招かざる客人

招かざる客人 第14話

 



※暴力的表現がありますので、不快に思われるかもしれません。ご注意ください※




 お客様がお見えになった。

 旦那様のご友人で数日滞在なさるということだ。お屋敷前で旦那様をはじめ使用人共々並んでお出迎えする。

ご友人が1人とご友人のお連れの方男性2人それと従者。旦那様は旧知の友人との再会に喜んでいらっしゃる。お屋敷の中もにぎやかさが増して、いつもより明るい。


 私の並んでいる所からは少し離れた場所、旦那様や奥様のそばにお嬢様はいらっしゃる。ついそちらの方に視線を送ってしまうと、お嬢様と目が合って反射的に眼を逸らしてしまった。

 逸らした後もこちらを見ている気がしたので、なるべくそちらを見ないようにした。そしてお嬢様がお客様と話し始めて視線がなくなったように感じてから、また私はお嬢様をこっそり眺めてしまっていた。


 お客様を見ると、旦那様のご友人とお連れ方の一人(A氏)は落ち着かれた紳士の印象だったが、もう一人のお連れの方(B氏)は陽気さからなのか声が大きく、どうも落ち着きがない雰囲気だというのが初めの印象だ。

 旦那様方とのあいさつが終わり、ご友人と旦那様が立ち話しを始めてA氏とB氏が奥様やお嬢様と会話をしていたわけだが、手持無沙汰になったB氏はただ興味津々ということなんだろうか、あちこちを見まわして近くにいた者に話しかけたかと思うと、使用人の顔を一人一人見回して会釈したり話しかけて回った。当然私達のところにも来たのだが、若い女の使用人の前ではあからさまに揚々として話かけるのでB氏のことは少し心配になった。

 聞いた話では、始めの予定では旦那様のご友人とA氏の2人で滞在される予定だった。もう一人のお連れの方B氏は、どうやらご友人の旅の道中で偶然再会された方で、その時に話しているうちにここに滞在することに興味を持って、私も行ってみたいというので付いてきたということらしい。急なことで街の宿屋に泊まることにしていたようだが、ご友人の話に無下にもできず旦那様はその方の滞在も承諾され、ご一緒されることになったというのだ。

 客人の対応はほとんど執事や従者が対応するので、あまり関わることはないだろう。

 


 

 慌ただしい時間は過ぎていき、御夕食の時間も滞りなく終わりを迎えた。旦那様方はお酒をお客様と酌み交わしながら応接間の方で歓談していらしゃるようで、私たちは片付けをするために調理場や保管庫、食堂などを行き来していた。


 応接間から一人お客様が出てくる。千鳥足のお客様はだいぶ酔っているようだ。

それはあの落ち着きのないお連れの方B氏だった。酩酊しているを心配してお部屋まで従僕が案内しようとした。けれどこのお客人が一筋縄ではいかなかった。

「触るな、1人で歩ける。」「馬鹿にするな!自分で帰れるに決まっているだろう!」「さっさと下がれ!」

そのような言葉が聞こえてくる。従僕が何度かお客様を支えようとしていたが、それが余計に怒りを買ったようだ。これ以上怒りを買うわけにはいかないと仕方なく引き下がっていた。旦那さまや、お連れの方の前では態度に出さないが、こうして使用人だけになると態度が変わってしまう厄介な相手のようだ。

 これは面倒なことだと、できるだけ関わらないよう、出くわさないように私たちも気を付けて移動した。念のため執事から旦那様には知らせを入れてくれているようだった。



 一日が終わり、使用人も順々に部屋に戻る。私も一息ついて、もう部屋に戻ろうかと移動する。

 いきなり腕を掴まれて、廊下の少し奥まった場所に引かれる。

現れたのはB氏だった。それが分かった瞬間に体温は一気に冷めて身構える。

「もう部屋に戻る時間みたいだね。あ~君の顔は覚えているよ。ホールであいさつをかわしたよね。そうか、ちょうどよかった。もう仕事も終わったようだし。

少し手持無沙汰なんだけど、ぜひ楽しい旅の話でも聞かないかな。珍しい話もたくさんあるし、きっとおもしろい話を聞かせてあげられるよ。お屋敷の仕事だけじゃ面白い話もないだろう。他の人には言っていない。そんな話が聞けるなんて運がいい。さぁ」

あの怒鳴っていた人物と同じとは思えない、優しい声で話しかけられた。けれど、彼からはお酒の匂いがプンプンして、酔いがさめているようには思えなかった。それは、腕をつかむ強さからも感じた。

 

「申し訳ありません。明日も早いのでもう休みます」

「そう言わないで、少しだけでも」

「いいえ、失礼します」

そう断って行こうとした。


「僕の誘いを無視しようとは良くないな~」

今度はさっきより強く腕を掴まれて、思わず顔をゆがめた。B氏の声は小さく抑えられているが、先ほどより低く怒気を含んでいるようだった。寒気がした。


「少し話をしようと言っただけじゃないか、お客にそんな態度はいただけない」

手で口を塞がれる。息が苦しい。そのまま引きずられ連れて行かれそうになる。その時には恐怖で身がすくんでいた。


「お待ちください」

 廊下の先まで行ったところで、アーロンが駆けよってくる。アーロンはB氏の腕をとって私を解放した。私はその場で息を吸い込んで咳き込む。

 アーロンがB氏を押さえてくれている。すぐにアーロンの側に旦那様のご友人がやってきていていた。従僕の話が耳に入って、ご友人がB氏の部屋に行ってもいないので探していたということだった。酒癖の悪さをご友人も知らなかったようで申し訳ないと謝られた。

 アーロンからB氏を預かるとB氏のことを怒鳴る声が聞こえた。

 私はアーロンに支えられてすぐにその場から離れた。


 私は旦那さまや奥様にも心配され、人に囲まれて話しかけられると少し安心した。けれども注目を集めてしまっていることには気を張り詰めた。それから少しづつ、それぞれの部屋に帰っていって静かになるとホッとした。後に残ったのは侍女長とお嬢様と私だけだった。


 侍女長とお嬢様が話している。

「マリーは今日は私の部屋で一緒に休ませるわ」

「お嬢様それはいけません。使用人がお嬢様のお部屋で休むなど許すことはできません。私がおりますしお嬢様はお休みください」

「お嬢様、侍女長の言う通りです。私は大丈夫です」

私もお嬢様が言いだしたことに驚いて、侍女長に賛成する。


「侍女長、マリー、そうじゃないわ。私も今日は一人でいたくないの。あの男と同じ屋根の下だと思うだけでぞっとするわ。一人でいると不安になるから。ダメかしら、誰かといられるならマリーも私も安心できるわ。ちょうどいいでしょ?」

 B氏は今夜はどうにもできないからと明日朝が明けるまでは、客間に軟禁されることになった。つまり今も同じ屋敷内にはいるということ。だとしても、お嬢様が一人でいたくないと言ったのは、私のための理由付けであることは分かった。

「わかりました。それでお嬢様がよいのでしたら。・・・お嬢様ありがとうございます」

侍女長も優しいのだ、お嬢様が申し出なけれは朝まで一緒にいてくださっただろう。


「ありがとう。じゃあマリーと行くわね。おやすみなさい、コナーさん(侍女長)」

「おやすみなさいませ、お嬢様。マリーもゆっくり休んで」

「ありがとうございます。おやすみなさい」


 侍女長の部屋から出るとお嬢様が振り返って、私の手を取った。




 




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