手紙 第33話



 

 頭の中はなにも整理できずにいた。偽装結婚という文字に、そんなことをお嬢様に提案されていることに心配になる。

利害関係は一致しているけれど、それはいいことなのだろうか……

 好きな相手のため、偽装結婚を申し込み、家柄とメンツを守ったうえ恋人と幸せになりたいと書いたその手紙は私には羨ましくもあった。


「私とアイリス様の離れたくないという気持ちは叶うでしょうか……それに、アイリス様が蔑ろにされるようなことにならないかと……」


「私には、この手紙の方を信じるしか他に良い手段なんてない。これが叶えばそう思ってはいるわ……。蔑ろにされても、そんなことはいいわ。マリーといられれば。

でも、この手紙の主が私たちの関係をどう思うのか。

確かにメイドと結婚なんてことをしたら世間体は悪く、人から受け入れられないと思う。でも貴族がメイドと関係を持つという話はよくあることで、身分違いってだけで、彼の恋はまだ理解されるものだと思う。

そう、だから、この方は私たちが女同士だと知って理解できるかしら。私たちのこと想像すらしていないかも知れない。嫌悪を持つ人はたくさんいるわ……。同じ境遇だと思うのかしら?むしろ、私たちの方が断られる側なんじゃないかって思えて……


・・・期待してはダメなのかも・・・・・・期待してうまくいかなかったら落ち込むのがわかってる。諦めたことだもの……」


 呟かれた最後の言葉は、私にではなくお嬢様自身に言っているようだった。

 お嬢様の不安は痛いほどよくわかった。この方の恋と、私たちの恋を並べれば私たちの方が強く非難を受けることなのだ。


お嬢様は私の肩に頭をもたれて、手紙を眺めていた。それを抱きしめるくらいしか私にできることがなかった。





 お嬢様はマーガレット様を通じて、お相手の方にお手紙をお出しになった。私たちの関係を説明するということは聞いている。お嬢様はなんと書いたのだろう。私は中身を知ることなく、お嬢様の書いた手紙はお相手の方に行ってしまった。お嬢様の伝えたい思いは伝わると私は信じている。


その返答はそれほどの期間を開けることなく返ってきた。

それは想像していた物よりもだいぶあっさりしたもので『ぜひ一度お会いしてお話したい』とほとんどそれだけの内容の返信だった。


だから不安は解消されたようで、未だにくすぶり続けることになった。


「この方はいったいどう思ったのかしら」


お嬢様もそう言って、どう受け止めていいかわからない様子だった。






手紙の通り『お会いしたい』という約束はマーガレット様の手筈によって整えられた。そうして、お相手の方に会う日がきた。

お車を出していただいてマーガレット様に連れられて、私も付き添いとして行くことを許された。


車は目的地に近づいていき、お嬢様はお屋敷を見て、その方がどなたなのか分かったようだった。


案内されて入った応接間には、まだその方はいらっしゃらなくてソワソワした気持ちになる。

椅子に座ったお嬢様のそばに立つと、もはやマーガレット様に気を使うことがなく腰に手を回され抱き留められる。


「アイリス様・・・」


小声で手を離すように言っていると、マーガレット様と目が合って、眉を下げて笑顔で小さく首を振られる。

気にしなくてもいいと言ってるのだと理解するけれど、私は少し恥ずかしい。



 扉をノックする音がして、お嬢様の手がやっと離れる。そして何にもなかったかなように佇まいを直して立ち上がられた。

 私のほうが、戸惑ってしまいそうになる。

 マーガレット様も立ち上がって、私は後ろに控えるように下がった。


「すみません、待たせてしまいましたね」

入ってきた紳士が挨拶すると、マーガレット様とお嬢様も挨拶する。

「久しぶりね。ローレン、あなただったのね」

 お嬢様の表情と声には、安心したような呆れたような雰囲気があった。お嬢様の雰囲気を感じて私もなんだかほっとした。


「アイリス、あなただと知って私はほっとしています」

 にこやかに笑ったローレン氏はそう言って、呼び鈴を鳴らして執事を呼んだ。そうして呼んだ執事にお茶の用意させるように言う。


「マリー、彼はまあ、信用できるわ―――」

「まあ、とはひどいな、僕は―――」

 紹介には足りなすぎる。けれど、なんだか2人の会話の間には入れそうになかった。

 仲よく話す2人を見て、少しだけ胸の中がモヤモヤとする。いったいどういう仲なのか。


 そっと近づいたマーガレット様にトントンと肩を叩かれ

「気にしなくてもいいわ。この2人が恋仲になる心配はないから」

私の感情を察知した様にマーガレット様に囁かれる。そう言われても、とても仲の良さそうなことが気になってしてしまう。


「マーガレットからは僕の方が先にこの話をしてもらったからね、君より僕の方がマーガレットにとって親友に違いない」

「そんなの予定の調整によるでしょ。私の方がマーガレットと一緒にいるし今日だって付き添って来てくれたのよ。あなたより私の方が親友に決まってる」


 喧嘩している?のか、マウントの取り合いなのか、マーガレット様も巻き込まれようとしている。喧嘩するほど仲がいいというのなのかもしれない。なんだか、気にしなくてもいいといった意味が分かったような気がした。



 にぎやかな中にお茶が運ばれてくる、もう気にしないことにして、お茶の支度を手伝うことにする。


「こう見えて協力する時はするから、心強いのよこの2人」


 そう言って、2人のことをとうにほっといたマーガレット様にお茶をお渡しする。


「お茶のご用意ができました」


 このお屋敷のメイドがそう言って、ローレン様とアイリスお嬢様も示し合わせたように静かになってこちらにやってきた。


「紹介するよ。僕の愛する人カーラだよ」


 ローレン様は、今までお茶を用意していたメイドの肩を引き寄せてそう言った。

 紹介されたカーラは恥ずかしそうに、俯いている。

「このお屋敷でメイドをしておりますカーラです。よろしくお願いいたします」

「アイリス様の侍女をしております、マリーと申します。よろしくおねがいいたします」

 私も答えるようにあいさつをする。


「ローレン、さっきからチラチラ見すぎなのよ。そんなんじゃバレるわよ。カーラ、よろしくね」


 カーラがローレン様のお相手だと、気付かなかったのは私だけだったようだ。


「はぁ、……カーラ、マリー、アイリスも、この結婚の計画を許してくれるかな?もちろん君たちの中を邪魔するなんてことはあり得ないし、干渉もしないよ。ただこの結婚には、お互い協力関係が必要だからね」


ローレン様がそう聞いて、私たちは答えた。


「はい、これからよろしくお願いいたします」

「これからよろしくお願いいたします」

私とカーラが答える。


「マリー……」

 お嬢様は、ローレン様には答えず、その場の空気を破るようにに私に抱きついた。


 ローレン様も、カーラも、マーガレット様も驚いて私の顔を見てくる。私もいきなりのこの状況に驚いていた。


 けれど、ここまで一番張りつめていたのはお嬢様なのだ。そう思うと、私もお嬢様の肩に顔を埋めて、優しく抱きしめ返した。


 




 家柄も申し分ないローレン様の結婚の申し出に、旦那様も奥様も納得され、とんとん拍子に話が進んでいった。

 

 結婚式の日、私は式に参列することもかなわないが、今こうして控室で準備する多くの人の中に混じってお嬢様のお姿を見ることが出来ている。

 時々視線が合うたびに、恥じらう様に笑うお嬢様に私も自然と笑顔がもれる。

 私たちの結婚式ではないというのに、私はお嬢様と新しい生活を迎えることができるということに胸が躍っている。

 私はお嬢様から奥様になったアイリス様に連れ添って、ローレン様のお屋敷に使用人として招き入れられるのだ。新しいお屋敷でも侍女としてお嬢様・・・ではなく、アイリス奥様の傍に今まで以上にいることができるようになる。


「……みなさん、ごめんなさい。少しの間一人にしてもらえる?」


 お嬢様がそう言った。式の前に少し気持ちを落ち着かせるのだろうと、私も含めて部屋にいた者が出て行こうとする。


「マリー、ちょっと待って……」

 

そう呼び止められ私はお嬢様の元へ戻る。

他の者が部屋を出て扉が閉められた。お嬢様はそれを確認すると、私に向き直る。


「マリー・・・」

「はい」


「……これは私たちの結婚式」


 そう言って、お嬢様が取り出した小さなケース。それが開けられると、いつか約束したお嬢様の刺繍の入りのハンカチ……その上に乗せられているものに視線は留まって、私の瞳は潤んでいく……


「マリーに、私がするのと同じ指輪を作ったの、持っていて。……それから約束して、私から離れて行かないって…………」


 私の手に乗せられた指輪を私は握りしめた。


「……はい、……私がお傍を離れることはありません」


 私は満面の笑みをお嬢様に向けてそう言った。

 潤み切って視界はぼやけている。

 お嬢様が身を寄せて、両手が私の頬を包んだ。


「……マリー」

「………………アイリス」


 優しい口づけをする私たちの間にぎこちなさは無くて、夢の中にいるようだった。


 堪えきれなくなって流れた涙を、お嬢様の白いグローブに包まれた指が拭う。


「グローブが、汚れてしまいます……」

「いいえ、私にとったら真っ新なグローブより、マリーの涙を吸ったグローブの方が価値があるわ……」

 

 その声も震えていて、ふっと2人で笑って、少しだけ余韻を味わった。

 それからこう言った。

 

「さあ、こうしていてはいけませんね。これからですから……」


 

 


 光が差して、花嫁を包む―――

 私が涙を拭いて扉を開けた時、私の心は幸せで満たされていた。

 




〈了〉

















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