第3話

 青年にはああ言われたが、僕はかぐや姫に会える気がしていた。それに、明日の夜彼女が月に帰ってしまうのなら、今晩しかチャンスはないじゃないか。僕の読んだ竹取物語でも、かぐや姫が月に帰ったのは八月十五日、つまり明日だ。今こそ、僕の長年の願いを叶えるときではないだろうか。

 ……そう思ってかぐや姫の家の周りをぶらぶらと歩いてみたのだが、やはりというかなんというか、中の様子は全くうかがえなかった。


「お腹すいたな……」

 結局日が暮れるまであたりをぶらついていたものの、中の様子はおろか、この家に出入りする人とことばを交わすことすらできなかった。今は竹山に入ってすぐの辺りで休んでいるところだ。ここからでも、かぐや姫のいる屋敷はよく見える。月明かりに照らされて、今は静かだ。

 僕は空を見上げて小さくため息をつく。

「どうするかなぁ」

「どうかされたのですか?」

「え?」

 突然聞こえた声に慌ててもたれていた竹から離れると、美しい女性と目があった。僕は思わず息をのむ。この美しさはまさか……。

「かぐや、姫……?」

「ええ。ここではそう呼ばれております」

 そう言って微笑んだかぐや姫は美しい着物を着ていた。十二単、というやつだろうか。先程も述べたように僕は詳しくないのでよくわからない。ただ、それがかぐや姫にとても似合っていることだけはわかる。

「あ、あの!」

 僕は真っ白になった頭で何かを言おうと必死になった。なんとかしてかぐや姫と話さなければ。そのために来たのだから。一日、待っていたのだから。

「落ち着いてください。家の者に私がここにいると気づかれてしまいますから」

「す、すみません……」

 人差し指を口元に当てるかぐや姫に謝って、僕は深呼吸をして自分を落ち着かせる。それから、ずっと気になっていたことをかぐや姫に尋ねた。

「かぐや姫さんは、月に帰りたくないんですよね?」

「……ええ。おふたりにはここまで育てていただいた恩もありますし、帝をはじめとする求婚者のみなさまもも私によくしてくださいました。それに……」

 かぐや姫はそこまで言って言い淀んだ。そのままうつむいて地面を見つめている。言おうかどうか迷っている様子を見て僕は先を促した。

「それに?」

「……私には、お慕いしている方がいるのです。その方とのお別れが、悲しくてなりません」

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