交換条件 第25話

 

「そう。難しいことじゃないわ。そうね、じゃあ……」


 一体どんなことを言うのだろう。また私を困らせる条件ような気がした。


「2人の時に名前を呼ぶときは、様付け禁止というのはどうかしら?」

 思い付いたように、条件を上げられる。前にも断ったはずだ。そんなに敬称なしに呼んでほしいのだろうか…


「無理です。前にもお伝えしたじゃないですか。私には、そんなことできません。様付けなしなんて気持ちが落ち着かないです。それにそんなことをしたら、人前で不意に名前を読んでしまいかねませんし。それはダメです」


「ダメ?交換条件なんだからこのくらいはいいじゃない?」


 お嬢様は、小首をかしげて囁くような声でお願いしてくる。かわいいお願いにぐらりと心が揺り動かされて聞いてあげたくなるけれど、これは聞いてあげられない。


 そんなにこの条件は大事なんだろうか、敬称を付けてないほうがうれしい?交換条件のお願いにするほど違うものだろうか?そう考えたが、敬称なしは無理だと言っている自分が一番その違いにこだわっているということに気づいた。


「お願いです。他の条件にしてください」

「んー、簡単なことだと思うけれど?ダメなの?…しかたがないわね……すぐには決まらないから、もう少し考えさせて」

「はい…お願いですから、アンナに言わないでくださいね」

「大丈夫よ、言わないわ。その代わりちゃんとなにか条件は呑んでもらうからね」

「はい、それはもちろん」


 その笑顔にいたずらな印象はなかったので少し安心した。どんな条件を出すのかわからないけれど、私が本当に嫌なことは無理強いしたりしないことはわかるので、お嬢様が私にしてほしいことが何なのだろうと思うくらいには答えてあげたい気もしていた。



 



 午前が終わろうとしている。今日は午後から半休をいただけたので、街をぶらぶらと見て回って買い物でもしようと思っている。

 お嬢様をお誘いしたら迷惑だろうか?『今日は予定がないから読書か、刺繍でもしようかしら』とおっしゃっていた。


 もっとずっと前から一度くらい、私のお休みに『一緒に街に出かけませんか』とお誘いしたいとは思っていた。でも使用人がお嬢様をお誘いするなんていけないことのように思うと、結局お誘いすることができずにいた。それに、お嬢様は普段お買い物されているし、街へ誘おうと思うとハードルが高い。そんなことを考えてしまうと誘えずにいた。


 逆に私のお休みにお嬢様から、一緒に出掛けましょうと誘われたこともない。付き添いとして一緒に外出をする際時間があれば少し街を見て回ることはあるが、それはあくまで付き添いとして、侍女としてお嬢様から仰せつかる仕事の一部でしかない。私から主張して『これを見ませんか』などと意見を言うことはない。

 お嬢様は気を使って、時間があるときは、私が興味を持ちそうなところに行ってくださったりする。『こういうのマリーは好き?』そういう質問をよくしてくださった。それは、お嬢様が私のことを好きだと知る前からのことだった。

 お嬢様が私の休みに誘ってくださればいいのにと思ったことは何度もあった。お嬢様が私を誘ってくださるなら、私はもちろんうれしい。お嬢様と街をゆっくり見て回ることが出来たら楽しいだろうなといつも思っていた。

 

 でも、お嬢様が私を誘えない理由もわかっている。休みの日まで侍女として私を縛り付けるようなことをしたくないのだ。立場上侍女の休みを奪うことになると思っていらっしゃる。


 だから、私が誘わなければお嬢様と休みにどこかへ出かけるなんて実現しないだろう。自分からお誘いするなんて緊張する。私はお茶をお持ちする時間に思い切って尋ねることに決めた。


 そうして意を決してお嬢様のお部屋をノックした。








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