水辺で 第8話



心は揺れ動かされて、いつかしたお嬢様にNOと言う決心は砂の城ようにもろく崩れ去りそうになっている。


自分がはっきりお嬢様のキスに返してしまった反応に恥ずかしさが襲ってきている。


自分でした決意をすぐにやぶってキスをして結局流されてしまった。

 


「マリー、あの本の話をしましょう。マリーは従者のことをどう思う?」

触れられると思っていたが、このタイミングで聞かれるなんて・・・

読んでと言われた物語。お嬢様に返したあの本。徐々に惹かれあっていく従者とお嬢様の2人。惹かれあってはいけないと思いながらもどうしても求めてしまう。

人目を忍んで会っていた2人は結局見つかってしまう。


「・・・かわいそうに思います。」


「かわいそう・・・うん。どうして?」


「従者では、そうそうお嬢様の側にいることはできませんから。2人で会うのも難しかったでしょう」



「たしかに、そうね・・・」

そう言って、お嬢様は私の腕を小突いて続ける。

「てっきり見つかってしまってかわいそうって言ったのかと思ったわ。侍女ならよかったのに?会うのは難しくないものね?」


私の感想は、侍女ならお嬢様と毎日会うことができると、あのお話と自分を重ねていると言ってるようなものだった。お嬢様にも気づかれてしまった。

仕方がないじゃない・・・物語は自分のことを夢想して楽しむものなんだから。でもその本人が隣にいるというのは普通ないことで・・・言い訳をする

結局何を言ってもお嬢様と私のことに繋がってしまいそうだ。


「そんなことは言っていません」

頬を膨らせて顔で否定した。


そんな私の言葉は聞いていないのか、お嬢様はゆっくりと顔をこちらに寄せてくる。何事か察した私は、お嬢様のことを両肩に手を置いて制止した。


冷静さを取り戻した今は、侍女としての私がいる。


お嬢様は私を見つめた後、私を優しく抱きしめた。


 私は、それだけのことで幸せな気持ちになる。それ以上のことなんて別に必要ないと思った。だから、お嬢様は私にに動悸をおこさせるよなことをしてこなくていい。


これくらいなら許される範囲だろうと私は少し体をお嬢様に預ける。



「ねぇマリー」


「はい」


「私たち、両想いって思っていいんだよね?」


「・・・」

またお嬢様は突然私を困らせることを言う。


『はい』 と返事するには難しい質問だと思った。いや、『はい』なんて私の口から簡単にその言葉を出していいわけがない。


すでにもう遅いと言われればそうなのだが、私は未だ引き返せるところにいるとも思っている。

私はずるいことをしている。

キスを返しておいてお嬢様に答えをあげることができないのだから。


私が第一に考えるべきはお嬢様の幸せで、それはお嬢様か健やかに憂なく生きていくことで、そのためにお嬢様が捨てなければならない感情を私は引き出してしまっている。わかっているのに・・・行動が理性と欲の間を行ったり来たりしてしまっている。


正直な行動をとるお嬢様にどう返していいのか迷っている。


お嬢様は抱きしめていた腕を解いて黙りこくった私の方を、見てなにか察しているようだ。


「わかった。・・・じゃあ質問を変えるわ。・・・マリー、私から離れていかないって言ってくれる?」

私はお嬢様の服の裾を無意識に握りしめていた。


「・・・もちろんです・・・」


「ちゃんとマリーの言葉で言ってほしい」


「私はずっとお嬢様の傍におります。離れたりしません。」


「マリー、好きよ」


「お嬢様・・・」

私は、お嬢様に笑いかける。そして解かれた腕の上から今度は私が抱きしめて返す。

これが精一杯だ。ちゃんと笑顔を作れていただろうか・・・



帰り道は、2人で静かに歩いた。

木々の揺れる音と小鳥のさえずりがよく耳に届いた。

お屋敷に近づくまで当たり前に手は繋がれて、時折お嬢様が指の腹で私の手の甲をなぞる。そのたびひどく感覚がその一点に澄まされた。その感覚はお屋敷に着いて手が離された後もずっと感じられていた。


 

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