第4話

 かぐや姫は意を決したように顔をあげて、悲しげに僕の目を見つめた。全くその気がない僕でも思わずドギマギしてしまう。

「その人ってどなたですか? 帝ですか? それとも……」

「いいえ。彼は、私の求婚者ではありません。してくださらなかったのです。それなりに親しかったのであるいは、と期待して待っていたのですが……」

 悲しそうに首を振るかぐや姫を見て、僕の頭にひとつの可能性が浮かんだ。かぐや姫と交流の会った人。そして、彼女の求婚者ではない人。

「まさかですけど、その人ってこの山の向こうに住んでます?」

「ええ。ご存知なのですか?」

「ええ、まあ。知り合いといえば知り合いです」

「でしたら!」

 僕の返事にかぐや姫はぱっと顔を輝かせた。胸の前で手を握り合わせて僕の方へずいと身を乗り出す。距離が近い!

「私は、その方とともに、月へ帰りたいのです!」

「ともに?」

「ええ!」

「えーと、それで、僕にどうしろと?」

 興奮している様子のかぐや姫に少し気圧されながら、僕は尋ねた。

「明日の晩、月からの使者がここへ私を迎えにきます。その時に、この家に、あの方を連れてきていただきたいのです。帝の軍勢では歯が立たないでしょうが、あなたなら大丈夫です。私を引き止めるのではなく、送り出してくださるのですから! 彼らにとっても害をなすものではありません! そうでしょう?」

「そ、そうなんですか?」

 これが、僕がずっと気になり続けていたかぐや姫の願いだ。彼女は、かぐや姫は、想い人を置いて月に帰りたくなかった。僕に彼女の願いを断る理由があるだろうか? 答えは否だ。これはかぐや姫の願いであると同時に僕の願いでもあるのだから。

 僕はひとつうなずいて答えた。

「わかりました」

「では、あの方を連れてきてくださるのですね!」

「できる限りの事はします」

「ありがとうございます!」

 かぐや姫は僕の手を取って目を輝かせた。至近距離で見ると彼女は本当に美人だ。僕は慌てて彼女から距離をとった。ここまで期待されると、正直プレッシャーがすごい。でも、せっかくここまで来たのにこのまま帰るなんて、僕にはできない。こんなに期待してくれているかぐや姫を裏切ることも、もちろんできない。

「必ず、彼を連れてきます」

 心の中でもう一度呟いて、僕は竹山を抜け今朝目覚めた家へと帰った。もう少しで満月になりそうな月が、僕の帰り道を照らしていた。

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