」


 刺々しい声のレナードに構わず、ルシルはデニスに問いかけた。


「先生。質問してもよろしいでしょうか」

「何だ」

「この少女、右の手首に痣があります。他の被害者たちにも同じものが?」


 ルシルは布団をめくりあげたまま、少女の体を観察する。彼女の手首には黒い痣があって、不気味な模様を描いていた。


「ああ。それは呪いをかけられた時に、浮かび上がったものだ。5人全員に同じ痣ができている」

「そうですか。それでは、5人の生徒が眠った日付を、初めから順に知りたいです。それと眠っている生徒たちの学年を」

「は……?」


 デニスは訝しげにルシルを見る。ルシルの見た目は、小柄で童顔だ。そのため、こちらのことを侮っているらしい。『なぜこんな小娘に問いただされなければいけないんだ』と不満の色が見てとれた。

 すると、レナードが鋭い声で言い放つ。


「彼女の問いに答えてください」

「は……はあ。1人目の生徒は、レベッカ。彼女は今から1週間前に眠り始めた。それから1日に1人ずつ、同じ症状の子が現れていったんだ。すべて2年生の子だ」

「ということは、5日かけて、5人が眠った?」

「ああ。一刻も早く、犯人を突き止めて、これ以上被害者が増えるのを防がなくては……。我が校の名誉にも関わる」

「なるほど。それでは先生、いったんご安心ください。被害者はこれ以上、増えることはないでしょう」

「なに!?」


 デニスに続いて、レナードも訝しい表情を浮かべる。


「なぜそんなことがわかる」

「呪いというものは、何でもできる便利な魔法ではないんです。一定の手順を踏まないと、使えないようになっているの」

「……手順だと?」

「そう。犯人はなぜ1日ずつ間を置いて、呪いを使っていったんだと思う? 初日に全員まとめて呪いをかけた方が簡単なはずでしょう? 答えは、この呪いは1日に1人にしか、かけることができないから」


 ルシルは段々と丁寧な口調を忘れて、気さくな口調になっていた。というのも、レナードが興味深そうな様子でルシルの話を聞いているからである。昔、ルシルはレナードとよく魔法談義をかわした。その時のような気持ちに、ルシルは自分でも気付かないうちに戻ってしまっていた。


「犯人は1日に1人ずつ、呪いをかけていった。他に呪いをかけたい相手がいるのなら、間を置かずに6日目以降も行動を起こすはず。でも、5人目の生徒が眠ってから、それ以上は被害者が増えていないところを見るに、犯人の目的はすでに達成されている者と考えてよさそうね」

「なるほど。となると、犯人の目的は無差別ではなく、私怨があると見ていいだろうな」

「そうね。被害者がすべて2年生の子となると、犯人はおそらく、同じ学年の生徒であると推測できるわ。そして、このタイプの闇魔法は、呪いをかけた本人にしか解除できない。彼女たちを目覚めさせるのには、犯人を捕まえる必要がある」

「ずいぶんと詳しいな」


 レナードは訝しげにこちらを見る。


「君はどこで闇魔法の知識を得たんだ」


 ――それは前世で、闇魔法の始祖の側近をしていたからです!


 とは、口が裂けても言えない。


「その……独学で」

「独学で、だと?」

「ええっと、闇魔法に興味があって……」

「正気か」


 レナードはとてつもなく嫌そうに眉をひそめた。冷たい声音がルシルの胸にぐさりと突き刺さる。


(……あの時とは、真逆の反応をするのね)


 苦しくなったこちらの感情を悟られないように、ルシルは彼から顔を背けた。




 ◆  ◇ ◆




「君、さっきの授業ではすごかったね」


 シルエラ魔法学校――ルシルが入学したばかりの頃。

 授業後に声をかけてくる男子生徒がいた。それがレナードだった。当時のレナードは今よりも幼い顔付きをしていたが、知的な眼差しは今も昔も変わらない。


 その日は魔法陣学の授業があった。授業を担当していたのはデニスだ。彼はルシルが前日、板書のミスを言い当てたことを根に持っていたらしく、わざとルシルに難問を解かせようとした。クラスの皆の前で恥をかかせようとしたらしい。しかし、その問題すらもルシルは難なく解いてしまったので、デニスは悔しそうに顔を赤くしていた。


「君、どこかで魔法を習っていたの?」


 彼の目は好奇心に輝いている。純粋にルシルに賞賛を送っている……そんな表情だった。


「ううん。独学で学んだの」

「そうなの? それはすごいね」

「昔から魔法が大好きだったから」


 ルシルははにかんで答えた。すると、レナードもつられたようにほほ笑んだ。


「そうなんだ。僕も魔法が好きだよ」


 彼はそう言って、手を差し伸べてくる。


「レナード・マクルーアだ」

「私はルシル・リーヴィス」


 ルシルは彼の手を握って答える。すると、レナードは優しくほほ笑んだ。


「よろしく、ルシル」


 春の日差しのような、温かな笑顔だった。

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