嫌な夢と秘密 第22話
クスクスと抑えたような笑い声が聞こえる。
開いたページには、絵が描かれていた。こういう本があることは知っている。でも実際に見たのは初めてで、それを私が目にすることはあってはいけないような本だった。煽情的なその絵は直視するには刺激的過ぎて恥ずかしさに悶える。
私は、なかなか顔を上げることができないで、突っ伏したままお嬢様に聞いた。
「アイリス様は全部見たんですか?」
「ええ、見たわ」
余裕のある声でお嬢様は言った。余裕なことが、なんだか悔しい。
秘密なんて知ろうとするんじゃなかった。今になってすべて理解できて後悔する。
「見せる前に教えてくれたらよかったのに!」
突っ伏したまま抗議した私の言葉に、お嬢様は必死に笑いを堪えているようで、時折吹き出してクククッと笑っているのが聞こえる。
「だから覚悟はあるか聞いたのに。
ククッ・・・言葉だけじゃマリー信用してくれないかもしれないじゃない。だから見てもらわなきゃってね。秘密、納得してくれた?……ねぇ、マリーもうそろそろ顔上げて」
絶対面白がって見せたくせに!そう思いながらも私は、おずおずと顔を上げる。燃えるように熱い顔がどう見えるか想像できて、なるべくはっきり見られないように顔を腕で隠す。
「本当に信じられない!」
顔は隠したままで抗議する。
そんな言葉にも楽しそうなお嬢様の笑顔に、ふてくされる。
少しは私に悪いと思って謝ろうという気になったのか、わざとらしく両腕を広げて抱きとめられた。近くにお嬢様の顔が寄せられる。
「恥ずかしいです」
「私は嫉妬された上に、マリーの恥ずかしがる表情が見れてとってもうれしいわ」
本当にうれしそうな顔を向けてくるから、怒るに怒れない。
「もうやめてください、からかうのは」
ただ抗議だけはしておく。
「この本マーガレットのお父様の禁書らしいわ、勝手に持ち出したからバレたら大変ね。」
「持ち出したらまずいじゃないですか」
お嬢様はいたずらな笑顔を向けてくが、私は心配になって言葉を続ける。
「バレたらどうするんですか?」
「大丈夫、マーガレットがうまくやってくれたから、でもバレないようになるべく早く返すわ」
「ええ、そうしてください。早く戻した方がいいです」
私は、少しホッとした。
「だから、マリーも今のうちに早く一緒に学んだ方がいいわね。」
ホッとしたのもつかの間、お嬢様はそんなことを言う。
「しなくていいです」
「そんなこと言って、恥ずかしいのと思うことと、見たいと思うことは別でしょ?マリーも見たくはあるんじゃない?」
小首をかしげて、もちろんそうよねとでも言うように聞いてくる。
「無理です、恥ずかしくて爆発してしまいます」
「少しだけ見てみましょう、マリー」
お嬢様は私の肩口をゆすって私に強請ってくるが、これはきっとからかっている。
私の膝の上からお嬢様はサッと本を抜き取った。
「このページも見てみましょう。ほら」
私はその行動の先を察して本に手を伸ばす……が遅かった。
!!!!!!!!
目を瞑ったから少ししか見ていない。
もう、だから、ほんっとうに、お嬢様は!
「アイリス様の、ばかばかばか!」
お嬢様の肩をたこ殴りにするが、満面の笑みを返されてしまう。
「もういいですから!」
なんとか奪おうと、もう一度本に手を伸ばす。お嬢様は本を私からなるべく遠くになるように手を伸ばして遠ざけて、笑っている。
ムキになって本を追っているうちに私が勢い余って、お嬢様をソファーの上で押し倒してしまう。お嬢様は笑っていて、私は諦めてお嬢様の胸に顔をうずめた。
「借りものだから大切にしないとね」
それは優しい声だった。
お嬢様はそのまま手を伸ばしてテーブルの上に本を置いて、ギュッと私を抱きしめた。
それはすぐに緩んで、くるりと私とお嬢様は体の位置が入れ替わる。
お嬢様が上から見下ろしている。
ドキッと胸が跳ねるのがわかった。固まってしまっていた私をお嬢様がもう一度抱きしめると、私も抱きしめ返した。
「じゃあ私がマリーにどんな内容だったか丁寧に教えてあげる」
ぴったりと私の耳元に寄せられたお嬢様の唇、静かに落ち着いた囁き声が耳元に触れて、ゾクゾクとした震えが体を弛緩させるようにつま先から頭の先まで伝わる。
「教えてもらわなくて……いいです」
自分の理性が置き去りにされないよう、お嬢様の言葉に抵抗する。
平坦な声で答えたつもりだったのに、出てきたのはかすれそうな声だった。
ふっと息を耳に吹きかけられて
「ひゃっ」
と声が出る。またお嬢様は笑ったが、その顔が上げられると口元の笑みが消えて射るような瞳に変わっていた。
その瞳に捉えられたように心臓の拍動は速くなる。
「私が待ってほしいって言った理由が分かってもらえた?マリー……」
「……」
また耳元でお嬢様が囁いた言葉はは、なおさら私を震わせた。お嬢様の唇はぴったりと耳のふちに着いていて、抱きしめられた体は全身でお嬢様を感じようとしている。お嬢様が待ってと言った理由・・・それはもうなんとなくわかる。
「あの時は、まだ読めてなかったから……いろいろ知りたかったの」
その言葉は体の感覚を伴って、あの夜のことを思い出させる。もう感覚は忘れていると思っていた。触られていないはずの太ももにお嬢様の手の感触を思い出して、じわりと熱さを蘇らせる。
お嬢様は私を思い浮かべて、この本を読んだのだろうか……それはひどく熱を呼び起こす。何も知らずにお嬢様がこの本を読み終わるまで、私は待っていたことになる。その間いったいどういうふうに思われていたのか、どう受け止めたらいいのか困る・・・
少しくらい覚悟させてくれる時間を私にもくれたらいいのに。
憎まれ口を心の中で叫ぶが、そんなものは実際には役に立たないどころか自分を追い込むことになると気づいて、言葉にはしなかった。
お嬢様の手が膝を撫でる。それだけで声が漏れそうになる。それをぐっと飲み込む。私の表情ををじっと見つめたままで、手は上へ進んでいく。
記憶をたどるようにその手が体の上をなぞっていくと、お嬢様の息も荒くなっていった。熱い手と唇がどれだけか私を味わった後、その手はとうとう私の記憶にない場所に進んだ。
きっと知らないことはないだろう谷の先に触れられて一瞬体がこわばった。そんな私を見て、その指は少し離される。そして確かめるようにゆっくり優しく触れに戻ってきた。その優しさのせいでもどかしさを感じてしまう。
「アイリス様……」
訴えたいことを言葉に出すことはできずに、ただお嬢様を呼んだ。お嬢様は私の顔をつぶさに観察して、少しずつ私を確かめようとする。少しずつ、少しずつがもたらした息の荒さもにじむ汗も何一つ逃さないように見られているのは、ひどく恥ずかしい。恥ずかしいはずなのに私にもわからない場所を捉えてほしいとも思っている。
「んっ、っ……」
私は息をのんでギュッとお嬢様の服を掴んだ。押し寄せた感覚に眉を寄せる。そしてお嬢様はしっかりとその様子を捉えたのか、その場所を逃さなかった。
逃げられない感覚に、虚になってぼやける視界で私もお嬢様を見つめ続けた。
私から漏れる吐息の荒さが増して、断片的に発される声の間隔も短くなっていく。
私がお嬢様を追いかけているのか、お嬢様が私を追いかけているのか、私の呼吸の速さとお嬢様の指の動きがぴったりとより沿って走っていく。
私は、もうこれ以上は走れないと……お嬢様をギュッと力いっぱい抱きしめて顔をうずめる。
昇りつめたものが解放されて、体に力が入らなくなった。
だらりとした体はお嬢様に抱きしめられている……
それはとても心地よい感覚で、私はその中でくるまっている……
額にそっとキスをされる感覚だけが、意識の最後に分かった。
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