招かざる客人 第16話



 私は俯いたまま目を閉じて、剝がされた腕をだらりと投げ出して脱力する。

 お嬢様が立ち上がったのがわかって、俯いたまま目を開けるとでお嬢様の足元だけを眺めた。

 俯いた顔の横、肩に手が添えられて、お嬢様は離れていくそう思った。


 その手に肩の所をツンツンと引っ張られる。何かわからず緩慢な動きで見上げと、お嬢様は反対側の腕で口元全体を隠していた。


 赤ら顔で、残った涙のしずくが目の端に浮かんでいる。

「マリーのバカ。いきなり不意打ちにそんなこと言ってくると思わないじゃない」

 私の中の空気を一変するように、お嬢様は照れていた。呆気にとられた後

フッ、私は安心して吹き出してしまった。


そして少し落ち着くと

「お嬢様、好きです」

と私は床に座ったまま、見上げて言った。


 お嬢様は一瞬目を見開いて、顔を逸らした。

「もうっ」

と余計に赤くなった耳元と首筋が見えている。

 もう一度、肩口を引っ張られる。立ってということらしい。

 私は力が抜けていて、空気が抜けかけた人形のようにふにゃふにゃと立ち上がる。

 そのままお嬢様に抱きつかれると、足元がぐらつくのを踏みとどまる。顔が私の胸と首筋の間に埋まって、思い切り空気を吸い込まれた。私も抱きしめ返して、お嬢様をもっと深く受け止めようとした。

「もう一回言って、名前もちゃんと呼んで」

 ふとお嬢様が静かにそう言う。


 私は、その言葉を求められたことが愛おしくて胸の奥がジーンと温かくなった。


「アイリス様、あなたのことが好きです」

そう耳元に囁いて2人で、何も言わず少しの間抱き合っていた。


 それからゆっくりお嬢様の手が解かれたので、私も手を下ろそうとすると、その手を握られる。目が合ってじっと見つめられていると、その手は絡むように繋ぎ直された。


 お嬢様は口の端を上げてニコッとすると、フイと向こうを向いてそのまま手を引かれた。

 手を引かれると行く先がお嬢様のベッドだと分かる。お嬢様が先に入って手を引かれるが、私はベットの端でためらっていた。

 目の前にあるのは、お嬢様のベッド・・・いや、何を想像しようとしているんだろう。自分が勝手にお嬢様と…と思い浮かべたことに恥かしくなって、顔が熱くなった。

 ただ隣で眠るだけ……いや、私がさっきお嬢様に何と言ったか。あれは大胆過ぎる言葉に受け取られかねないのではと頭の中を駆け巡った。(お嬢様でいっぱいにして…と)そして目の前にあるベッドを意識させた・・・


 考え込んでしまった私は、

「マリー」と呼ばれて、意識を戻した。手を引かれベッドに膝をついて上がる。おずおずと膝を滑らせるようにお嬢様に近づいていくと、すくい上げるようにキスをされる。突然のことで膝立ちになって離れてしまったのを、私の首の後ろに手を回して引き寄せられた。

前のめりに倒れそうになった勢いでもっと深く口づけになって、私は手をついて体を支えた。その口づけが離されることなく続いて、手の支えは力を失って倒れた。

唇が離れて、2人とも横向きになって向きあう。

 荒い呼吸を押さえるように、はぁと息を吐き出すと、お嬢様でいっぱいになる前に、自分の許容量が目一杯になりそうだと思った。何がどうなるのか、何をどうしたらいいのかわからなくて緊張している。

 ゆっくりと体を起こしたお嬢様が、上になって私を見下ろす。キスがゆっくりと降って来て何度も繰り返す。その啄むような小さなキスを受け止めるたびに、私の中でなにかうずく、何かは分からないが、心地よくもあり、じれったくもあった。

 これはこの間私が止めたあの時のようだと思いだして、心臓がギュッと握られたようにドクンと鳴った。

 お嬢様の手が私の胸の上に置かれて、ぐっと押される。その手がボタンに伸びて、上から外されていくと、外した順にお嬢様の唇が素肌を下りていく。唇が向かう先は想像していた場所で、すぐ近くでは私の心臓が激しく打っている。それはきっと伝わってしまっているだろう。お嬢様の唇と舌がその場所で動くとそれはっきりと形を見せて、私の中に湧き上がるような熱を与えた。

 そういう感じたことのない感覚から逃げたくて、身を捩って背を丸めようとしたが、あっさりとお嬢様の舌は追いかけてきて追い詰められる。

 分かっている「やめて」という言葉は言うつもりはない。それでも、胸の鼓動が激しさを増してきて昇ってくるなにかに耐えきれずに「まっ、待って…待って」とお嬢様を制した。


 お嬢様が顔をあげて私を確認すると「ごめん、マリー」と言った。その表情に没頭していたんだろうことが覗われて、恥ずかしいのにどこまでも許してあげたくなった。

 お嬢様は起き上がって足元に座った。私は胸元を押さえてなるべく隠した。お嬢様の手はふくらはぎの方から手をゆっくり滑らせて太ももの方へ進んでいく。裾も少しづつ引き上げられて、それをお嬢様の目が追っている。太ももから上へギリギリのところでとっさに片手で夜着を押さえる。本当に止まってくれないのか、私はこれ以上を見せていいのかと考えて押さえたままでいると、お嬢様はやさしくその手を取って真剣な表情で言った。

「マリー、大丈夫だから…」

 

 ゆっくり私の手は避けられて、また先をのぼっていく。お嬢様の目は時々こちらの表情を確認してくる。私が許すのか許さないのかを確認するような目線を向けられると、余計に私を恥ずかしくして動悸がした。

 尚も手は滑り、腰骨を滑り、お腹の上を滑った。その手の動きを残したまま、唇がまた落とされて、あちこちにキスをされる。しばらくすると太ももの辺りを手が何度も滑って意識が集中する。もどかしさに襲われるのにそれを解放する方法がなんなのかわからない。

 頭に熱がたまって、のぼせたように息も熱い。どんどん切なさを増していくところで、お嬢様の手が不意に裾を元の位置に戻して私の隣に戻ってくる。

横になってお嬢様は顔を突っ伏してしまっている。

分けもわからずに

「アイリス様?」

と呼びかける。

「あの……マリー、ごめんなさい……少し時間をください」

私はただキョトンとしてしまう。

 なんとなく分かってしまったのは、私もお嬢様もよく知らないのだということ。

 私は熱も胸の動悸も留めたままで、コロンと転がってお嬢様にピッタリとくっつく。 仕方がない。そう思う。

うつ伏せたお嬢様髪を耳にかけて、顔を寄せる。


「いいんです。おやすみなさい、アイリス様」

私はただそう耳元で囁いてキスをした。






 



 








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