雷鳴
ある日の日記 (アイリス)
※第一話より前の話※
正直日記に書き残しておくべきではないかもしれないけれど、ここくらいしか打ち明けられる場所がないから仕方がないわよね?迷ったわ。でもあなたに私の気持ちを伝えられる日はきっと来ないから、せめてここに書き残すわ。ただずっと私の侍女でいてくれればいい。それだけでいいの。
あなたのことを新しい使用人だと紹介された時も、それから何回か部屋の掃除や屋敷の中で見かけた時もあなたのことを特に何とも思っていなかった。別にそれが当たり前だから使用人が仕事をしている、それだけのこと。飛びぬけて目に留まることなんてなかったわ。
だた初めて会ったころの印象は背筋のスラッとしていて、身のこなしがきれいな使用人。私が良いと思ったのはそのくらい。
あの日はそうね天気が良かった。 窓を開け放していたせいだわ、蜂が部屋に飛んではいってきて。ちょうど私の部屋の掃除に来ていたあなたに、私は縋りついちゃったの。
「お嬢様よごれますよ」
なんてのんきなことを言って、入ってきた蜂に気づきもしていなかった。
「蜂っ!蜂がいるの・・・」
って私が言うまで平気だったのに突然驚いて
「えっ!どこですかっ!お嬢様⁉」
なんてあわてて逆に私に縋りつくから、あの時は妙に冷静になってしまったわ。
それでもその後、私を後ろに隠して一生懸命格闘している姿が、はじめに私があなたを覚えた瞬間だったと思う。私、蜂より蜂を追うあなたを観察してたのかも。
あの雷の夜のことは書いておかないとね。
雷は嫌い。なんで真っ暗な夜に限って雷ってなるのかしら。
それでもお父様もお母様も侍女長もそのくらいのこと、気にせずに寝なさいと言うから仕方がなく耳をふさいで小さくなって布団にくるまっていたの。耳をふさいで、大きな声で歌を歌って、できるだけ楽しいことを思い浮かべて……
それでも、いきなりくる雷の音が全部台無しにしてまた初めから歌い始めていた。
あなたが丸まった私の背中に置いた手は、だからはじめ気が付かなかった。全部気のせいだと思おうとしていたから。夜遅くに私を心配してくれる者なんて誰もいるはずないから。
でも、体全体を覆われて布越しに私の耳に届いた
「アイリスお嬢様、大丈夫ですよ」
という声に私はすごく、すごく安心したの。
あの声はまだ耳に残っていて、いつだって私を勇気づける。あなたは、忘れてしまっているでしょうね。
あなたが大丈夫と安心させてくれたのに、私はかぶった布団から出てこないでいたわね。
ずっと背中をさすってくれるあなたの手の温かさが心地よくて、いつの間にか私はそのまま眠っていたんだわ。
でも朝起きた時にはちゃんと姿勢を直されて眠っていて、私はそれがいつ直されて、あなたがいつ戻ってしまったのかわからなかった。申し訳なくて、そして少し残念だと思った。せめて布団から顔を出して、あなたの顔を見るべきだった。
まだあの時はあなたは、一使用人でしかなかったのに。
だからあなたを私の侍女にしてとお父様にお願いしたの。お父様を納得させるのは少し大変だった。あなたは知らないでしょう。
ねぇ、マリー
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