お出かけ
お出かけ 第26話
お部屋に入ると、真剣な横顔をして熱心に刺繍をしておられるお嬢様が目に入る。私が近づいてそばに立つとようやくお嬢様は顔を上げて、口の端を持ち上げるようにして笑顔になった。
「マリー、ありがとう」
ティーセットをテーブルの上に置くとそう言って、今までやっていた刺繍をテーブルの端に置いた。
カップにお茶とミルクを注いでいく。
お嬢様がカップに口を付け、ほっとしたように息をつく。だいぶ集中されていたようだ。
「綺麗な刺繍ですね、見てもよろしいですか?」
手持ち無沙汰になった私はお嬢様に尋ねる。
「ええ、無心になってやっていると時間を忘れるわ」
「わかります。気づいたら時間が経っているんですよね」
私は縫いかけの布を手に取って、その上を指でなぞる。大胆でいるようで、繊細な作業の様子が覗えて私は思わずお嬢様らしいとほっこりする。
「そんなに見られたら恥ずかしいわ」
お嬢様は私の手から刺繍布を取り上げてしまった。
私が刺繍に顔を近づけてよく見ていたせいだろう。少し頬の赤いお嬢様は私から遠い位置にそれを置いてしまう。
きれいなのになんて思ったところで、自分の目的を思い出す。
「アイリス様、今日は特段、用事はないのでしたよね」
「ええそうよ。どうしたの?」
「あの、もしよろしければ……」
「……」
少し躊躇した私に、お嬢様は次の言葉を急かしもせず待ってくれている。
「…一緒に街にお出かけしませんか?半休をいただいたんです。もしよろしければですけれど…」
お嬢様はカップを置いて、立ち上がった。
「うれしいわ、マリーが誘ってくれるなんて」
そう言って抱きしめられた。
私はお嬢様がとても喜んでくれている様子に心の底からホッとして、私もお嬢様の背中にそっと手を添えた。
「よかった…」
「もしかして、私が断ると思っていたの?そんなわけないじゃない」
「本当ですか、ではまたお誘いしても?」
「もちろんよ」
「私からだけじゃなくて、アイリス様からも誘ってくださいね」
「いいの?お休みがそんなにあるわけじゃないし、時間が無くなってしまうわ。マリーって私が言ったら断れないんじゃない」
「断れないんじゃなくて、断らないんですよ。アイリス様のお誘いやお願い、うれしいですよ。それに私、嫌なことはちゃんと断っています。アイリス様に何か強要されたことなんてないです」
「わかったわ、私からも誘うわね」
「はい」
正直ずっとこうしていたい気もしたが、せっかくの半休がなくなってしまうのでお嬢様と離れて、出かける準備をすることにした。
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