嫌な夢と秘密 第23話





「マリー、起きて」

 薄く呼びかける声で、目が覚める。

 ソファーで心地よく寝むってしまっていた。お嬢様をおいて寝てしまうなんて。安心したことや寝不足もあったが、私の知らなかったあの感覚は抗い難く意識を手放してしまっていた。


 目を開けるとぼんやりと視界にお嬢様が映って、その手は私の頬に触れていた。


 お嬢様のお膝をお借りしてしまっていることに気づく。ハッとして起き上がった。 


 どのくらい時間が経ったのだろう……時間を確認するとまだ夜明けにはまだ遠くて安心する。少しの間私はそっと寝かしてもらっていたようだ。 服の乱れも直されていることに気づいて、恥ずかしさが込み上げてくる。


 お嬢様の指が……思い出して顔が熱くなる。

 あの時、自分のとは思えないほど湧き上がってきた感覚。私はいったいどんなだったろう。そんな私をお嬢様に見られてしまったということに恥かしさがやってくる。

 けれど、お嬢様は平静な顔をしているから、私も平静を装った。お嬢様に顔が赤いことを悟られないように俯き加減になる。


お嬢様の手が頬に当てられる。

「マリー、どうしたの大丈夫?なんだか顔も赤いわよ」

「大丈夫です」

 平静なふりをしたせいで素直に心配されたようで、目が合うとなおさら恥ずかしくなって目が泳いでしまう。


 それでお嬢様は気が付いたのか、フフッと笑った。

 私は、諦めて両手で顔を覆った。


 それにしても気を抜きすぎていたと思う。

 だって、知らない間にお嬢様のお膝にいるということは、お嬢様が頭をのせたのか、自分で無意識にのせてしまったのかどちらかだ。後者でないことを祈る。どちらにしても、まったくその記憶はない。その上お嬢様に起こしていただくなんて。


「すみません、アイリス様のお膝で寝てしまっていたなんて」

「私がしたくてしたんだから、謝らないで。私は嬉しい……これでまんまとマリーの寝顔も手に入れたわね」


 また揶揄うように言われた言葉だけれど、お嬢様の表情が優しすぎて、私は眉を下げて少し困ったように笑みを返した。

 いつかの湖の畔で寝顔を見れなかったと、頬を膨らませてむくれるお嬢様を思い出す。


 いつだってお嬢様は真っ直ぐこちらを見ていたというのに、最近の私は勝手に悩んだり勘違いをしたりして足踏みしていた。


「アイリス様…」

 お嬢様をただただ感じたくて、掌をとって指をなぞったり触ったりして確かめた。


「私は居てほしいけど、そろそろ部屋に戻ったほうがいいわ」

しばらく静かに眺めていたお嬢様が私の手を握ってそう言った。


「はい……」


「部屋にはこっそり帰るのよ」

 普通お嬢様の部屋にいるような時間ではない。見つかれば何をしていたのか聞かれるだろう。

「気を付けます…アイリス様」


 誰にも言えない秘密をお嬢様と共有していることに、私は密かに心躍らせてしまう。

 おかしいと思う、少し前までお嬢様を好きになることはいけないことで、不安の種にしかならないと思っていたのに。つらくなる未来しか考えられなかったのに。


 お嬢様の顔が近づいて、目を閉じるとゆっくりと柔らかい唇が触れあう。それが離れると、どちらからともなく抱きしめ合った。


「マリーの気持ちよさそうなところもっと見たかったな」

 耳元で囁かれる。

「……!」

 今そんなことを言うなんて、みるみる顔が熱くなっていくのがわかる。


「もう!そういう事言わないでください」

 あまり声を出さないように気を付けながら注意する。


 お嬢様が笑っているから、その言葉は冗談だったのか本気だったのかわからない。

 


 数時間して朝が明ければ、またすぐ会える。けれど朝が明けてしまったら今のことは一端忘れて侍女として切り替えなければいけない。

 この空気は今だけのもの……テーブルの上に置かれている直視できそうにない本にさえ名残惜しさを感じる。

 数時間前のお嬢様のひどいからからかいが、たった今あったのことような気がする。


 そろそろ戻らなければ、体は離された後も手だけは繋いでいた。

 お嬢様の部屋の扉を出る前に、お嬢様は握った手を持ち上げて、私の手の甲にキスをした。

 下ろされる手を見守った後、少しだけ見つめ合う。


「おやすみなさい、アイリス様」

「おやすみ、マリー」


 お嬢様の部屋を出て自室に戻る。廊下をこっそり歩くことにドキドキとしながら静かに自室に入る。部屋に入ると、詰めていた息をゆっくりと吐き出した。


私はベッドに潜り込んで、お嬢様がキスした手の甲に唇に寄せたまま目を閉じた。





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