手紙 第32話
今朝のことマーガレット様から、お嬢様にお屋敷に来てと遣いが来ていた。
屋敷の者にしてみれば、いつものマーガレット様のお誘いが来たというくらいに受け答えをしていたが、お嬢様も私もこの間の話であると感じ取っていた。
遣いの者預かってきたマーガレット様からの伝言にはこう書いてあった。
『もしかしたら身がまえたかもしれないけれど、今日はその日ではないわ。でも手紙を預かってあるの、待っているから来て。・・・・・・そうそう、アイリス、来るのはあなただけで大丈夫よ』
そう伝言には書かれていた。
手紙を預かっている。例の方からの手紙であるのは、違いない。
直接今日会うわけではないと知ってお嬢様も少し気が抜けたようだ。それからいつものように出掛けて行った。
私も今日お嬢様が、例の方にお会いになるわけではないと知って、張りつめていた気持ちは吐き出した呼気と一緒にほぐれた。
お嬢様のご親友であるマーガレットが信じて欲しいと言った言葉を信じられないわけではない。でも、私とお嬢様になにか解決策があるのか想像できない。ただ、信じたい。よい解決策があってほしいという思いは、願いに近かった。
お嬢様が、マーガレット様のお屋敷から戻られたと聞くと、ちょうどお嬢様の部屋の呼び鈴が鳴った。
いつもの呼び鈴だと思うのに、なんだかソワソワとして早足になっていた。
お部屋の扉をノックして、中に入る。
お嬢様は手紙を片手に、座りもせずにいた。なにか考えをめぐらせているのか、遠くの方を見ている。
お嬢様に、トンと触れると遠くにあった意識をこちらに戻した。
「ああ、マリー申し訳ないけれど、着替えの前に少しのどが渇いて、お水を持ってきてくれないかしら」
「わかりました、持ってまいります」
真剣な表情で、少し落ち着きのない様子が気になった。いつもなら外から戻られたら、ソファーに深く腰掛けて座っているというのに。
私は急いで、お水を取りに戻りお嬢様の部屋に引き返した。戻る間中、やはりソワソワとして落ち着かなかった。
お嬢様にお水を差し出すと、お嬢様はそれを飲み干した。それから私にソファーの横に座るよう促された。
お嬢様は、私に先ほどの手紙を渡してきた。お嬢様の目を見ると、深くうなずかれる。それを受け取って、目を落とすとそこには本文から始まった文章がつづられていた。宛名も送り主の名もない。私は黙って読み始めた。
『なんとお呼びすればいいのか、名前も顔も知らぬ「あなた」にいきなりこういうお手紙したことをお許しください。
顔や名前を知ってからでは、事情を話すことをためらう気がして、先にこうして手紙を書かせていただいた次第です。
マーガレット譲からは、私に「隠さなければならない秘密」があるということをお聞きになっていると思います。また、あなたも事情は違えど同じ立場であると聞いています。お互い社交界において結婚相手を探すということに頭を悩ませていることも。
まわりくどいことはせず、私の事情を話しましょう。
素直に申し上げれば、私は我が屋敷の使用人であるメイドと恋仲にあります。私は、この者と一緒になりたいとずっと願っておりますが、この屋敷の主人として彼女と表立って結婚することはできないのです。メンツのためと言われればその通りでしょう。
残念ながら、我々が結婚できても彼女は後ろ指を指され続けることは目に見えています。
それは私と彼女、そして私の屋敷の者全部に向けられ、メンツや体裁や家柄を重要視する社会で、蔑まれる種となる。そういう社会であることは分かってもらえるでしょう。
私たちは、ただ幸せのために、誰か他の者に蝕まれることなく2人でいたいだけです。彼女の存在を世間から隠してでも一緒にいることを選びたいと私はそう思っています。
私がマーガレット譲から授けられた解決策は、表向き別の伴侶を娶ることだということでした。それでは、恨まれでもしたら結婚相手によって、メイドである恋人に危害を及ぶ可能性もあります。私はその時、その話を笑い飛ばしたのですが、マーガレットには何か心当たりがあるようで、真剣に話すマーガレット譲を見ると、もしかしたら本当に上手くいくかもしれないそう思いました。そして同じような境遇の方がいることを知って、今、手紙をマーガレットに託すに至っています。
もし、あなたもそうであるなら。こんなお願いは、受け入れられるか分かりませんが、私と偽装結婚をしてもらえないかということです。大それたお願いですが。
あなたの事情を知らないで、こんな申し出を不快に思われるかもしれません。どうかお願いいたします。
あなたと私の解法がそこにあることを願っております。』
読み終えて顔を上げる。私はゆっくり目線を動かしてお嬢様の顔を確認する。
希望や不安や興奮が入り混じったようなお嬢様の瞳が揺らいでいるのが見て取れた。その感情がどんなものであるのか、この手紙を漠然としてかみ砕けていない私には、受け取りがたかった。
だから私は少しの間お嬢様の瞳から目が離せなかった。
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