心儚人棄(じぼうじき)

那須茄子

心儚人棄

 ――また僕の退院日が長引いた。


 僕はこのまま一生、この白い箱に閉じ込められて、死ぬのかもしれない。  


 もう冗談事ではなく、差し迫った事実として今あるから。

 楽に笑えることもできなくなった。



 僕が変わってしまったのか。

 それとも、この病院という潔癖な世界が変わっているのか。  


 僕には確認のしようもなく、全く分からない。



 ただ一つ確かにあるのは。


 


 無。       




 吐き気がするほど、何もないということ。   



 毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日。

 同じ繰り返しの中を彷徨っているだけ。  




 視界に入るものは、まるで塗り固めた粘土みたいに、色褪せず冷たい無機質だ。 



 



 「……それは僕の命も、だな」


 

 白が揺れる中を。

 僕はゆっくり歩を進め、下に広がる遠い世界を眺める。


 なにも異常がなく、なにも特別なことを望んでいなかったのなら今頃。

 あの世界で、十九歳を迎えていた。きっと、普通に家族とか友達に祝って貰えたはず。 



 だった。   

 らしい。



 嗚呼、嗚呼。



 シーツが揺れる。 

 心が揺れる。 

 命が揺れる。

 生命線が揺れた。 

 

 その一連が終わった頃。



 僕の道徳心が、崩れた。  


 瓦解した。




 生きるって、うるさい。 

 生きるって、動物的な叫び。

 

 ただの欠落した宇宙の暗闇だ。



 

 「殺したい」



 気付けば。 

 曲のフレーズを口ずさむみたいに、鳴いた。

 時々、僕は前世は鳥だったんじゃないかと思う。


 

 どうでもいいけど、誰か殺して、自由に死にたい。


 どうでもいいけど、誰か殺して、自分だけは助かりたい。


 どうでもいいけど、誰か殺して、その殺した死体に生まれ変わりたい。



 空。

 ちょうど、フェンスを背にして身体を落せば、病的なまでに清々しい青色が映った。


 青空。やけに、雲がない。それはどうしてだろう?


 

 別に今日じゃなくても良かった。

 別に昨日か明日でも良かった。


 


 特別。

 僕の頭の片隅にそれが浮かんだ。



  

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