親友 第31話

 

 お嬢様がマーガレット様のお屋敷を訪問するというのはいつものことなのだが、それに私も同行してと言われて付き添うことになったのは久しぶりのことだった。


 お屋敷に着いてマーガレット様のところまで案内される。庭の温室にマーガレット様はいらっしゃった。

 中に入って、お嬢様が座るとお茶が用意される。その間、お嬢様方は今日のおやつの話や、最近あったことなど話している。私は手持ち無沙汰で、お嬢様のそばに控えているだけだった。

 私がここにいてもいいのだろうか。というより、なぜ私も今日は付き添うように言われたのかがわからない。お給仕の者が足りなくて何か手伝うというのでもなさそうだ。

 お給仕をしていた者が下がるとマーガレット様は私のことを少し眺めて微笑んだ。


「アイリスが社交界に出たくないと言っていたのは前々からだけれど、本気なのね。ここまで元気がなくなるとはね」


 マーガレット様がお嬢様を見てそれからまた私を見て言った。私は、発言してよいか分からず相槌の代わりに礼をするように頭を下げた。


「アイリスに紹介したい人がいるっていう話はしたでしょ。家柄も申し分ない方なの」

マーガレット様はお嬢様に向き直ってそう言った。

その言葉を聞いて胸がギュッと痛んだ。


「あなたの相手として申し分ないわ。一度会って話をしてみたらいいと思う」


マーガレット様はお嬢様に見合う相手をさがしてくださったのだろう。あまり聞いていたくない話だ。


「興味ないわ、社交界に出ているだけで十分。いろんな男性には会っているわ。マーガレット、知っているでしょ、今ここでそんな話しないで」


 知っているつもりだけれど、社交界という場で言い寄られているお嬢様を否応なく想像してしまう。私は思わずギュッと服を握り締める。

それにしても、興味がないとまで言って大丈夫なのだろうか。


「ごめんなさい、ふふっ、本当に怒らせちゃった」

 

 マーガレット様は申し訳なさそうにして肩をすくめながら、顔では可笑しそうに笑った。


「私がお相手を紹介するって言ったらどんな反応をするのか見たかったから。何も説明せずに、ごめんなさい。でも必要な話だから話すのよ。なんで侍女も連れてきてと言ったかにもちゃんと理由はあるわ。私は、彼女にも聞いてほしいから呼んだのよ。あなたにとって私がしてあげられることをしたかったの。私を信じてくれない、話を聞いてくれる?」


 マーガレット様は、真剣な顔つきでお嬢様に返した。私がここに来ないといけなかった理由があるとはなんだろうか。

 どういうことなのか全くわからないが、マーガレット様がお嬢様の一番の親友であることは確かで、お嬢様がマーガレット様にそう言われて話を聞かないわけはなかった。


「あなたなことは信じてるわ。いったいどういうわけ?」


お嬢様もどういうことか、よく分かっていらっしゃらないようだ。


マーガレット様は落ち着いて、真剣に話し始める。


「あなたに誰にも言えない事があるように、紹介する彼にも言えないことがあるの。それは私がここで勝手に話していいとは思わないから……あなたと同じような悩みを抱えているの彼も。

アイリス、私はあなたにただ会って話してほしいと言うしかないわ。

あなたが、やっぱり話したくないと言えば、それは私がどうこう言えることじゃない。

ただ私にとって、あなたも彼も大切な親友よ。彼に会ってほしい。彼の秘密もあなたの秘密もお互い知られることになるけれど、きっとあなたを助けるはずだわ。

これじゃあ、ちっともわからないと思うけれど、彼の話があなた達のことと話が繋がれば上手くいくこともあると思うわ。

マリー、あなたにも聞くわ。いいかしら?」


 この時初めて、マーガレット様は私たちの関係を知っているのだということに気が付いた。

 マーガレット様が真摯に話していることは私にも伝わって、マーガレット様が考えていることは、わからないとしか言いようがないことだけれど、私はお嬢様にマーガレット様を信じてその方に会ってあげてほしいと思った。


 お嬢様は少しの間黙って、マーガレット様を見つめた。


「マーガレット、あなたを信じるわ……。マリーいい?」


「はい、……私はアイリス様にその方に会って話していただきたいと思います。

あの、それで・・・その、マーガレット様はもしかして……私とお嬢様のこと・・・知っておられるのですか?」

「ああ……ごめんなさい。マリー、私のせい」

お嬢様に謝られる。


「ええ、知っているわ、アイリスは自分から喋ったわけじゃないわ。小さいころから一緒にいるから大体アイリスのこと見ていたら分かってしまっただけよ」

「私はマーガレットがなんで気付いたのか全然わからないけれど……」

「さあ……なんでかしらね?昔、うちの書庫を案内してあげたことがあったと思うけれど、その時、書庫で微笑んでるアイリスの目線の先に侍女がいた時かしらね……まあそれは気付いた理由のひとつというだけだけれど」


 結構前にあったことで、マーガレット様は私なんかより先に気づいていたということになる。

チラっとお嬢様の方を見ると、顔を逸らされた。


「まあ、それはいいじゃない・・・」


 助け船のように、マーガレット様が言った。


 お嬢様は、私の顔を見ることなく手を握ってきた。その行動に思わずマーガレット様をチラリと確認すると、笑みを返して下さった。


 今この空間で、私たちが許されているということに心が温かくなった。




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