第7話

 夜。僕は青年とともにかぐや姫の家へと向かった。頭上では大きな満月が明るく輝いている。

「行きましょう」

「わかった」

「それで、心は決まりましたか?」

「ああ。もともと俺もかぐや姫のことは憎からず思ってたからな」

 そう言って照れくさそうに笑う青年は、何かが吹っ切れたような表情をしていた。とりあえず一安心だ。

「安心しました。さっきはあんな言い方しましたけど、本人が嫌なら強要できないと思っていたので」

「まあ、心残りが無いと言えば嘘になるよ? 俺、ここでの暮らし好きだったし。でもさ、やっぱ必要とされるのって嬉しいじゃん? ここでは誰かに必要とされてるって感じること少なかったし」

「……」

 たしかに、竹を取って暮らしてる一般人が誰かの役に立つのは難しそうだ。

「それに、なんかこうなる運命だったのかもな、って。昨日、かぐや姫はよく家を抜け出してたって話しただろ?」

「はい」

 迷いがなくなったからか、これから帝の軍勢が大勢いる場所へ乗り込むということで緊張しているのか、青年は饒舌に話し出した。

「あの頃から不思議な人だったよ。まあそもそも竹の中から見つかってる時点で不思議なんだけどさ」

「そうですね……」

「俺は昔からそんな不思議なかぐや姫と知り合いで、よく遊んでた。それで昨日お前に会って、今朝かぐや姫の頼みについて聞いた。全部運命に導かれてることだったとして、それならきっと大丈夫だと思うんだよ。何の根拠もなくても、俺は大丈夫だ、って」

「僕も、信じてます」

 かぐや姫が幸せなら、僕も幸せだ。そして、青年も幸せであることを願う。竹取物語はかぐや姫が月へ昇っていく場面で終わってしまうから月の様子はわからないけど、きっと、きっとこの物語はハッピーエンドになる。いや、僕がそうしてみせる。

僕は青年とともにかぐや姫の住む屋敷の敷地に足を踏み入れた。今朝はあんなに見張りがいたのに、今は誰にも止められない。

 かぐや姫の家の前では、帝の軍勢が何かに気圧されたように立ち尽くしていた。その前には、大きな御輿のようなもの。辺りに矢が散乱しているあたり、帝の軍勢はすでに月からの使者の力で抵抗できなくなったようだ。

 深く考えたことはなかったけど、月からの使者がかぐや姫を迎えに来たのは真夜中じゃなかっただろうか。もし僕の体内時計が正しいなら、今はまだ九時前だ。これでは余裕を持って訪れたつもりが遅刻したみたいになってしまう。まあ、僕がここにいるという時点で僕の知っているかぐや姫の話とは違うのだけど。

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