招かざる客人 第15話


 私の手を取ったお嬢様は、優しく微笑んで前を向いて歩きだす。お嬢様が前を向いて歩きだす瞬間ギュと手を握る力が増した。そして眉根を寄せて厳しい表情になったのが少しだけ見えて、お嬢様が静かに怒っているのだと思った。

 それが、私に対してではないのは分かっているし、私に見せないようにしているのだと気付いて、私はその手の温かさだけを思った。


 お部屋に入るとお嬢様は、ベッドで横になるように言ってくださった。そこに気遣い以外の何かがあるとは思っていない。それでも私は、どうしてもソファーで休むことをお願いした。まだ何にも覚悟も諦めも決められないでいる。そんな私が、今ここにいること自体が間違っている気がしてならない。


「わかったわ」

お嬢様は、そう言ってそれ以上何かを追及してくることもなかった。


「ありがとうございます」

私はホッとして、お嬢様がベッドに移動するのを確認して灯りを消す。私はソファに座って、ブランケットを広げてくるまると横になった。目を瞑ってみるがそうそう眠ることはできなかった。お嬢様を起こすようなことはしたくないから、お部屋で動き回るわけにもいかない。じっと目を瞑ったまま静かにする。

 少し時間が経って、すっと目を開けると、窓の外が明るくて眠る前までずっと曇りだった空に月が出ていた。

雲が早く、時折り月を隠して影が床の上を通り過ぎた。今日は、月が出ていてよかった。暗い窓をじっと見つめていることになっていたら、気が沈んだだろう。


 ギシリとベッドが軋む音がする。お嬢様が寝返りを打ったのだろう。不意に起きるかもしれないと息をひそめる。

 寝返りではなかった、ゆっくりと微かな足音が近づいてくる。私は目を閉じたままでやり過ごそうと思った。

 ふわりとお嬢様の香りがして、頭を撫でられる。何度か撫でられた後、今度は手を握られていた。握られて、さすられて、指の一本一本を確かめるように順番に辿られていく。目を閉じているとやけにありありとお嬢様の手の感覚を感じてしまう。そしてお嬢様の深いため息が聞こえた。

 その深いため息は私のせいだ。

それでもう、我慢できなくなって目を開けた。しばらく気付いていないお嬢様は床に座ってソファーの上の私の手を大事そうに包んでいる。

 私がそれを握り返して初めてお嬢様の顔が私の顔の方を見た。

お嬢様がほほ笑む。それは優しくて、悲しげで月の明かりの中で際立っていた。

「怖かったわね、マリー」

 今目の前にいるお嬢様は、私のことをただただ気遣ってくださっている。苦しいくらいに胸が痛い。私は・・・

 何か言おうと口を開く前に、お嬢様は話し始めた。



「何も答えなくていいから聞いて。

私はあなたがこの屋敷を去るって言った日までずっとあなたにとって、ただのお嬢様だったわ。それでいいと思っていたの。でもそれでは、あなたは私の気持ちに気づくこともなかったし、ああやって簡単に出て行くって言う。

だからあの月の夜、行動するって決めたの。今のために……今のために私はあなたを手を伸ばした。今がないのに未来は考えていられないから。

つらいって思う日が来たって私は、今のあなたに触れることしか考えないことにしたの。

でもそれは、私の勝手。

安心はあげられないし、未来は約束できない。

それが、マリーにとってはつらいことだと思うから……

それに私は、何の力もない。今日だって私には何もできなかった…」

「・・・違う」

何かもっとちゃんと何か言いたいのに、言葉が見つからない。

「・・・・・・元の通りでいましょう。いままで悪かったわね、マリー。」


 お嬢様の手が震えて、声が震えて、そして涙が握られていた掌に落ちてようやくその手が離れていく冷たさを私に自覚させた。

 私はガバリと起き上がってお嬢様を抱きしめた。

 お嬢様は身じろぎもせず、抱きしめ返すこともしない。

「イヤです・・・」

私はそう言ってさらに強く抱きしめた。お嬢様が今どういう表情をしているのか気になった。でも今抱きとめる手を離してしまってはいけない気がした。

「お嬢様のせいですよ……もうとっくに私は元に戻れなくなっていたみたいです。だから、私に手を伸ばしてほしい。私が迷わないくらいお嬢様でいっぱいにしてください」

 

 お嬢様の手がそれぞれ私の腕に解く。もう遅かったと覚悟をして俯いた。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る