喪失 第30話
失うという痛みが、それほどのものなのかそれは想像でしかない。お嬢様を失うそう考えることは、いつも頭のどこかにあって。
触れられた今さえ幻の中なのかもしれない、1人部屋に帰るとそう思う瞬間があった。
「ねぇ、マリー。はじめてって痛いらしいのちょっと怖いな」
そう言われるまで私は、まだ触られたことのないその場所の痛みも知らなかったし、なぜお嬢様が今まで触らなかったのかなんて考えてこなかった。ただそういう痛みがあるということは知っていたし、聞いていた。
「だから私にもしなかったんですか」
「だって必要ないでしょ。痛いの嫌じゃない、あなたには、いいものだけで…」
お嬢様がその痛みを知る時、その相手は私ではない。
お嬢様の幸せな結婚生活のためには、お嬢様が傷ついた形跡なんてあってはならないから。
私からはそれはできない。
だから、その痛みを私はお嬢様からほしいと思った。その痛みが、胸の痛みを救ってくれるかもしれないと、そういう気がした。
「アイリス様がいつか知る痛みをください」
私それをお願いしたのは、月の明るい夜だった。できるだけ目に焼き付けて残るように。恥ずかしさも自信のなさも飲み込んで、そう言った。
月の灯りでベッドの上向かい合って座る私達の影が白いベッドの上に伸びていた。
月は何も隠さなかった。
ただ昼間の光の中で見るものを、すべて冷たく澄んだ色に変えていた。
不安を含んだお嬢様の瞳が揺れている。
「月が明るいは、マリー。こういう日は嫌なんじゃなかった」
お嬢様は戸惑ってそう言った。
「ええ、今も恥ずかしくて、心臓が飛び出しそうです。それでもすべてアイリス様にあげるから、忘れないでください」
わたしは、お嬢様の手を取って、自分の夜着のボタンに導く。
私の手と重なったまま、ひとつづつ外していく。
私が外して、お嬢様が外して、しっかり締まっていた夜着は今は緩く掛かっているだけだった。その布を肩口から手を入れて、肩から腕を撫でるように滑らせていく。
両肩を滑らせて、下着姿をさらされると心もとなく体を丸めたくなる。
覚悟していても、恥かしさはどうしようもなくなれることはない。
口にした覚悟を見せるため、自分で下着に手をかける。
正面で見つめるお嬢様の瞳の内で月の光が輝いて見えて、ひるみそうになった。
お嬢様の瞳に感じていた不安は、私の覚悟と熱に飲み込まれていった。留め金を外した下着を肩から抜く前に、押し倒されていた。だからそれは、お嬢様がゆっくり肩から抜いて脇に置かれた。
私にまたがって、静かに上から眺められている。恥ずかしすぎて隠したい。手を動かした瞬間にそれを阻止されて、両手はお嬢様の両手と絡まって頭上で抑えられた。
私が抵抗しないと分かるとお嬢様は手を離した。私は片腕を額に当て、もう一方はシーツの上に投げ出した。
お嬢様の手が優しく体の線をたどる。それに見とれて、怖さなんて感じていなかった。
緩くなでられる感覚に体は、ピクリ、ピクリと時々小さく跳ねてしまう。そんなことが気になって目を閉じて耐えていた。徐々に降りていった手……
行きつくべき場所でその手はぴったりゆるい弧に沿ってあてられる。そうして何度もなぞられていく。何度もなぞられて、それは否応なくあふれていった。
滑らかに指を滑らせるそれがあふれる場所へ指はかかる……私の喉が鳴って……
「
発した言葉にお嬢様は手をとめる。そこに入ってきた時、反射的にそう言ってしまって。心配そうな表情が目に入る。
「……やめないで」
お嬢様にお願いをした。
私は来る痛みに構えて左手でシーツをギュッと握りしめる。お嬢様の左手を私の右手で絡めるようにお腹の上でにぎる。
様子をみるように優しく指がもう一度入口に触れる。
「アイリス様、大丈夫…」
深く入るのを感じる。私は痛みに身じろいだ。私はお嬢様の左手を強く握りしめて、もう片方はシーツを固く握っていた。
それでも、止めないように目を見て大丈夫だと首を縦に振った。そうして数が増やされる痛みのたび、それが知らない誰かにお嬢様が奪われるものだと刻んだ。
私の目に涙がにじんだ。お嬢様がそれに口付ける。
この涙の理由が痛みなのか、妬みなのか、それとも喜びなのかよくわからなくなった。
痛みはジンジンと続いていた。
「ごめんね、マリー」
そう言ってその後お嬢様は優しく丁寧に私を真っ白な世界へ私を導いた。
私は、次の日も残る痛みを抱えて汚れたシーツを洗った。
そうして、私たちは少しづつ愛し合う所作が上手くなった。どう触れるのか、そう導くのか、何を求めているのかお互いを知っていった。それは何より満たされる行為のように思ったが、終われば寂しさがやってくる。それはお嬢様が誰かと結婚しなければいけないという未来に少しづつ近づいているから。
いつしか私は、触れられる前から寂しさに襲われるようになった。また今日も終わりがくるのかと思うと寂しかった。だから、できるだけ明るく振舞った。
朝焼けをブランケットにくるまって一緒に見れる日は来ないし、余韻を心ゆくまで味わうことすらできない。
どれだけ愛が深かろうと、私とお嬢様の関係は咎められることでしかない。朝が来るのが恨めしいと思うたびに、暗がりの中でしか会えない自分の存在を思い知った。
頭の中が、真っ白になって昇っていく気持ちよさ。それはすぐに現実に引き戻して寂しくなった。
だから、『今日はただ手を繋いで抱きしめてくれませんか』なんてそういうお願いをしたりなんかした。
ただお嬢様といる時間を感じたいそう思うことがあった。
後ろから抱きしめられて、少し捲られた肩や首筋にお嬢様が、いくつもキスを落とす。撫でるようであり、啄むようであり、吸い付くようなキス。私は涙をこらえるので精いっぱいになる。
そんなときもあった……
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